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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
73/142

ラメクの渦・2

 キュベルカ飛行艦隊・旗艦「イサリオス」の戦闘指揮所の中は、いつになくあわただしかった。

 刻一刻と変化する戦況を伝える、通信士たちの叫び声のような大声が飛びかっている。

 壁際の高所の司令席に座るキュベルカは、あいかわらず赤鞘の太刀を杖のように前に突き、泰然とした顔つきで喧騒を見守っていたが、隣席の参謀長はいてもたってもいられない風に、椅子から立ちあがらん勢いで指示を飛ばしていた。

 ──妙な気配がする。……ルケ・ルクスか?

 喧騒の中、キュベルカは独りのような心で、考えにふけっていた。

 ──やつの艦隊がいるということは、たぶんそうだろう。軍部にせっつかれたか。まあ、なんにせよラメクの命運は、もはや決まっているのだが。

 地上はともかく、空は昨日の時点で、わがキュベルカ隊とメキリ直卒の本隊だけになってしまった。対するアイザレン軍は、ルケ艦隊も加わって、兵力差は三倍だ。いかにメキリの本隊が、エントール皇軍の最精鋭でも、そしてどれほどこの「イサリオス」の主砲が強力でも、この差はいかんともしがたい。

 それを証拠に、艦隊の防衛線は、昨日よりも百キロも後退している。ここからさらに二百キロ行けば、もう本拠地のラメクだ。制空権を失えば、陥落は時間の問題となる。

 そして、ラメクを落とされるということは、エントールの中央にまで、アイザレン軍が進出するということだ。敵も味方も関係なく、気の早い連中は、聖都ラザレクでの決戦を見すえはじめているだろう。

 ──空が、青いな。

 キュベルカはふいに、前方の巨大なディスプレイの分割画面に映された、外の景色を目にして、そんなことを思った。実際、目の覚めるような、紺碧の空だった。そしてその色を縦横に侵食するように、多数の戦闘機が空中戦を展開している。さらに奥には、もう敵の飛行艦隊の姿が視認できた。

 ──空は、ただ青くあればよい。

 キュベルカの心に、燃えるものがあった。

 ──飛ぶものなど、無用だ。

「閣下、艦隊を下げましょう!」

 参謀長の強い調子の声が、キュベルカの耳に入った。

「われわれが、メキリ隊の前に出る必要はないはずです!」

「こちらの損害は?」キュベルカが不機嫌に返した。

「重巡2、飛空母1が沈没。大破も多数です」参謀長は焦燥を隠さずに答えた。

「本艦の主砲を警戒して、敵本隊はまだ距離をとっておりますが、このまま正面でやり合えば、まちがいなく全滅します」

 参謀長の焦りや疑念は、当然といえば当然だった。

 なぜ、われらがメキリ隊の盾にならなければいけないのか?

 今日の午前、遠いリターグと時を同じくして、ここラメク戦線でも戦闘が勃発した。

 そこでキュベルカが下した決断は、だれもが驚くものだった。

 残された皇軍のメキリ本隊を後方に置き、キュベルカ隊だけが前に出て、応戦するというのだ。

 そして数時間が経過した現在、敵艦隊の猛攻を受けている危機的な状況であっても、キュベルカは、決してうしろに退こうとはしなかった。


 ラメクの都城内には、昨日の夜の取り決めどおり、皇軍と諸侯連合軍の合同司令部が設けられ、メキリ元帥も、しぶしぶながら陸に降りた。その結果、スーラ、メキリ、コーエン公の三人の意志疎通はスムーズになったが、だからといって連携が良くなるわけでもなかった。

 メキリは、キュベルカの真意を探るよりも、私怨にこだわった。

 近衛だかなんだか知らんが、静導士団はあちこちの戦線にしゃしゃり出て、われら皇軍に偉そうな口を聞きやがる。特に、あのキュベルカは気に食わん。あんな小僧に四の五のいわれてたまるものか。

 スーラ元帥やコーエン公が、再三、本隊を前に出すべきだと忠告しても、メキリは頑として受けつけなかった。

 ──ここで艦隊もろともキュベルカが死ねば、気も晴れる。そうならなくとも、やつが敵戦力を少しでも多くけずれば、それでいい。わが最強の本隊は、まだ無傷だ。多少の兵力差など問題ではない。キュベルカの露払い、まことに結構ではないか。

 メキリは内心で、そうほくそ笑んでいたのだった。


 ──とにかく、タイミングが重要だ。

 参謀長の必死の意見を聴きながら、キュベルカは、これまで何度も胸の内でくりかえしてきたことを、また思った。

 ──早すぎても、遅すぎてもいけない。すべては、このタイミングにかかっている。

「敵先鋒隊、直進開始!」通信士の声が飛んだ。

「押しこまれれば、ひとたまりもありませんぞ」参謀長がさとすようにいった。

「主砲斉射用意」

 キュベルカの号令が響いた。

「斉射と同時に、全艦後進。メキリ隊にも、あわせて後退するように伝えよ」

「メキリ隊は、打って出るかもしれませんな」

 参謀長はそういうと、ブリッジの艦長と連絡を取りはじめた。

 ──それはない。

 キュベルカは心の中で答えた。

 だからこそのタイミングなのだ。

 キュベルカは携帯通信機を取りだすと、手早く操作し、耳に当てた。

「はい、キュベルカ様」女の声がした。

「作戦開始だ」

 キュベルカはそれだけいうと、通信機を切り、懐に戻した。

 指揮所はあいかわらず混乱していた。キュベルカの横の副長席が、いつまでも空いたままであることを、不思議に思う暇もないほどに。


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