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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
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クイラ・クーチ・9

「どうしよどうしよ」

 ナードは事態の急変に動転していた。

 スナイパー・ライフルの照準はエルフマンをとらえていたが、クードとジュードがあれほどあっけなく討たれた衝撃で、とても狙撃どころではなくなっていた。それ以前に、狙撃など通用する相手とも思えなかった。

 ナードは無意識にキャンディ・スティックを噛んだ。

 あの女、あたしがここにいることに、気づいてる気がする。なんでか知らないけど、あたしの勘がそういってる。早くここを離れなきゃ。

 ふいに、背筋に悪寒が走った。

 ナードはスナイパー・ライフルを両手にかかえ、とっさに起きあがって振り向いた。

「ただの子供ではないな」

 抜身の剣を持つピットが、前方にいた。その刃は、おびただしい黒い液体でぬめっていた。

「『知事』か? それとも、エントールの手の者か?」

 ナードが銃口を向けても平然として、ピットはいった。

「答えよ。悪いようにはせん」

「まずいなまずいな」相手から目を離さず、ナードは小さくつぶやいた。

 と、ナードはくわえていたキャンディ・スティックを、ピットにむけてフッと吹き飛ばした。

 飛んでくるスティックの予想外の勢いに、思わずピットは上半身を横にそらし、体勢を崩して避けた。

 そして身体を戻したときには、もうナードは屋上のへりに立っていた。片手に持つスナイパー・ライフルを肩にかけ、もう片手には、いつのまにかライフル・ケースが握られている。

「さよならさよなら!」

 ナードはニッと口の端で笑うと、後ろ向きのまま屋上を飛び下りた。

 ピットがへりから下を覗いたときには、すでに影も形もなかった。

 やはり『知事』か、それとも静導士か。ピットは頭を上げて、小さく息をついた。

 しかし、どうもそれらしい感じではなかった。あんな兵士がいるわけがないし、傭兵にしても動きが良すぎる。……何者だ?

 ピットは地面に落ちているキャンディ・スティックに、見るともない目を向けた。辺りの戦車の砲声は、単発になってきていた。

 なんにせよ、戦車隊の撤退は、うまくいっているようだ。ピットは気を取りなおして、今度は知事局に顔を向けた。上空の五隻の船は、まだ不気味に浮かんだままでいる。

 ……ん?

 ピットは眉を寄せて、目を細めた。

 別の飛行船が一隻、こちらに近づいてくる。民間船、また偽装船か? 

 そうしてピットが見つめるうちに、まさにその、サヴァンたちを乗せた飛行艇は、猛烈な速度でリターグの市街に到着したのだった。


 アイザレン軍の戦車の砲声が遠ざかっていくのを確認して、クイラは胸をなでおろした。

 機械兵の気配も、ぱったり途絶えた。これでひとまず、ここから逃げる必要はなくなった。ただでさえ、もう疲れきっていて、一歩も歩きたくない。それに……

 クイラは、まだ片ひざをついて苦悶の声をもらしているエアハルトに、顔を向けた。白い服はほとんど赤く染まっている。肩の傷口からは、とめどなく血があふれ出している。

 ──なにかいわなきゃ。

 クイラは悩んだ。こういうとき、なんて声をかければいいの?

 胸につかえる言葉にならない言葉が、クイラの口を開けさせはしたが、どうしても声が出なかった。クイラは無言で、エアハルトの前にしゃがみ、おずおずと手を差し伸べようとした。

 そのとき、クイラの耳は、喧騒にまぎれた飛行船のエンジン音を聴き分けた。

 音と同時に、強い気配もこちらに近づいてくる。

 クイラは立ちあがり、片手の黒い刀剣を握りなおした。

 一隻の飛行艇が、たちまち頭上に現われた。飛行艇はエンジン音を響かせながら、空中で静止した。

 側面のハッチが開かれ、白い制服を着た二人の者が飛び降りてくるのを、クイラはぽかんと見つめた。

「エアハルト!」

 サヴァンは着地すると、すぐにエアハルトに駆け寄った。つづいて降りてきたレダは、抜け目のない風に周囲の安全を確認すると、あとは目の前のクイラに視線を移して、まじまじと観察をはじめた。

 飛行艇は低空で静止しているといっても、飛び降りればただではすまない高さだ。それを躊躇なく降りてきて、ピンピンしているなんて、普通じゃない。

 クイラはレダの視線にとまどい、顔をそむけつつ思った。

 もちろん、普通じゃないのは一目でわかる。この人と同じ服。エアハルトっていうのか、この人。

 クイラは、サヴァンに肩をあずけて立ちあがろうとしているエアハルトに目をやった。

 ──帰るのかな。

 クイラの胸に、ぽっかりとしたものが広がった。

 なにかいいたいな、最後に。ありがとう、って、それだけでもいいたいな。

「おい、エアハルト」と、腕組みをしてクイラをながめていたレダが、エアハルトに目を向けた。「こいつはなんだ?」

「民間人だ」サヴァンに支えられて起きあがったエアハルトが、あえぐように答えた。

「その子も連れていく。ここは危険だ」

「ふうん」レダはまたクイラに目を戻した。

 クイラも、今度はレダを見返した。心には、エアハルトとまだ別れないでいられるという喜びが湧いていた。

「……おもしろい子だ」思いがけず重々しい声で、レダはいった。

「いったん知事局に避難するぞ」サヴァンが号令した。「リディア!」

 サヴァンは飛行艇を見あげて叫び、腕を振りまわした。

 巻き上げ式のはしごがするすると降りてくる。

 サヴァンにうながされ、クイラが最初に上がった。

 飛行艇に乗りこむと、クイラの目は自然と知事局に向けられた。

 上空の五隻の船が、飛び去ろうとしていた。

 サヴァンとエアハルトが飛行艇に乗りこみ、最後にレダが乗ったときには、もうその船団の姿は小さくなっていた。


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