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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
72/142

ラメクの渦・1

 その女は椅子に座り、丸窓の外をぼんやりと眺めていた。

 顔は青ざめ、長い金髪はぼさぼさで、簡素な部屋着を着て、裸足のまま、そうして何時間でも、眺めていられるような様子だった。

 窓の外には、見て楽しいものなどなにもない。ただの空と、陽光だけだ。

 しかし女の目は、じっと動かない。まどろむような視線が、空にはるかに吸いこまれていくかのようだった。

「昨日は、派手にやってくれたねえ」

 女の後ろで、軽い口調の若い男の声がする。男は少し離れたところにある椅子に座り、脚を組んでくだけた格好で女を見ていた。

 紅色のローブ、短い銀髪。中枢卿団・第三隊長ルケ・ルクスだ。

「片づけが大変だったよ。まだ通路や壁に、血の跡が残ってる」

 鈍い振動と、くぐもった機械音がたえまなくつづいている。

 ここは、ルケ飛行艦隊・旗艦「エイヨーン」の一室だ。

 艦内でのコーデリア・ベリによる殺戮から一夜明けた昼間で、ちょうどリターグにサヴァンたちが到着したころだった

 昨夜気絶したコーデリアは、いまいるこの禁固室に運ばれ、こんこんと眠った。起きたのは、ついさっきだった。

 硬いベッドから身を起こすと、コーデリアはしばらく茫漠とした表情でベッドの端に腰かけていたが、やがてふっと窓のほうに顔をやると、陽光に目を細め、立ちあがって窓辺の椅子に向かい、あとはなにを思うでもなくその椅子に座って、たたずんだ。

 身も心も、まるで抜け殻のようだった。

 なにを悲しめばいいのか、なにを心配すればいいのか、悔やめばいいのか、コーデリアにはわからなかった。ここがどこで、自分がだれなのかということすら、いまのコーデリアにはどうでもよかった。

 目を覚ましたと聞いて禁固室に来たルケは、どう声をかけてもいっこうに反応しないコーデリアにつきあうように、自分もベッドの脇の椅子に座り、そうしてしばらくの間、陽にあたるコーデリアの青白い顔を、じっと眺めていたのだった。

「艦内の連中は、さっさときみを始末しろって、うるさいんだけどね」

 と、ルケがまたいった。

「もちろん、そんなことしないよ。きみはこれから、どんどん上に行く。もっともっと高いところに。ぼくの予感はね、当たるんだ」

「……どうでもいいこと」

 ささやくようなか細い声で、はじめてコーデリアが口を開いた。

「わたしはもう、どうでもいい。なにもかも」

「エアハルトのこともかい?」

 いたずらっぽくうかがう目をして、ルケがいった。

 コーデリアは表情を変えず、答えもしなかった。しかしその微妙な心の揺らぎを、ルケはたしかに感じとっていた。

「ぼくと一緒にいれば、いずれエアハルトに会えるよ?」

 ルケは飄々といった。

「ただでさえ、いまは戦争の真っ最中。しかも、ぼくは卿団の隊長。かれは『知事』のトップ・エース。どうしたって、引きあう定めなんだよ」

 コーデリアの目が、ふっと窓から離れた。そして切れるような視線を、ルケに向けた。

「わたくしに、どうしろと?」

「きみは、エアハルトのことを、ただ想えばいいんだよ」

 ルケは答えた。「その心に、きみの身体が従うのさ。……見てみな」

 ルケはおもむろに、窓のほうを指さした。

「ここは、ラメクの前線だ。ここでもだれかが、強い情動に突き動かされている。これはもう、大陸を巻きこむほど、強力な情動だ。きみにも感じない? この、濃密な渦のうごめき」

 コーデリアの目が、ふたたび窓に向いた。

 下腹にこもるようなどよめき。この男のいう、だれかの強い情動、それがわたしに干渉しているのか。なにか、怨念にも似た……。

 ふたりの会話は、ぴたりと止んだ。そしてまたしばらくの間、部屋の中は澱のような静けさに包まれた。

「お腹が空きました」

 ふいに、コーデリアが窓を見たまま、居丈高な声でいった。

「なにか、食べるものをいただけますかしら」

 ルケは片眉を上げると、おどけるように、ニヤッと笑った。


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