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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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テッサの闘い・2

 ガン! と、少女が乱暴に門を蹴破り、中に入り、片手にしていた部下の死体を投げ飛ばすのを、マッキーバは冷静に見守っていた。

 ──静導士ではないな。兵士でもない。何者だ?

 公爵邸内の正門を抜けると、石畳の平地が、屋敷の前まで広々とつづいている。

 そこに立ちふさがるように、マッキーバと、数十人の卿団員は整列していた。

 マッキーバが、前に立ち、うしろにずらりと、黒マントの卿団員たちがならんでいる。

 見回りをしていた仲間の死体を、無残に放り投げられたことで、かれらの気がこころなし乱れていることを、マッキーバは背中で感じた。

「エンディウッケってのは、どこ?」

 半裸の少女が、大声でのたまう。

「あんたたち、邪魔。エンディウッケを出せ」

「名乗るがいい、少女よ」マッキーバは冷静に受け答えた。「それが礼儀というものだ」

 少女は答えるかわりに、キィっと牙をむくような顔をした。

 ──また、子供か。

 マッキーバは二人の闖入者を見て、あきれる思いがした。

 エンディウッケだけでも手に余るのに、なぜか今度はそれを狙って、年端もいかない者たちがやってくる。世も末だ。

 だが嘆いてばかりもいられない。

 遠く、おそらくはエトから、二人だけでここまでやってきた。そして、屋敷の警備をしていた卿団員を、あのように苦もなく倒してしまう連中だ。

 少女は、その死んだ卿団員の剣を持っている。少年のほうは丸腰だ。

 そして部下の死体には、外傷らしいものは見当たらない。

 精神攻撃か。たぶん丸腰の少年が、精神攻撃者なのだろう。

 いったいどういうわけで、エンディウッケを狙うのか。

 アイザレン国内ならば、まだわかる。卿団員暗殺の実行犯の、口封じだ。しかし、ここはエントールだ。エンディウッケの存在さえ、知る者はいないはずなのに。

「だれの差し金だ、少女」

 無駄だとは知りつつも、マッキーバはそう問いかけてみた。この少女は、対話を望んではいない。望むのはただ、血みどろの、凄惨な戦いだ。おれにはそう直感できる。少年のほうはよくわからないが、少女と同じく、会話をする気はないように見える。

 案の定、不敵に笑うだけの少女と、ぼんやりとした目つきの少年の姿。

「やむを得ん」

 マッキーバは、すらりと長剣を抜いた。

 あわせてうしろの卿団員たちも、いっせいに抜刀する。

「本意ではないが、斬るぞ」

 そのとき、ヒュッ、とミドが短く口笛を吹いた。

 ヒュウ、とシドが応じて、ふいに肩を怒らせるような立ち姿になった。

 瞬間、強烈な波動が、マッキーバを襲った。

 全身の細胞がにわかに湧き立ち、溶けていくようなおそろしい感覚。

 ドサ、ドサ、と音がする。

 背後の卿団員たちが、倒れる音だ。

 首が、あらぬ方向に曲がっている者、手足が醜悪に折れ曲がっている者、どす黒い血を吐き出している者。

 ──これは……精神攻撃ではない! なにか、身体に直接影響を与える力だ!

 地面にひざを付きそうになるところをなんとかこらえて、マッキーバは剣を構えた。

 突然、剣先が目の前に飛びこんでくる。

 マッキーバは自分の剣を横にして、かろうじてそれを受けた。

 ギイン、と、鈍い金属音がする。

 ギリギリギリ、とマッキーバの剣が押されていく。

「死ね!」

 マッキーバにおおいかぶさるように、剣を振り下ろすミド。シドはそんな二人の様子を、じっとうかがっている。

 ──なんて力だ!

 マッキーバは震撼した。

 この少女は怪物か? どんどんおれの剣が力負けしていく。すでにおれは腰を折って、少女に見おろされる格好になっている!

 それに、あの少年。

 とてつもない異能の持ち主だ。手も触れずに、相手の身体を壊す、それも一気に何十人も!

 まさに悪夢だ。こんな者たちをさしむけてきたのはだれなのか。なんのために、エンディウッケを狙うのか。

 マッキーバは、歯をむき出しているミドをにらみつけ、渾身の力をこめて剣を払うと、すばやく後ろに引いた。

 肩で荒々しく息をつき、憤怒の顔をマッキーバにむけるミド。

 体勢を立て直し、ミドとシドを交互に見るマッキーバ。

 冷めた表情で立っているシド。

 三人の時間が、いっとき固まった。

 ──部下は全滅。おれも押されている。さて、どうするか……

 マッキーバは剣を構え直した。

 ヒュイ、とシドが口笛を吹いた。

「わかってるわよ!」ミドが大声をあげた。

 とたんに、また強い波動が、マッキーバの身体をつらぬいた。

 ……グ!

 おもわず声をもらすほど、壮絶な感覚。見えないものに押しつぶされるような、まがまがしさ。

 前方には、剣を片腕に抱え上げて、不穏な笑みを浮かべているミドの姿が見える。その長いポニーテールが、潮風にゆらゆらと揺れている。

 ──もっと徹底的に、迎撃の準備をしておくべきだった。

 マッキーバの胸中には、後悔の念しかなかった。

 このままでは、おれは死ぬだろう。それは別に怖くはない。だが、エンディウッケ、あいつはどうなる? おれが手を引いてやらないと、あいつはなんにもできやしないんだ。

 ああ、顔が浮かぶ。エンディウッケの、あどけない、弱々しい顔が浮かぶ。これだけが心残りだ。おれが死んだら、エンディウッケは……

「アハハ! おっさん、キツそうじゃん?」

 ミドの嘲弄が飛ぶ。

 ヒュ、とシドが口笛を吹く。

「わかったってば!」

 ミドは、かつぎあげていた剣を両手に持ち替え、正眼に構えた。

「すーぐ楽にしてあげるからね」

 不気味にやさしい声でそういうと、ミドはスッと一歩踏み出し、跳躍した。

 剣先が、マッキーバの額に迫っていく。

 マッキーバの身体は動かない。

 それは、あまりにも一方的だった。


「奏でるもの、奏でないもの、わたしのまわりを、行き来するもの」

 声が聴こえる。

「歌え、無為の視線。歌う、無為の視線」

 細い指が複雑に交差する。

「皮膚を行く、血球の夢」

 小さな身体が、姿をあらわす。

「時が、身体を刺激する」


 エンディウッケは、すっくと立ち止まると、印を結んだ腕を前に伸ばした。

「祝う日、消える日、夢幻の日」

 ぐぅあ! と叫んで、ミドとシドが頭をかかえてうずくまる。

「青い空に鳥。黒い影の鳥」

 エンディウッケが最後にそうつぶやくと、たえきれずにミドが嘔吐した。

 シドは歯を食いしばって顔をあげた。目には、まだ理性が残っていた。

 シドがうずくまったまま気合をこめる。

 突然、空気が揺らいだ。

 ぐにゃりと圧迫するような質感。

 その気に当たり、エンディウッケの瞳の色がふっと鈍くなり、身体がふらついた。

 マッキーバの目もかすみ、ほとんど意識を失いかけていた。

 エンディウッケとマッキーバが、そのまま地面に倒れたのを見て、シドはよろよろとミドのもとにむかい、すでに意識のないミドを肩にかついで、足早にその場を去っていった。

 広大な石畳の広場には、何十もの動かない塊が残された。

 卿団員たちのマントだけが、潮風にたなびいていた。


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