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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
69/142

クイラ・クーチ・8

 そしていま、エアハルトは、重く押しこんでくる相手の剣を、必死でこらえていた。この間に、エアハルトの頭には、たちまち理性が立ち戻った。

 コーデリアが行方不明と知らされたあとはほとんど聞き流していた、あの男の話の一部がふいによぎる。突然の空爆とともに降下してきた、見なれない装甲服の歩兵部隊。かれらはアイザレン軍を攻撃しているので、たぶんエントールの援軍だろう。そんな話だった。

 では、これはどういうことだ?

 渾身の力で相手の剣を受けとめながら、エアハルトはとまどった。

 見れば、どうやらこの相手が、その降下してきたエントールの歩兵のようだ。ならば、なぜリターグの民間人を襲うのだ? それに、あたりに散らばっている死体はなんだ? 『知事』がやったのか? それとも、アイザレンの中枢卿がいるのか?

 いや、それよりも……

 とっさに、エアハルトは相手の腹を蹴りこんだ。

 そして相手がドッと後ろに倒れこんだすきに、エアハルトは背後の子供を腕でかばい、じりじりと後退した。子供のほうも、エアハルトに合わせて下がった。

 ──この連中、ただものではないな。

 ゆっくりと起きあがった白いフードの者を見て、エアハルトは思った。

 たしかに、体調は万全とはほど遠いが、おれは『知事』のトップ・エースだ。相手の剣を受けて、力負けすることなどありえない。中枢卿や静導士の隊長を相手にするのでもなければ。

 それがさっきは、もう少しで押し負けるところだった。

 ただの兵士ではないし、剣士としても並ではない。

 エアハルトは、やや離れたところで静観している、黒いフードの者も目の端にとらえていた。

 当然、あの黒いほうも、相当な手練れだろう。いまの身体では、二人同時に相手にするのはきつい。せめて子供だけは安全に逃がしたいが、こう相手と距離が近いと、それもかなわない。

「おまえたち、エントールの援軍ではないのか?」

 あたりの砲声にかき消されないように、エアハルトは声を張り上げていった。

 まずは、相手を知りたい。話しあう余地があればいい。話が通じなくても、いまは一秒でも時間をかせいで、なんとか打開策を練るしかない。

「援軍であれば、本分を果たすがよい」

 白いほうも黒いほうも答えないのを見て、エアハルトはさらにつづけた。

「敵であれば、道義をわきまえよ。このような幼い子供に手をかけるとは、どういう了見か」

「共闘」ジュードはそういうと、片手に持っていた刀剣を両手に持ち替えながら、ゆっくりと近づいてきた。

「了解」クードもまた体勢を整え、剣を構えた。

 ──しかたない。

 エアハルトはクードとジュードを交互に見やって、心を決めた。目の前の、白いほうに奇襲をかけよう。一太刀で討って、黒いほうと一対一に持ちこむしかない。

「出番」と、ジュードが歩を進めながらふいにいった。

「不要」とクードがかえした。

 なんのことだ?

 不審に思ったその瞬間、エアハルトは左肩に強烈な衝撃を感じた。そして、すぐに激痛が走った。たまらず短くうめき声を上げ、エアハルトは左手の剣を落としてよろめいた。

 白い制服が、見る間に赤く染まっていく。

 狙撃手もいるのか! エアハルトは歯噛みした。考えてみれば、当然のことだ。ここは戦場なのだ。相手が二人だけだと思いこんだおれのほうがどうかしている。

 エアハルトは痛みからひざをつきそうになるのを、どうにかこらえ、目の前に迫る二人をにらみつけて、右手の剣を横に構えた。子供ひとり守れないならば、おれに生きる資格はない。せめて刺し違えて白いほうだけでも討ってやる。エアハルトはそう覚悟を決めた。


「ざまみろざまみろ」

 遠い建物の屋上に寝そべり、巨大なスナイパー・ライフルのスコープに目を当てながら、ナードはキャンディ・スティックの突き出た口で、ニヤッと笑った。片方の耳には、イヤホン・マイクが着けられている。

「死んじゃえ死んじゃえ」

 熱い風が砂埃を巻き上げ、ナードの髪を揺らす。見開かれた目が血走っている。スコープの照準は、今度は肩ではなく、エアハルトの頭に合わせられていた。

 ナードは、トリガーを引こうとした。が、ふと指を外した。

「なになに?」

 スコープの先に、意外な光景があらわれていた。

 ナードは顔をしかめて、じっとスコープをのぞきこんだ。


 ──だれだかわからないけど、この人は、あたしを守ってくれた。

 エアハルトの前に進み出たクイラに、迷いはなかった。

 命がけで、あたしを守ってくれた。だからあたしはいま、こうして生きている。

 ありがとう。

 だれかに感謝するなんて、はじめてだ。あたしでもこんな気持ちになれるってこと、最期にわかってよかった。

 クイラは刀剣をグッと両手で握り、構えた。

 ──せいぜい、戦って死んでやる。

 クードとジュードを獣のような目でにらみつけ、クイラは決意した。

 いま苦しんでいる、この人のためにも、あたしは戦う。

「勇敢」ジュードがいった。

「好感」クードが応じた。

「だめだ、……逃げ、ろ」エアハルトが声をふりしぼった。

 すでにジュードも、クイラと近い間合いを取り、黒い刀剣を堂々と正眼に構え、いまにも打ちこもうとしていた。クードも二刀を交差するように構え、ふたたび斬りかかる気配を見せていた。

 そしてクードが、まさにクイラに突進した、そのときだった。

 ドン! と強烈な衝撃波がクードの横ざまに襲いかかり、クードはなすすべもなく吹き飛ばされた。

「……不測」ジュードの声には、こころなし影がかかったようだった。

「ごきげんよう、みなさん」

 女の涼しい声が、路上に響いた。

 クイラやエアハルトをはさんで、ジュードと向かいあう場所に、ケイ・エルフマンは立っていた。

 漆黒のマントで全身を包んだ十人ほどの男女がうしろにひかえていて、エルフマンの、いつもの白いパフ・スリーブのローブとマントが、その黒い背景にいっそうあざやかに映った。

「鉄くずの大将は、あなたたちかしら」

 エルフマンは尊大に、クードとジュードを見やった。

「解体処理のお時間ですわよ」

 クイラはあっけにとられて、この突然の介入者たちをながめたが、同時に、周囲の様子が変化したことも敏感に察知した。

 砲声の感じが、変わった? アイザレン軍のほうはバラバラだったのに、まとまってきている。リターグのほうは、さっきよりも激しくなっている。どっちが勝っているんだろう。

「不利」といって、ジュードが後ろにさがった。

「同意」起きあがったクードも同じように退いた。

「あら」エルフマンの目が鋭くなった。「逃がしませんわよ」

 とたんに、ドサッ、と重い音がした。

 いったいなにが起きたのか、クイラにはわからなかった。

 音のするほうに目を向けると、そこには、胴体から一刀両断された、クードの死体が転がっていた。

 そして、反対の方向にいたはずのエルフマンが、ジュードの真横に立っていた。抜いた剣を片手に下げて、なんでもない風に。

 つかの間、時が止まった。

 クイラがひとつまばたきをする間に、また光景が切り替わった。

 エルフマンが立っていた場所に、刀剣を横に払った姿勢で固まっているジュード。

 またなにごともない表情で、剣を鞘におさめながら、すたすたとこちらに戻ってくるエルフマン。

 ジュードの頭が、どさりと落ちた。首から黒いしぶきを噴き出し、身体も地面に倒れた。

 エルフマンの部下たちは微動だにせず、マントを風にはためかせて整列していた。

 ふと、エルフマンがクイラの前で立ちどまった。そして身体は横に向けたまま、目だけでクイラを見おろした。その顔や腕の無数のあざや、まだ構えている剣に視線をやり、最後にクイラの目をちらっと見やると、エルフマンはまた歩き出した。

 ひざをついて苦しげに息をしているエアハルトには、声もかけず、目もやらなかった。


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