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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
9/142

ユーゼン公領の殺人・1

 夜の並木道を、歩く男たちがいた。

 ほこりよけの黒いオーバーコートで全身をおおった、六、七人ほどの奇妙な集団だった。

 おたがいにある程度の距離をとっていて、歩きかたはごく自然だったが、実際は見事に統率された隊形を作って進んでいた。

 その先頭の男は、オーバーコートの上に、薄いケープをかさねていた。

 ケープの両肩には、十字の上に、ずらした二つの「X」を描いただけの、シンプルな紋章が縫い取られている。

 それは、アイザレン帝国中枢卿団のシンボル・マークだ。そしてこの紋章付きのケープを身にまとえるのは、卿団の中でも、上位の者に限られていた。

 石畳の両側の木立は、長々と続いている。

 ここは、アイザレン第二の都市カイトレイナの、郊外にある遊歩道だ。

 夜もふけきったいまは静まりかえっている。

 そんな道を、屈強な男たちが張りつめた表情で歩いているのだった。

 ふと、先頭の男が立ち止まった。

 ほかの者たちも、それにあわせてピタリと脚を止めた。

 男たちの前方に、見える影があった。

 いや、影ではない。一人の人間。それも、黒いドレスを着た、幼い少女だ。

 両手を腰のうしろに組んで立っていた少女は、ちょこちょこと前に進んで、声の届く距離で、ぴょん、と跳ねるようにして止まった。

「あたし、エンディウッケ」

 と、少女は無邪気な声を響かせた。「おじさん、お名前は?」

「……信じられん」

 と、先頭の男は少女の質問には答えず、ぼう然として首を横に振った。「こんな子供に……とても信じられん」

「おじさん、この前の人より強そう」

 少女は楽しげにいった。そして突然、ひややかな口調に変わって、こう続けた。

「でもおじさんの顔、もう彼岸にあるよ」

 男たちはいっせいに剣を抜いた。


   *


「これで、三件目」

 そういった男の声は冷静だったが、かすかに苦々しさがこめられていた。

「しかも今回は隊長クラスだ。前の二件とは、わけがちがう」

「おれの後任、でしたっけ?」

 と、気のない声がした。

「モラフは腕の立つ男だった。それがこうも簡単に討たれるとはな」

 はじめの男がいった。

「やはり、おまえをカイトレイナから出すべきではなかったな、マッキーバ」

 マッキーバは無言で、いまさらしかたがない、という顔をした。

 ここは、アイザレンの首都ケーメイにある、卿団本部の団長執務室だ。

 マッキーバと、中枢卿団・団長エーヌ・オービットは、机をへだてて座っていた。

 どんよりと曇った昼下がりで、部屋の中も陰気だったが、それは天気のせいだけではない。

 二人は、ここ最近起こった、カイトレイナの卿団員の連続怪死事件について話しあっていた。

 そこへちょうど、三件目の事件の報が入ったのだ。

 エントール皇国との開戦から五日が経過していた。

 リディアたちの乗った艦が、エルフマンの襲撃を受けた翌日のことだ。

「これは、首相派のしわざ、と見るべきだろうか?」

 と、オービットがマッキーバにいった。

 年齢はマッキーバと同じ四十代のオービットだが、風貌は似ても似つかない。

 むさくるしいマッキーバの横に立てば、二十代といっても通用しそうだ。

 短髪、色白、ひきしまった黒い制服。そして、あざやかな赤い瞳。

 〝赤目〟。これは、敵対者がオービットを揶揄するときの呼び方だった。

「首相派以外、うちらを狙う物好きがいますかね」

 マッキーバは、ふっと鼻で笑っていった。

「おれはそれよりも、死因のほうが気になりますね」

「モラフたちも、同じようにやられたようだな」

「剣を抜けども斬りあわず、顔は恐怖にゆがめられ、倒れた姿は枝のよう」

「精神攻撃だな」

 オービットは、マッキーバの不謹慎な軽口を取りあわずにそういった。

「ナザンでさんざんな目にあって、まだ一週間もたっていないのに」と、うんざりした声でマッキーバはいった。「やだなあ、こういうの」

「カイトレイナ以外、おまえの持ち場はないぞ」

 オービットがいった。

「中央戦線はエルフマンとルケ、西部戦線はルキフォンスとケンサブル。適材適所だ。文句はなかろう」

「ルケと交代したいですね」と、おどけるように視線をそらして、マッキーバがいった。「こういうのは、ルケのほうがいいと思うがなあ」

「今日中にカイトレイナに行け」

 おだやかながらも断固とした声で、オービットはいった。

「卿団の威信は、おまえに預ける」

「あの娘はどうする」立ちあがったマッキーバが、オービットに真顔を向けた。

「しばらく放っておくしかない」

 オービットはニヤッと笑って答えた。「エントールは、実にやっかいな国だからな」


   *


 歌いながら、リディアは泣いていた。

 こんなに美しい歌なのに。

 それなのに、わたしの歌うこの瞬間にも、人が死んでゆく。

 わたしを守るように取り囲む人たちが、斬られ、刺され、撃たれ、地に倒れてゆく。

 わたしは立ちつくし、これ以上ないほど声を張りあげて、歌っている。

 かつては思い出せなかった旋律を、思い出せないままにしておくべきだった、と後悔しながら。それでもなにかの責任、なにかの義務にしばられて、わたしは歌っている。

 そしてわたしは、待っている。

 わたしを守り、死んでゆく人たちも、同じものを待っている。

 それはなに? わからない。

 涙でにじんだ目の奥に、美しく着飾った女たちの姿がぼんやり浮かび上がる。わたしに似ている。女たちの笑い声が聴こえる。笑いながら、彼女たちはわたしを呼んでいる。

 わたしの名を呼んでいる。

 わたしの、名を……


 目をさますと、視界にレダの顔が飛びこんできて、リディアはハッとした。

「起きた!」

 とレダはいって、濃い口紅の唇をつり上げ、笑みを浮かべた。

「おまえいま、寝ながら歌なんかうたいはじめたからな。もうダメかと思ったぞ」

「ここは……」

 レダに助けられてベッドから上半身を起こしたリディアは、腕の点滴の針に目をやり、あたりを見まわした。

「ここは、あー、ユーゼン公爵領だ」とレダは答えた。

「わたくしは……」

 薄い意識の中で、リディアは記憶を呼びおこそうと、視線をさまよわせた。

 あの戦闘指揮所で、たえまない衝撃と爆音にさらされたところまでは覚えている。

 でも、そこから先は、思い出せない。

「おまえは、マスチスの指揮所で気を失ったんだ」

 レダはリディアの頭をぽんぽんと軽くたたいていった。

「あのあと、なんとか山脈を越えて、着陸して、それからあたしとサヴァンとおまえは、この公爵邸に泊まってるってわけ」

「わたくしは、どのくらい眠っていたのですか?」

「いまは昼前だから……まるまる二日だ!」

 と、レダはあらためて驚いたような大声を出した。「寝すぎだ、おまえ」

「ほかのみなさんは?」

「みんな、十キロくらい離れたマスチスにいるぞ。エントールの首都までは持たないから、応急処置をしてリターグに帰るんだとさ」

「これから、どうなるのでしょうか」

「さあ」と、そっけなくレダは答えた。「あたしは、生きてるだけでありがたいけどな。もっと軽い船だったら、撃沈されてたぞ。その点、局長の判断は正しかったな」

 レダはそういうと、リディアのベッドから離れ、すぐそばの窓のカーテンを勢いよく開けた。

 その先の光景に、リディアは思わず、「まあ!」と感嘆の声をあげた。

 部屋は二階にあり、窓からは、広大な庭園が見わたせた。

 色とりどりの花で織られたカーペットがどこまでも広がっているような、すばらしい大庭園だった。

「ユーゼン公爵領……」

 リディアは、自分が身を置いている場所に、ようやく意識をやった。

「エントールの、いちばん東の領土だ」

 と、レダが腕組みをして窓の外を見つめながらいった。「あの二公戦争のユーゼンだ。でも、そんなことより」

 レダは、リディアをチラッと見てつづけた。

「ここはなにか、いやな感じがする。あまり長居はしたくないぞ」


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