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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
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テッサの闘い・1

 ──テッサ、か。

 マッキーバは、広間の大窓に映る、明かりのとぼしい夜の街並みを、見るともなく眺めていた。

 ──戦渦に巻きこまれたテッサの町もそうだが、このトルゼン公の屋敷は、ことさらに……。

 怨念、宿業。

 そんな言葉が、胸に湧き起こってくる。

 トルゼン公アーシュラが、ケンサブルに討たれた場所。

 それからたいして日も経っていないのに、ここはまた、おそらく果たし合いの場となる。

 討った側を、今度は逆に、討とうとする者。いや、者たち。

 その複数の気配は、確実に近づいてきている。

 腕組みをして、窓に向かって立ちつくすマッキーバは、さらに思った。

 ──おれは曲がりなりにも、卿団の筆頭隊長だ。どんな相手でも、迎え撃つ覚悟でいるし、実際そうしてきたつもりだ。だが……。

 マッキーバは、暗いガラスに映る、背後のソファーに目をやった。

 ──あそこで、ああして縮こまっているエンディウッケは、やはり子供なのだ。あるいは、ただの子供よりも、怖がりかもしれない。

 なんにせよ、エンディウッケを尋問しようとしていた矢先の、この気配の接近だ。

 尋問。そう、カイトレイナでの、卿団員暗殺についての聴取。

 本当にこの子のしわざか。だとしたら、だれに命じられたのか。

 団長オービットからたくされた、重要な仕事ではある。

 でも正直、自分はそのことには、もうあまり関心はない。

 いまは、ただひとつのことだけ、ひたすら念じている。

 〝エンディウッケには、幸せになってほしい〟。

 こんなことはいえた義理ではないが、それでも、これがおれの、掛け値なしの本心だ。

 だからおれは、この子を守る。戦場に連れてくるしかなかった、おれの不徳の、せめてもの罪滅ぼしだ。

 その決意がためされるときが、どうやら迫っているようだ。

 マッキーバは窓から、エンディウッケのほうに身体を向けた。

「エンディ。おまえは、出なくていい」

 マッキーバはいった。

「この気配の連中の相手は、おれがする。おまえは旗艦に戻れ」

 ソファーに座るエンディウッケは、足元を見つめたまま、ブンブンと強く頭を横に振った。

「じゃあ、どうしたい?」マッキーバはたずねた。「いつかのように、おれのうしろに隠れて、マントにしがみついているつもりか?」

 エンディウッケはすこし口をとがらせ、おびえながらも非難がましい目を、ちらっとマッキーバにやった。

「あの『ワニ』と『学者』のときは、おれはひとりだったが、いまはちがう。何十人もの部下がついている。敵はせいぜい二人。心配はない。そうでなくても、われら卿団としては、暗殺事件の大事な証人を失いたくない」

 エンディウッケは身をすくませ、その目には哀しげな色が灯った。

「聞きわけてくれ、エンディ。艦にもどるんだ」

「いや」

 ぽつりとエンディウッケはつぶやいた。

「ならどうする? そんなおびえた状態で、おれと一緒に戦うのか? さっきから震えっぱなしじゃないか。そうだろ?」

 エンディウッケは無言で、弱々しくまた首を横に振った。

「時間がないんだ、エンディ。いうことを聞いてもらう」

 そうしてマッキーバは大声で、広間の外にひかえている部下を呼びつけた。

「エンディウッケを旗艦に連れていけ。部屋に入れて、おれが許可するまで出すな」

 黒いマントに全身を包んだ卿団員が二人、その命令を受けて、さっそくエンディウッケのもとに歩み寄っていった。

 二人にうながされ、エンディウッケはしぶしぶ立ちあがった。そして、ぶ然とした顔で、マッキーバをにらんだ。

 マッキーバとエンディウッケの視線が、すこしの間、ぶつかりあった。

「行け」

 やがてマッキーバは部下に命じた。部下は、身体をこわばらせたエンディウッケを引っぱりながら、広間をあとにした。

 ──胸が、チリチリしやがる。

 マッキーバは閉じられた扉を見つめながら、思わず顔をしかめた。

 これは、もうすぐそこまで来ている気配のせいなのか。それとも、エンディに対する思いからか……。

 なんにせよ、敵の目的はわからんが、火の粉は振り払うだけだ。卿団の名誉も、エンディも、かならず守る。

 マッキーバは、腰の剣の柄を無意識に触って、決然とした調子で扉に向かっていった。

 時は、夜。

 エトでは、キュベルカがレイゼン公殺害の後始末の方法を、一人考えているところだった。


 ザァ、っと、潮騒の音がする。

 潮の匂いも運ばれてくる。

 ここちよい夜の海風。白い石畳の舗道。

 うすぼんやりとしたオレンジの灯火にいろどられた、その舗道を、歩く者がいる。

 遠目には、夜の散歩としか見えないだろう。

 だが近づくにつれ、散歩にしては様子がおかしいとわかる。

 一人は、上品なブレザー姿の少年。

 もう一人は、白い布で胸と腰をおおっただけの少女。

 少女の素足は、揺るぎない足取りで前に向かっている。

 そして、少女の引きずる死体。

 首根っこをつかまれ、ずるずると引っぱられている、屈強な大人の死体。

 その全身をおおう黒いマントは、いまは無惨にも地面を掃いている。

「置いていきなよ、ミド」シドが口を開いた。「じゃまになるだけだよ、そんなの」

 だがミドは答えずに、一心不乱に前に進む。目はぎらつき、口はなかば開いている。片手には、大ぶりの剣。全身に力がみなぎっている。まるでその躍動をおさえこむために、わざわざ死体を引きずって歩いているようだ。

 シドは軽く息を吐くと、そんなミドの背中を見て歩きつづけた。

 エンディウッケというターゲットに、簡単には近づけないだろう。シドはそう考えていた。きっと中枢卿団の連中が、手ぐすねを引いて待っているはずだ。でも、ミドはお構いなしに挑みかかる。ぼくも、それに合わせなければいけない。

 いやだな。ぼくは別に、だれとも戦いたくない。

 ぼくはいつも思う。なんで自分は、この世界にいるんだろう。なんのためにぼくは、こうして生きて動いているんだろう。なんだか、いまはそれが、ひどくばからしいことに思えてくる。

 でも、前を行くミドは、そんなことを考えたこともない。

 シドは、大股で歩いていくミドを見つめた。

 ただただこうして、いつでも猛っている。ありあまる力を、好き勝手に発散している。ミドは自由だ。ぼくと境遇はまったく変わらないのに、なんでこうも、ちがうんだろう。

 そう、ぼくはいつも、ミドがうらやましくなる。

 二人の前方に、高い門が見えてきた。

「エンディウッケとかいうガキは、あたしのものだからね!」

 ミドが高らかにいった。「あんた、絶対手をださないでよ?」

 興奮で、すこし声が震えている。

 そんなに楽しい? シドは心の中で問いかけた。

 きみにも見えているだろう、ミド。あの門のむこうの、立っている大人たちの姿が。ぼくたちはこれから、何人殺さなければいけないんだろう、見ず知らずの人を。

 門は、徐々に近づいていた。


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