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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
71/142

クイラ・クーチ・10

「いわんことではない」

 威厳のこもった少女の声がする。暗く、広い部屋の中だ。

 奥の空間に投影されている、巨大なホログラム・ディスプレイだけが、光を放っている。

 そのディスプレイに向かいあった椅子に、男が座っていた。薄暗い中でも、老人とわかる。その老人は深く椅子に腰かけ、じっと正面のディスプレイに見入っている様子だった。

「初めからわれが出ていれば、ヤードもクードも、ジュードもむざむざ失うことはなかった。そうではないか、ビューレン」

「クードとジュードは、死んではおらん」

 ビューレンと呼ばれた老人が答えた。「今回のデータを活かして、生まれ変わる。これはステップの一環だ」

「気にいらん」少女は即座にいった。「きさまは、けれんが過ぎる」

「口をつつしめ、ニド」

 ふいに、椅子の横から男の声があがった。

 ビューレンの両脇に、大柄な二つの影が立っている。声はそのうちの一人が発したものだった。

「おまえとイドの独断で、ナードを失いかけた。今後は自重するがいい」

「下郎」少女は涼しげに返した。「つつしむべきは、きさまの口だ。犬は犬らしく、うなるなりに留め置くがよい」

 瞬時に、ゆらりと殺気が部屋の中に立ちこめた。

「やめるのだ」ビューレンが苦い口調で間に入った。

「ともあれ、時間はかせげたであろう、ニド。いや、カザン。いまリターグに動かれていたら、われわれはこのように、悠長に話などしていられなかったのだぞ」

「……せいぜい、われやマレイを、失望させぬがよいぞ、ビューレン」

 ニド、あるいはカザンと呼ばれた少女は、淡々とそういうと、くるっときびすを返した。

「マザー・キーを取りそこなえばどうなるか、よくよく考えて行動するのだな」

 少女が立ち去ると、部屋はしばらく異様な沈黙につつまれた。

「……ミドとシドを準備させておけ」

 やがてビューレンが口を開いた。「近いうちに使う。よく機嫌をとっておけよ」

「リターグへの増援は、よろしいのですか?」脇の男の一人がたずねた。

「リターグは、問題ない」ビューレンは答えた。「あの三人がいればな」

 ビューレンの、しわの寄った目じりが、ふっときつく細められた。

 前方のディスプレイには、分割画面でさまざまな光景が映し出されていた。それらのほとんどは、リターグでの機械兵の戦闘の様子だった。戦車を破壊する兵、中枢卿団の団員に倒される兵、さらにはクードとジュードが、エルフマンに討たれる一部始終も、くりかえし流されている。

 しかしビューレンの視線は、一つの画面だけに向けられていた。上空から撮られた映像だ。

 そこには、一隻の飛行艇と、エアハルトに肩を貸して立ち上がるサヴァンと、クイラの前に立つレダの姿があった。


 厳しい陽光と熱風にさらされた広大な砂漠に、エルフマンとピット、そして卿団員たちは立っていた。

 遠い向こうには仮設テントが立ち並び、その手前に、第十六師団のフロート・タンクがずらりと整列している。

 反対側のかなたには岩山が連なっていて、エルフマンたちがついさっきまでいたリターグは、山にすっかり隠れ、知事局の高い頂上すら見えない。

 ここは、エルフマン隊の前線司令部だった。整然としていて、混乱の気配もなかったが、かえってその静けさが、どこか不穏でもあった。

「団長は、なんと?」

 いつまでも無言で遠くを見つめているエルフマンに、ピットはひかえめに声をかけた。

「中央戦線に戻れ、だそうよ」

 エルフマンは静かに答えた。その声からは、どんな感情も伝わってこなかった。

 リターグ市街で戦っていたエルフマンら中枢卿と戦車隊が、この司令部に帰還した矢先、エルフマンの携帯通信機に、中枢卿団・団長エーヌ・オービットから連絡が入ったのだった。

 エルフマンと団長はしばらく話しこみ、通信機を切ると、エルフマンはそのまま黙りこんで、ピットが声をかけるまで、ぼんやりとたたずんでいたのだ。

「戻る前に、リターグを占領しましょう」

 ピットが意気込んでいった。

「例の援軍はすでに撤退していますし、もう奇襲は許しません。戦車隊を再編成して強襲すれば、かならず今日中に占領できます」

 ピットは焦っていた。強引に進めた、単独でのリターグ攻略作戦を、そう簡単にあきらめるわけにはいかないのだ。

 たしかに、リターグに入った戦車隊は、飛行船の爆撃と機械兵の攻撃で大損害を受け、こうして撤退を余儀なくされた。

 だがこの司令部には、まだ150輌の戦車が残っている。無傷の飛行艦隊も合わせれば、遅くとも夕方までには完全に占領できるはずだ。いまのままでは戦功どころか、この戦争で最大の失態となってしまう。

 むりやり接収した第十六師団は、高い練度を誇る筋金入りの部隊だけあって、一兵卒から大佐級の連隊長たちまで、一筋縄ではいかない。この失態を機にかれらが卿団にはむかうようなことがあれば、軍部と卿団の溝は、埋めようがなくなる。そうなれば、戦争どころか、アイザレン本土を揺るがす大事態となってしまうのだ。

「隊長」ピットは、いつになく強い調子で、さらにうながした。「時間がありません。ご決断を」

 すこしの間、エルフマンは熱風に金色の髪と白いマントを揺らせるままでいたが、やがて、ぽつりと口を開いた。

「テッサのトルゼン公アーシュラを、ケンサブルが討ったそうです」

「トルゼン公を?」

 ピットは驚いて聞きかえした。トルゼン公アーシュラといえば、アイザレンでも聞こえの高い剣士だ。その実力は、静導士団・副団長メイナード・ファーにも匹敵するといわれていたはずだ。

 しかも、アーシュラはテッサを治める身であるから、海上の前線に自らおもむくはずがない。つまりテッサは、落ちたのか?

「テッサは、もう落ちます」

 ピットの心を見透かしたように、エルフマンがいった。「ラメクも、今日明日には落ちるそうです」

 ピットはまた驚愕して、目を見開いた。金城鉄壁のラメクが、二日も持たずに陥落する? 信じられない。攻略にはすくなくとも五日はかかるとみて、おれは、リターグのあとはラメク攻めと決めていたのだ。

 もちろん、ラメク戦線のアイザレン中央軍集団は、優秀だ。卿団のルケ・ルクス隊も付いている。しかし相手は、エントールの聖将といわれるスーラ元帥と、静導士団の首席隊長リミヤン・キュベルカだ。一日二日で根をあげるような、なまやさしい連中ではない。

 いったいなにがおこっているのだ、ラメクでは?

「あなたのいうとおり、時間がありませんわね、ピット」

 エルフマンが口を開いた。

「団長の命令は命令です。エルフマン隊は、すみやかに中央に合流します。それと、」

 エルフマンは少し間をあけてからつづけた。

「第十六師団、という名前、呼びづらくてしかたありませんわ。そうね、〝エルフマン機甲部隊〟とでも呼ぶことになさい」

 エルフマンはゆるやかにそういうと、また遠い目を、青々とした空の下の地平線に向けた。

 ピットが部下たちに指示を与えるのを耳にしながら、エルフマンの心はさまよっていた。

 テッサもラメクも、いまはエルフマンの念頭にはなかった。

 脳裏には、さきほどの、血に染まって息も絶え絶えのエアハルトの姿がこびりついていた。

 今度会ったら、たとえ病室のベッドで寝ていようが、容赦なく討つ。そう固く誓っていたはずなのに、あのぶざまな姿を目にした瞬間、その気持ちが吹き飛んでしまった。

 ……憐れんだのかしら。わたしらしくもなく。

 エルフマンは地平線の先に、自分の真意を探しつづけていた。しかし、答えは見つからなかった。いや、胸の奥で、どこか答えを見つけることを拒んでいる、そんなとりとめのない感情に、心を泳がせていたのだった。

 やがてエルフマンは、フッとひとつ息を吐いた。そして、気持ちを入れかえた。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。

 とにかくわれわれは、リターグ市街への進撃路を開いた。これで軍部には、十分いいわけが立つだろう。あの正体不明の援軍を追いはらっただけでも、感謝してもらいたいくらいだ。

 考えることはいくらでもある。例の機械兵たちのことや、ピットが遭ったという、妙な少女のこと。最後に飛びこんできた一隻の飛行艇のこと。

 でもいまは、ルケのいる中央戦線への合流に集中しなければ。

 ピットから指示を受けた団員たちはすでに去り、その場には、エルフマンとピットのふたりだけがいた。

「急ぐわよ、ピット」

 凛とした声でエルフマンはいい、ピットに少し顔を向けた。

「さっきの船みたいに、まぬけな到着をしたら、いい恥さらしですから」

 エルフマンはそういうと、マントをひるがえしてきびすを返し、ピットの横を抜けて、颯爽と砂の地面を進んでいった。

 複雑な表情をしたピットは、強烈な日差しの空を、思い出したように見上げてから、すぐにエルフマンのあとを追っていった。


 まぬけな到着、とエルフマンがいった、そのサヴァンたちの飛行艇の遅い来援には、理由があった。

 昨日リカルド・ジャケイからは、必要があればラメクで補給を受けるように、といわれていたが、かれらはラメク戦線の夜間戦闘を考慮して、ラメクのさらに東を大きく迂回するルートを取ったのだ。その結果、予定よりも数時間遅い到着となってしまった。

 これは、サヴァンたちがリカルドの言葉に信頼を置いていなかったことが原因だが、今回ばかりは、リカルドのいうことは正しかった。

 昨夜のラメクは、静かだった。ラメクが血みどろの混乱におちいるのは、翌日、サヴァンたちがリターグに着いてからのことだった。


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