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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
67/142

クイラ・クーチ・6

 それは、わずか三十秒ほどの間のことだった。

 ……なんだ。

 クイラは先ほどと同じように、通りに立ちつくしていた。

 路上には、十体ほどの機械が倒れていた。

 おびただしい量の黒い液体が、ベージュ色の路面にことさらコントラストをつけて広がっている。

 ──こいつら、全然たいしたことないじゃない。

 クイラの片手には、はじめに倒した機械の腰にあった刃物が握られていた。

 ブラック・グレーの刀剣で、五十センチほどの直刃。ちょっと重い。でもちょうどいい長さだ。銃の使い方はわからないけど、刃物は慣れてる。これがあれば大丈夫。

 クイラは、ひょいとその刀剣を上に投げ、一回転したそれを苦もなく持ち直した。

 少し慎重すぎたかな、とクイラは後悔した。

 こいつら、たしかに普通の人間よりは強いけど、あたしの相手じゃない。あたしのスピードに、ついてこられない。それに見かけは頑丈そうでも、頭を刺せば、人間と同じで簡単に倒れる。

 ──強行突破しよう。

 クイラはすぐに決断した。

 こいつらは弱いけど、数で攻められたら厄介だ。そうなる前に、少なくともこの区画だけは走り抜けてしまおう。戦車の砲撃の音は激しくなってきている。いくらあたしでも、戦車とは戦えない。

 クイラは無意識に視線を上げた。前方の、やや離れたところに知事局が見える。ならば、逃げるルートは逆方向だ。

 クイラはさっと身をひるがえし、走ろうとして、脚を大きく前に踏み出した。

 そして、その姿勢のまま、ぎくりと立ち止まった。

「意外」と、声がした。

「同意」と、別の声がした。

 なに、こいつら?

 クイラは目を見開いた。

 それは明らかに、いま相手をした機械たちとはちがった。まず、気配がなかった。機械たちを倒したあと、色々なことを考えている間、またさっきのような鉢合わせや包囲に合わないように、周囲にも気を配っていたのだ。

 にもかかわらず、いつのまにか、背後に立たれていた。

 いまその二人は、前方五メートルほどのところにならんでいるのだが、クイラは物心がついてからこれまで、警戒する中でここまで知らずに近づかれたことは、一度もなかった。相手が人間であろうが野生動物であろうが、機械であろうが、動くものであれば、自分の警戒網に必ずかかる、そう信じて疑っていなかったのだ。

 近づかれただけでも、クイラには十分驚異だったが、目の前の二人のたたずまいは、さらにクイラをたじろがせた。

 外見は路上に倒れている機械たちと似ている。でも、まったく別格だ。

 それは、二人が装甲服の上に妙なフードやチュニックをまとっていることや、大柄なほうが一人だけ黒色だということとは、関係なかった。クイラ・クーチの研ぎ澄まされた本能が、この二人は危険だと、純粋に判断したのだった。

「知事」とジュードがいった。

「否定」とクードは答えた。

 砂を焼くような強烈な日差しの路上に、三人の姿が切り立った。

 あたりでは砲声がひっきりなしにとどろいている。もう人の足音や叫び声は聴こえなかった。

「排除」とジュードはいい、少し身を退いた。

「了解」と答えたクードは、逆に前に進んだ。

 クイラはクードの動きを見て、片手の刀剣を前にかざして下がった。

 クードはなおもクイラに向かって歩きながら、白いチュニックの腰に両腕をまわした。そして、ザッと二本の刀剣を抜いた。クイラの持つ物と同じだが、刀身が長い。

 クイラはクードから目を離さず、さらに下がった。

 ──まずいかな。

 クイラはあせっていた。

 まともに戦って勝てる相手とは、どうしても思えない。フードから覗く、薄笑いしたような灰色の顔は義顔だけど、身体の動きは機械とは思えない。完全に人間の動きだ。それも、いま相手にした機械たちとは比べものにならない、足さばきや圧迫感。

 どうしよう、脚が震える。武器を持つ手も震える。

 クイラは全身の力が抜けそうなところを、必死にこらえていた。

 ……やるだけやる。

 クイラは心の中で、そうせつなげにつぶやいた。

 突如、クードが仕かけた。とてつもない動体視力を持つクイラでも、初動が読めないほどの突進だった。

 風景が止まった。

 両手の刀剣を横に振り払った態勢で、前のめりになったクード。

 その少し前方に、のけぞるようにして立ち、目を見開き、片手の刀剣を抱きしめるように胸元に寄せているクイラ。

「不測」ジュードが小さくつぶやいた。

 直後、また光景がパッと変わった。

 クイラがいるはずの場所に、両刀で突いた姿勢でいるクードと、今度は横に避けたクイラ。

「非凡」クードがいった。

「全力」ジュードが声をあげた。

「了解」クードは答えた。

 クイラは限界だった。刀剣の柄を両手で持ち、その剣先を相手に向けながら、よろけそうな脚で数歩後退した。

 向けている剣先も、手が震えて定まらない。

 クイラには、クードの攻撃がまったく見えなかった。避けられたのは二回とも、偶然だ。なみはずれた本能が、身体を動かしたといってもよかった。

 でも、とてもかなわない。クイラはほとんど観念していた。逃げるしかないけど、こんなに間合いが近いと、それもできない。しかも相手はこの白いやつだけじゃない。あの黒いのは、もっと強そう。

 ──死ぬ、かな。

 クイラは思った。

 道に倒れていた人たちの死体が目によみがえる。

 痛いかな。苦しいかな。辛いかな。……やだな。

 クイラはもう、刀剣を落としそうなほど虚脱していた。

 クードはそんなクイラに、二刀を構え、慎重に近づいていった。今度は単発ではなく、相手を討つまでひたすら攻撃するつもりだった。

 この貧相な子供を甘く見たのはまちがいだった、とクードはそう判断した。『知事』かどうかは関係ない。複数の部下を倒し、さらに自分の打突を二度も避けた相手だ。ただ者ではない。ここで手間どっていては作戦に支障が出る。ジュードの目もある。次で、確実に討つ。

 クードは突進した。クイラは動けなかった。ただ、死ぬとはどういうことなのか、と、そんなことを漠然と思っているだけだった。

 だから、本当ならばもう死んでいるはずの時間が過ぎても、自分の目が見え、脚が立ち、頭が働いていることに、一瞬混乱し、ハッと我にかえった。

 目の前に、大きな背中があった。

 白いマント、赤い短髪。その振り上げた両手に持つ、ナタのような剣が、クードの剣を受けてギリギリと競り合っている。

「重大」ジュードが、おもむろに腰の剣を抜いた。

 クードとクイラに割って入ったロー・エアハルトは、この奇妙な戦闘も含めて、必死に状況を把握しようとしていた。


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