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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
80/142

静寂のエト・2

 レイゼン公領。

 それはエントールの中央に位置する領土で、場所柄、輸送の中心地として栄えていた。

 諸侯の中では最大の領地を誇り、首都のエトは、大陸でも有数の、製鉄、機械工業の町だった。

 工業都市らしく、町の風景はほとんど殺伐としているといってもよかった。

 ひしめく工場群に、集合住宅。煙突の煙は昼夜を問わずに上がり、空はその煙で常に暗い。

 町を見晴るかす丘の上の都城も、ひときわ巨大な工場というおもむきで、ごてごてとした鉄組みの外壁は、とても城と呼べるような風情ではない。

 ただし工場よりは要塞だと、見る者のだれもが感じるのは、城の四方八方から突き出ている、高射砲のせいだった。

 そして高射砲は城だけでなく、町のいたるところに設置されている。

 このハリネズミのような仰々しい様子が、エトという町を特徴づけていた。

 これは、諸侯は飛行艦隊を持ってはいけない、という聖都ラザレクの決まりに対抗するようなかたちだったが、エントールの重工業を一手にになっていることから、ラザレクの皇軍とはきわめてつながりが強かった。

 その意味でも、また純粋に領土として見ても、レイゼン公領はラザレクに次ぐ第二都市として、一般に認められていた。

 つまりレイゼン公は、コーエン公や亡きトルゼン公をしのいで、第一の候として周知されていたのだった。


 いま、そのレイゼン公の居城の一室に、二人の人物が対していた。

 質素だが頑強なつくりの書斎テーブルをへだてて、一人は椅子に座り、一人は立っている。

 椅子の男は平服姿の老人で、髪は無造作な白髪。両ほほが少し垂れた柔和な顔には、深いしわがいくつも刻まれ、眼鏡の奥の目は小さい。一見すると、学者風だ。

 立っている者は、四十になるかならないかという男で、ぼっさりとした黒髪。真顔でもどこかにやけているような顔つきだが、短いあごひげはきちんと整えられている。男の着ている服は、エントール皇軍の軍装、それも将官用の堂々たる礼服だった。

「エト方面連合軍、総司令兼総参謀長、スペイオでございます。着任の挨拶に参りました、閣下」と、その軍服の男が口を開いた。

「ごくろうさま」閣下と呼ばれた老人は、気軽な調子で応じた。「まだ若いのに、元帥なんだってね。すごいねえ」

 すでに七十を越えているとは思えないほど、口調は若々しく、はつらつとしている。

 この老人こそが、レイゼン公イェゲダンだった。

「おそれいります」と、スペイオと名乗った男は恐縮した風にいった。もっとも、どこまで本心かはわからない。一応は体面を整えているが、三枚目のニヤケ顔では、いまひとつ緊張感がない。

 もっとも、異例の若年元帥として、スペイオは軍部ではひときわ異彩を放つ男だった。やや風変わりだが、いずれは軍部をささえる大人物になるだろうと、多大な期待を寄せられていた。

「じゃあ、一応そちらの方針を聞いておこうか」挨拶も早々に、レイゼン公がいった。

「貴公領の死守、で一致しております、閣下」とスペイオも簡潔に答えた。「今日中に防衛線を敷き、万全の態勢で迎撃にあたります」

「万全というけどね」

 レイゼン公は、ふとテーブルの上の紙面を手に取って、それを眺めながらいった。

「飛行艦隊が少なくないかね? 予備艦隊一個しか、連れてこなかったの?」

「軍部も、ラメク、テッサの敗戦で、飛行艦隊の派遣には慎重です」

 と、スペイオはよどみなく答えた。

「さいわいラメク方面にいた主力艦隊は無傷ですし、なにより、そのお手元の編成表にはない戦力が、ここにはありますから」

「ああ、高射砲ね」

「はい。でありますので、むしろ小規模の艦隊のほうがいいかと」

「これは、きみの立案かね?」レイゼン公の目がスペイオに向いた。

「軍部の総意です、閣下」

 そうしてたがいに目を合わせたまま、少しの沈黙がはさまった。

「ラメクから後退してきた飛行艦隊は、だれが指揮するのかな?」やがてレイゼン公が口を開いた。

「ひきつづき、静導士団のキュベルカ殿におまかせいたします」

「それも軍部の総意?」

「やむを得ない、という判断です。メキリ元帥の後任の選出は手間どりますし、なによりキュベルカ殿は、ラメクで高い信頼を得ております」

「キュベルカ君は承知したのかね?」

「はい、了解をいただきました」スペイオは答えた。

 レイゼン公はしばらく、なにか問いたげにスペイオを見ていたが、やがて目を伏せ、軍の編成表をテーブルに置いた。

「まあいいでしょう」レイゼン公はいった。「それじゃあ、わたしの方針を、伝えておこう」

 ……レイゼン公の方針? スペイオは内心のいぶかしさを、顔に出さないようにつとめた。


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