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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
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襲撃・1

 ──なんだか、ばかでかい棺桶みたいだな。

 巨大な長方形の飛行艦を目の前にして、サヴァンはそんな感慨にひたっていた。

 向こうではレダが、すごいな! 大きいな! とはしゃぎながらうろうろしている。

 ここはリターグの地下にある、軍の飛行艦用のハンガーだ。

 局長から任務を告げられた日の夜のことで、遠い空の上では、エルフマンとピットが話を終えたころだった。

 ひんやりとした広大なハンガーのあちこちで、いそがしく人が働きまわっている。

 だが、この不恰好な軍艦の甲板からつき出ている、伸縮型のスロープをのぼっていく者はいない。

 総員三百人の乗艦は完了ずみだ。あとは風変わりな荷物を三つ積みこめば、晴れて空へと旅立てる。

 自分たちがまったく歓迎されない荷物だということは、昼間のブリーフィングの荒れようで、いやというほど知った。

 まあたしかに、この巡空艦「マスチス」は、純然たる戦闘艦だ。輸送艦ではない。

 今回の件は、艦長以下乗員一同、まさに寝耳に水のことだったのだ。

 なぜ快速の小型艇ではだめなのか、とブリーフィングの際に、ものすごい剣幕で局長にくってかかった艦長の姿が、まざまざと思い出される。

 三百人の乗員のひややかな視線を想像して、サヴァンは身震いしそうになった。

 と、そこへもっとも重要な荷物が近づいてくるのが、サヴァンの目にとまった。

 民族的な装飾がほどこされた紅色のワンピースに、いかにも旅用らしいブーツをはいたリディア・ナザンが、口を少し半開きにして、マスチスを興味深そうにながめながら歩いてくる。

 そしてふと前方のサヴァンに気づくと、リディアは恥ずかしそうに口をひきしめ、あとはうつむいて、両手のカバンを重そうにしながら、急ぎ足で歩いた。

「すみません、お待たせしてしまって」

 サヴァンの前まで来ると、リディアは息を切らせていった。

「いえ、とんでもない」

 サヴァンはいんぎんに応対した。

 リディアとは、朝に局長のオフィスで会って以来だった。こころなし、疲れが目のまわりに表われている気がする。

 むりもない、とサヴァンは思った。

 自分やレダも、今日は準備で大忙しだったが、彼女は忙しいどころではない。その身にふりかかったことを考えれば、心身の疲労ははかりしれない。

 しかもナザンからリターグに亡命したかと思えば、今度は休む間もなくエントールだ。彼女の亡命がどれだけ重要な意味を持つのかはわからないが、これじゃたらいまわしもいいところだ。サヴァンはふいに、このかよわそうな王女に同情をおぼえた。

「あの、わたくし、まだちゃんとご挨拶もしていなくて」

 リディアはカバンを置いてそういうと、姿勢を正した。

「リディア・ナザンと申します。どうぞ、よろしくお願い申しあげます」

「は、おそれいります、殿下。レイ=ロード・サヴァンと申します」

 サヴァンもあわてて言葉を返した。

「道中、なんなりとお申しつけください」

 こんな感じでいいのか? サヴァンは急に自分の言葉づかいが不安になってきた。『知事』になるための予備学校でも、王女との接しかたは学ばなかったからなあ。

「あの、わたくしのことは、どうぞリディアとお呼びになってください」

 と、リディアが淡い笑みを浮かべていった。

「わたくしはもう、王女ではありませんから」

「ふーん」

 背後で声がして、サヴァンはドキッとした。

 振り向くと、いつのまにかレダが立っていた。レダは腕組みをしてリディアに近寄り、うさんくさそうな目でひとしきりながめまわすと、いきなりいった。

「編み毛」

「え?」サヴァンとリディアが声を上げた。

「おまえのあだな、〝編み毛〟」

「……なにをいってるんだ、レダ?」

「髪を編んでるから、編み毛。おまえのことはこれから〝編み毛〟って呼ぶぞ」

「だめだ」サヴァンはきっぱりいった。

「あの、わたくしも、できればほかの名前で呼んでいただきたいのですが……」

 委縮したように、リディアも小声でいった。

「なんだよ、じゃあ〝金髪〟か? それとも〝編み巻き〟か? なにがいいんだよ」

「髪から離れろ」サヴァンは断固としていって、レダにきびしい目をやった。まだ出発もしていないのに、トラブルはごめんだ。

「普通に、リディアでいいだろう?」

「おやぁ? いきなり呼び捨てとは。やるな、サヴァン!」

 そうからかってニヤッとしたレダだったが、サヴァンの煮えたぎった顔を見ると、目をそらしてぎこちなく身体の向きを変え、あとはそしらぬ風に、さっさとスロープのほうへ歩いていってしまった。

「どうも、失礼しました」

 サヴァンは気まずそうに謝ると、リディアが遠慮するのをおしとどめて彼女のカバンを持ち、レダのあとを追ってスロープに向かった。

 ──安心しろ、レダ。

 サヴァンは心に誓った。

 ──任務が終わったら、おまえの家さがしを手伝ってやるぜ。全力でな。

 三十分後、巡空艦マスチスは、一路エントールの首都をめざして出航した。


 それから二日は、なにごともなく過ぎた。

 いや、表向きは、といったほうがいいかもしれない。

 乗艦後に顔を合わせた艦長や士官は、さすがに礼儀は欠かなかったが、三つの積み荷とはあきらかに距離を置く態度だったし、ほかの乗員たちも、だれもがよそよそしく、おまけに沈鬱な様子で、艦内の雰囲気は最悪だった。

 サヴァンもリディアも、なるべく各自の個室にいて波風を立てないようにしていたが、レダはひとり艦内をあっちこっちとうろつきまわり、乗員たちのあきらかに迷惑そうな視線もどこ吹く風で、自由気ままに楽しんでいた。

 サヴァンとしても、ともあれアイザレン軍と鉢合わせる心配がなさそうなことには、ほっと胸をなでおろしていた。

「アイザレンの連中は、まだハイドスメイにはりついている」

 顔合わせの際、艦長はいった。

「われわれの航路は、安全そのものだよ」

 艦長の声には、かすかに皮肉が込められているようだったが、そんなことを気にしてもはじまらない。

 それでも、いやみの一つもいいたい気持ちはわかる、とサヴァンは思った。

 ハイドスメイは、砂漠の西で一番大きな町だ。あとはエントールの国境の山脈まで、なにもない。

 だからアイザレン軍はここを補給地点にしなければならないし、エントールはここを落とされれば、国内に戦線を移すことになる。

 つまりハイドスメイは、たがいにゆずれない拠点なのだ。

 エントールと軍事同盟を結んだリターグも、このハイドスメイ防衛のために、小規模ながら飛行艦隊の派遣を決定していた。その進発が、ちょうどマスチスの出航と同じ日時だった。夜中にハンガーがフル稼働していたのは、そのためだった。

 そういうわけで、リディアたちを乗せたマスチスは、この飛行艦隊に随行し、山脈手前で別れることになった。

 輝ける防衛艦隊に加われず、それでもお供のように随行するはめになったことが、マスチスの艦長以下乗員たちにどんな気持ちを与えたか。

 それを察すれば、恨み言の一つや二つはしかたない。そうサヴァンは受け取っていたのだった。


「へーえ」

 と、レダが気のない声をあげた。

 リディアが使っている、艦内の個室の中だ。

 リターグを発って二日後の、よく晴れた昼間のことだった。

 この日の朝に、マスチスは艦隊と別れ、あとはエントールの首都にむかって、しょんぼりと航行していた。

 ただし、しょんぼりとしているのは乗員たちで、艦自体はグングン進んでいた。いくら戦線から離れていても、単独航行は心細い。早く山脈を越えて、エントールの領内に入りたい。それは、予定では昼過ぎとなっていた。

「で、おまえはそもそも、なんで亡命させられたんだ?」

 レダが続けた。

「それは、その」とリディアが口ごもった。

「レドムさんのお話では、アイザレンが政略上、わたくしを捕らえようとしているから、とのことです」

「おまえ、そーんなに重要なのか?」と、けげんそうに眉をひそめるレダ。

「くわしいことは、教えていただけませんでした」そういってうつむくリディア。

 そして重い沈黙。

 うーん、失敗だったかな、と、横で聞いているサヴァンは後悔していた。

 乗艦して二日がすぎても、三人がまともなコミュニケーションをとっていないことを、サヴァンは憂慮していた。もうすこし、お互いを知ってもいいはずだ。こんなバラバラな状態では、護衛任務そのものに支障が出かねない。

 そこで、サヴァンはめんどくさがるレダを引っぱって、リディアの部屋におしかけたのだった。

 リディアは心からうれしそうな笑顔を見せて、歓迎してくれた。

 そして三人は、長椅子に向かい合って座り、お茶を飲みながら、おしゃべりをはじめたのだった。

 艦内の生活の不満などをひととおり話し終えると、話題は自然な流れで、ここまでのリディアのいきさつに向けられた。

 リディアは、おぼえているかぎりのことを、ひかえめに、それでもひたむきに話した。

 包囲されたナザンでのこと、ユース・ヴァンゼッティや、マッキーバという男のこと。もちろん、途中の記憶がないことも説明した。

 へーえ、とレダがいったのは、リディアのその一連の話を聞いてのことだった。

「まあ、たしかに妙な話ではあるね」

 とサヴァンは、テーブルの冷めたお茶に手を伸ばしながら、この気まずい沈黙をとりつくろうように口をはさんだ。

「第一、そのマッキーバというのは、どうもよくわからないなあ。本気でリディアさんをつかまえるつもりなら、一人でくるはずはないし、ユースの偵察機も、そのままにはしておかないと思うけどね」

「中枢卿ってのは、みんなどこかずれてるんだ」

 と、レダはせせら笑うようにいって、テーブルの皿のクッキーを無造作につかみとり、口にほうりこんだ。

「あの人、やっぱり中枢卿なのですか……」リディアはひとりごとのようにつぶやいた。

「卿団の隊長の一人だぞ。あんまり表には出てこないけどな」

 口をもごもごさせながら、レダが答えた。

「おれは聞いたことないぞ?」サヴァンは驚いていった。「なんでおまえ、そんなこと知ってるんだ?」

 レダは自分の口を指さし、すこし待て、というジェスチャーをしてから、一気にクッキーを飲みこんで、さらにお茶を流しこんだ。

「あたしぐらいになるとな、」と、レダはのどを苦しそうにしながらいった。「それぐらいの情報は、自然と耳に入ってくるんだぞ」

「ほんとかよ?」

 日ごろのレダを知るサヴァンには、まったく信じられなかった。

「おまえこそ、『知事』のくせにうかつだぞ。精進しろよ、サヴァン」

 得意そうにそういわれて、サヴァンがなにもいえないでいるところで、「あの、お茶をいれなおしますので」とリディアが席を立った。

 そのうしろ姿を見送りながら、サヴァンはふいに、なんとも不思議な気分になった。

 ──二年間の怠惰な日々から、いきなり、亡国の姫の護衛か。

 どうもいまひとつ実感がわかないのは、ここまであわただしかったからか、まだ何日もたっていないからか。それとも、いまは真剣な表情でティーポットにお湯をそそいでいるリディアが、あんまり姫っぽくないからかな。

 サヴァンはひとつ息をついて、なにげなくレダに目をやった。

 どっちかというと、こいつのほうが、わがまま放題の姫って感じだ。

「それにしてもなあ」と、そのレダが、ポットを持ってきたリディアにいった。

「みーんなおまえに注目してるのに、本人がその理由を知らないなんて、おかしいぞ。なんか思い当たることはないのか?」

 リディアはポットを持ったまま、ふと立ちつくした。

「そういえば……」

 遠い記憶をたぐりよせるように、目を細めてリディアがいった。

「たしか、ヴァンゼッティさんが、わたくしの名前が戻ったかどうかと、よくわからないことをおたずねになりましたけど」

「……ほう」

 レダの目が、ふしぎな光をおびた。

 その直後、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 三人は、その場で硬直し、無意識に目をあちこちに走らせた。リディアは持っていたポットを、そっとテーブルに置いた。

 部屋の向こうにある、艦内用の通信機もブザーを鳴らしている。サヴァンはすぐにその通信機のもとに行き、受話器をとった。

「艦長です」と、緊迫した声が聞こえた。その奥では大勢の人間の声がとびかっている。

「サヴァンですが」

「きみか。いま後方から敵の艦隊が接近している」艦長が早口でいった。

「敵?」

 サヴァンは思わずすっとんきょうな声を出した。ここは、ハイドスメイのはるか南だ。たとえハイドスメイがアイザレンの手に落ちたとしても、すぐに艦隊が来られる距離じゃない。

「それも見たところ、どうやら卿団のエルフマン隊らしい」

 艦長が苦りきった口調で続けた。

 ……え? と、サヴァンは一瞬ぼう然とした。

 『白蛇』と呼ばれる、ケイ・エルフマンのありがたくない話なら、いやというほど耳にしている。でも、なんでここに?

「相手は重巡一、駆逐四の艦隊だ。歯が立たん」

 と艦長がいった直後、ズン! とすさまじい衝撃が部屋を揺るがせた。

「なんですか、いまの!」うしろの二人の無事を確認しながら、サヴァンが叫んだ。

「撃たれた! すぐ戦闘指揮所に避難してくれ」

「直撃したんですか?」

「とにかく全力でエントールに入る。きみらは早く指揮所へ行け。第五区画の4Aだ」

 と、艦長はサヴァンの質問には答えずにまくしたてた。

 通信機を切ると、サヴァンはすぐに長椅子にとってかえした。その間も、断続的に衝撃が続いていて、艦の回避行動のためか、ぐわんぐわんと床が大きく揺れはじめている。

「なんだよこれ!」かがみこんで長椅子に両手をついているレダがさけんだ。

「敵襲だ。戦闘指揮所に避難するぞ!」

 サヴァンはそういうと、リディアとレダを出口にうながした。

「あの、戦闘指揮所とは?」あえぐようにリディアがたずねた。

「司令や参謀が、指揮をとる部屋のことです」と、廊下に出ながらサヴァンは答えた。

「一番安全な場所です。急ぎましょう」


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