クイラ・クーチ・5
──いったい、なに?
周囲に目を配りながら、建物の壁から壁へと移動するクイラは、必死だった。
敵なの? 味方なの? ほんとに、なんなの?
見あげた飛行船からの、突然の砲撃。爆音。爆風。
戦車にもう少し近いところにいたら、自分も巻きこまれて、生きてはいなかっただろう。
砂と汗にまみれたクイラは、九死に一生を得たと安堵しながらも、冷静に状況を判断しようとしていた。
といっても、考えることは、それほど多くはなかった。
とにかく、ここにとどまるのは危険だ。隠れるにしても、この区画は避けなければ。
船は知事局の上に固まって停まっているけど、またいつ砲撃されるかわからない。
クイラは、アサルト・ライフルをしっかりと握り、様子をうかがいながら少しずつ後退していた。
本当は一気に走りたいけど、とクイラはたどりついた壁を背にして、獣のように俊敏にあたりに目を走らせながら思った。
でも、変な気配が、そこら中でする。船から降りてきたやつらだ。まだ遠くからしか見てないけど、あの動きは人間とは思えない。あれが、よく耳にする「静導士」ってやつか? でも、なんか違う気がする。気配にしても、生き物という感じが、まるでしない。
クイラは、横の大通りの反対側の、崩れかけた建物の壁に目をやった。なんにしても、とにかくこうやって、見つからないように逃げるしかない。
クイラは、とっさに通りを横切ろうとした。その間も、心の中では不気味な気配の正体について、あれこれと考えていた。
それがクイラに、普段にはない油断を生じさせた。
……!
通りの真ん中で、突然クイラは立ち止まった。そして、顔を左に向けた。
ほんのつかの間、時間が停止した。
クイラの視線の先に立つ、異様な者。
生白い装甲服をまとい、両手で小銃を持っている。
灰色の顔面は、人のものではない。人の顔をかたどった、のっぺりとした義顔だ。
毛髪のない、卵のようなその奇怪な頭部は、見る者の目にいかにもおぞましく映る。
だからクイラの次の行動は、恐怖からくる本能だった。
敵か味方か、そんなことを思う余裕はなかった。
クイラは一瞬でその奇怪な者の背後にまわりこみ、後頭部に自分の持つアサルト・ライフルの銃口を当て、トリガーを引いた。
フルオートでたちまち無数の銃弾が頭部をつらぬく。
銃の仕組みなど知らないクイラは、発射の反動に驚き、弾を打ちつくすまでトリガーから手を離さず、握りしめるしかなかった。
ゴン、と硬い音を立てて、白い者は前に倒れた。それを見て、クイラはハッとした。血、いや、真っ黒い液体が、路上に広がっていく。やっぱり人間じゃない、機械なんだ。
おそるおそる覗きこんでみれば、破壊された頭部も、機械のそれだった。
でも、と、クイラは倒れた身体の、腰の後ろに目をやった。
革のケースに入ったナイフ。いや、ナイフより長い。ほとんど刀剣に近い。ギザギザのすべり止めにおおわれた、黒いグリップがまがまがしい光を放っている。
こんな刃物まで使えるの? そんな器用な機械なんてあるの?
そのとき、クイラの全身に電気が走った。
思わず硬直して棒立ちになりながらも、クイラは辺りに目をやった。
しまった……。
通りの真ん中に立ちつくすクイラを、取り囲む白い者たちがいた。クイラは弾切れのアサルト・ライフルを持つ両手を下げて、また刃物に目を落とした。
砲声が、それほど遠くないところで、ひっきりなしに響いている。
クイラは、ガラッと銃を足元に落とした。
──やるだけやるよ。
クイラは自分にそういいきかせた。
生きるか死ぬか。クイラの心に、再びそんな言葉が浮かんだ。生きるか死ぬか。……わからない。でも、やるだけのことはやる。生きるために。
全身の細胞が、一気に湧き立つような感覚を、クイラは覚えた。




