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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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エトの陥落・1

 ずらりと、飛行戦艦が、空にならんでいる。

 まるで天空の壁のように、壮観な眺めだ。

 アイザレン軍の、連合飛行艦隊。錚々たる戦艦と空母を擁した、一大艦隊だ。

 その後方には、中枢卿団の艦隊もひかえている。表立った行動を避けているが、卿団の存在感は、開戦から一夜明けた現在、いやおうにも強くなっているのだ。

 キュベルカ艦隊・旗艦「イサリオス」の戦闘指揮所内は、この敵の大艦隊を前に、冷静に、あるいは息を飲みながら、動向を見守る風な空気だった。

 ときおり、単発的に戦闘機が空戦をしかけてくる。それに対処するやりとり以外、指揮所内は、ほとんど静まりかえっている。

 理由は明確だ。

 なにせ、相手がこの数時間、まったく動かないのだ。

 たくみに高射砲の射程外に陣を取り、ひたすら地上の援護に徹している。

 高射砲群の邪魔にならないようにするため、キュベルカ隊以下、エントールの飛行艦隊は、うかつに前に出られない。

 その間、陸では、空とは反対に激戦が展開されていた。

 エトの市壁をめぐる攻防戦だ。

 空からの爆撃の支援を受けた、アイザレンの中央軍集団は、ついに外縁の防衛線を突破し、怒涛の勢いでエトに侵入しようとしている。それを必死に食い止めようとする、エントールの地上軍。

 数の上では優勢だったエントール軍も、じりじりと押され、もうエトの市壁が突破されるのは、時間の問題となっていた。

 イサリオスの指揮所の司令席に座するキュベルカは、内心の満足感が顔に出ないよう、おさえていた。

 ──すべて、予定通り。レイゼン公の件は不測のことではあったが、それも不幸中の幸いだ。こうして戦況に、しっかりと影響を与えているのだから。

 エトの町中に設置されている、高射砲群の威力は、尋常ではない。

 では敵はどうするか。

 高射砲は、陸戦では使えない。だから敵はその威力がおよばない、陸からの攻撃に重点を置く。そしてエトに入って、やっかいな高射砲群を破壊すればいい。

 実に簡単な原理だ。物量にまかせた大規模な戦闘になればなるほど、こうした単純な作戦が脅威となる。

「敵戦闘機、右120度、高度80!」

「対空戦闘!」となりの副長席のコーラ・アナイスが、よくとおる声で号令した。

 鈍い発射音が指揮所にこだまする。戦闘機の撃墜を確認し、指揮所内はまた、落ち着かない静けさに戻った。

 キュベルカの脳裏に、昨夜の、レイゼン公を葬ったあとの出来事が思いかえされる。

 レイゼン公の死体を前に、冷然と、そして面白そうに頭をめぐらしていたスペイオ。

 眉をしかめながらも、事後処理に余念がなかったコーラ。

 うろうろするだけで、なんの役にもたたなかったコーエン公。

「ラメクやテッサにつづいて、ここでも卿団の暗殺、というわけですか」からかうように、そのときスペイオはいった。「これでは、静導士団の責任を問われることにも、なりかねませんよ?」

「好都合だ」キュベルカは即座に答えた。「士団はわれらにとって、最大の障壁。リカルドをおさえなければ、勝利はない」

「メイナード卿は、正気に戻られたということですが」コーラが口を開いた。「わたしたちに賛同するとは、とても思えません」

「賛同するもしないもない」キュベルカは、言下にいい放った。「〝イサギの持ち手〟に、敵はこと欠かぬ。それが宿業というものだ」

「信じられん……」広間を歩きまわっていたコーエン公が、ぽつりといった。「トルゼン公に、レイゼン公。長年わたしの障害だったあのふたりが、こうもあっさり……」

 キュベルカは、針のように鋭い目を、コーエン公にむけた。

 ──しょせん、この程度の男か。

 名門の血筋も、薄まれば味気ない。おろかな男だ、コーエン公ドゥノ。きさまはまるで赤子のようだ。あやしてあやして、他愛のない乳でも与えておけば、それでこと足りる。わたしが諸侯の連合軍を吸収したあかつきには、きさまには、たっぷりと休養を与えてやろう。たっぷりとな。


「市壁、突破されます!」通信士の声が飛ぶ。

 蟻を散らすような陸の様子が、イサリオスの指揮所のモニターに映っている。

 黒煙、白煙、砂煙。

 爆撃や砲撃の嵐で、敵も味方も混乱している。

 だが、ぶ厚い市壁が、とうとう崩れたのは、空からでも見てとれる。

 なだれこもうとしているのは、フロート・タンクの一群。

 元第十六師団。現〝エルフマン機甲部隊〟の戦車群だ。

 対するエントールの地上軍は、徐々にエトの深くへと後退していく。

 ──それでいい、スペイオ。

 さまざまな通信が飛びかいはじめた指揮所の中で、キュベルカはほくそ笑んだ。

 思わず、前にかざす赤鞘の太刀を持つ手にも、力がこもる。

 こちらは、なまじ高射砲の威力を頼んだ分、思うように艦隊を動かせず、陸を支援できない。

 そういう筋書きだ。しかも、レイゼン公イェゲダンが卿団に暗殺されたという知らせは、今朝のうちにくまなく広がっている。エントール一の大公が、こうもあっさりと、ラメクやテッサのときと同じようにやられたと聞かされては、戦意に影響しないはずがない。

 すべて、思い通りにいっている。

 あとは、撤退のタイミングだけだ。

 地上も、空も、極力戦力をたもったまま、ラザレクに後退するのだ。

 すでに、皇帝のいる宮殿になだれこむには、十分な戦力だ。

 現皇帝リリィ・エントールの退位、新皇帝としてのわたしの即位。そのあとは……

 アイザレンとの徹底抗戦か、それとも休戦か。

 なんにせよ、問題は中枢卿団だ。あの連中を野放しにはしておけん。だからこそメイナード、おまえには、せいぜい働いてもらうのだ。

 ピピ、と、司令席の通信機が鳴った。

 キュベルカが取ると、モニターには見なれた顔が写った。

「敵はエト内に侵入、いまは前線の高射砲が破壊されています」

 モニター越しに、スペイオがいった。「そろそろ頃合いかと」

「わかった」

 キュベルカは通信機を切らずに置いたまま、司令席からスッと立ちあがった。

「みな、聞け!」

 キュベルカの大声が、指揮所内に響きわたった。

「亡きレイゼン公のとむらいは、もはやエトでは果たせぬ。不本意ではあるが、全軍、ラザレクへ後退とあいなった。地上と連携を取り、すみやかに撤退行動に入れ」

 指揮所内は、騒然とした。

 飛びかう声の中、キュベルカはゆっくりと司令席に座りなおした。隣席のコーラ・アナイスが、それを横目にする。反対側の参謀席の主席参謀は、通信機越しにがなりたてている。

 ──エントール皇国は、終わりだ。

 キュベルカの胸に、複雑な思いがわき起こった。

 エトを落とされては、ラザレクまでは要衝らしい要衝はない。

 何百年とつづいた、大国エントールが、こうも簡単に崩れるか。

 世の中とは、むごいものだ。

 輝かしい未来を約束されていたトルゼン公アーシュラも、数十年にわたって諸侯をまとめてきたレイゼン公イェゲダンも、剣の一振りで姿を消す。〝士団の切先〟と称されるメイナードでも、あのようなふぬけになる。

 わたしには、どんな未来が、待っているのか。

 柄にもないと思いながらも、キュベルカはそんな考えを止めることができなかった。

 新皇帝としての権威か、あるいは、謀反人としての末路か。

 いずれにせよ、生きるか死ぬか、ただそれだけにすぎぬ。

 気を入れなおしたキュベルカは、司令席にどっかりと座り、前方の壁の巨大なモニターに映る、味方の撤退の様子を、冷たく見つめていた。


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