クイラ・クーチ・4
「始動」ジュードの機械じみた声がする。
飛行船の側面の、開け放たれたハッチの前に立ち、両腕で巨大な重火器をかかえている。
その銃口は、眼下のリターグ市街にまっすぐ向けられている。
黒いフードやチュニックが、猛烈な風ではためく。しかしジュードの身体は揺らぎもしない。その義顔の、灰色の表情も。
「了解」
背後のクードが答え、後部のハッチに向かっていく。左右に整列する、奇怪な一団の間を通りながら。
ズン! と、重い発射音が、船内に響いた。
とたんに地上の爆発音が、上空の突風にもまぎれずに聴こえてくる。
そしてほかの飛行船からも、次々と垂直に砲撃が開始される。
「やったのやったの?」
ナードがジュードに近づき、声を張り上げた。その顔には高揚が浮かんでいる。
「降下」ジュードはナードを無視していった。
「了解」クードが答えた。
後部のハッチが開いていく。
白い装甲服に、同じく白いフードとチュニックをまとったクードは、目にも鮮やかに、真っ先に飛び降りた。
あとにつづいて降下する者たちも、クードと同じような風貌だった。しかし、フードとチュニックはない。全員、白い装甲服の全身と、灰色の義顔を、きつい陽光にさらしていた。
ジュードはなおも側面のハッチに立ち、各船から降下する者たちを見守っていた。
ナードは自分のライフル・ケースのもとに行き、それをつかむと背中にまわし、遠い目で、鬼気迫るような笑みを浮かべた。
「状況は?」
そういったエルフマンの声も顔も冷静だったが、内心は煮えたぎっていた。
デスクのモニターに映るピットは、報告に駆けつける周囲の者たちにせわしなく目をやっている。そのピットのあわてた様子も、エルフマンにはいっそう腹立たしかった。
「状況は?」エルフマンは語気を強めて繰りかえした。
「戦車は、半分以上やられたようです」ピットはまわりの喧騒にのまれながらも、なんとか答えた。
突然あらわれた飛行船からの直上攻撃を受けて、まもなくのことだった。
その強烈な砲撃は、リターグ市街の進撃路を突き進んでいた戦車群を、正確にとらえていた。
第十六師団の保有する戦車は300輌。そのうち、リターグの制圧に当てたのは150輌だった。
つまり敵の一斉射で、その150輌の半分を一気に失ってしまったのだ。
随行している歩兵部隊も、大損害をこうむったのは明らかだ。
エルフマン隊旗艦「オステア」の戦闘指揮所も、ピットたちがいる陸の前線司令部も、この降ってわいた一大事で、大混乱にみまわれていた。
「敵飛行船からの降下兵、およそ二百!」
指揮所の通信士が声を張り上げる。
いまや百人ほどの通信士は、全員食い入るようにそれぞれのデスクのモニターに目をやり、大声で状況を報告していた。それを、参謀長や各参謀が聞き取り、こちらも状況の把握と対応にやっきになっていた。
「敵飛行船、全船、知事局上空で停止!」
その報告を耳にしたエルフマンは、ピクッとまぶたをけいれんさせた。
「撃ちますか?」参謀長がたずねる。
「撃てるわけないでしょう!」エルフマンはいらいらと答えた。「船が知事局に落ちたら、どうするつもり!」
「わたしと、残りの部隊も、突入してよろしいですか?」
モニター越しのピットが、厳しい顔でいった。
現在、市街で被害をまぬがれた70輌ほどの戦車は、突撃を停止し、降下兵の迎撃にあたっている。これに対して、リターグ側の戦車は、およそ50輌。楽観できる戦力差ではない。
残存の150輌と自分が打って出て、この不測の事態を力ずくで打開したい。これがピットの考えだった。今回の作戦の立案から実行まで、強引におしすすめてきたピットとしては、文字どおり決死の覚悟だった。
ふう、と、エルフマンはピットの言葉を聞いて、思わず鼻でため息をついた。
──バカね、ピット。本当にバカ。……わたしを残して、ひとりで死ぬつもり?
エルフマンは苦笑いをして、首を横に振った。そして、スッと立ちあがると、長い髪をうしろに振り払った。
「わたくしが出ます」
だれにともなくそういって、エルフマンは豪気な笑みを見せた。
指揮所内は一瞬、静まりかえった。
モニターのピットは、おどろいて目を見開き、口を半分開けたまま固まった。
「空は、あなたにまかせます」
エルフマンは、こちらもあっけにとられている参謀長に流し目を送った。
「敵の船を牽制してちょうだい。知事局に落としてはだめよ」
「しかし……」参謀長は言葉をつまらせた。
「隊長がお出になるまでもありません」あわててモニターのピットがいった。「わたしが出れば済むことです」
「あら、もちろん、あなたにも出てもらうわよ、ピット?」いたずらっぽくエルフマンは答えた。「降下艇で拾いますから、その前に部隊の指揮権を移しなさいな」
「ですが、隊長の相手になる『知事』がいるわけでもありません……」
ピットは苦しげに反論したが、ほとんど説得はあきらめていた。隊長のあとに引かない性格は、よくわかっている。それに……
「相手はいますよ、ピット」
エルフマンは、壁の巨大なモニターの分割画面に映されている、奇妙な光景に目をやった。
「敵の降下兵、ただの兵士ではないでしょう? とても興味深いと、思わないこと?」
やはり、とピットは思った。ピットもまた、テント内のモニターで、その姿をとらえていたのだった。おそらくエントールの援軍だろうが、それにしても、あれはいったいなんだ? やつらの降下は、ほとんど落下といってもいい速度だった。しかも、地上での動きのすばやさも、まるで人間とは思えない。
ピットが、自分も突入しようと判断した理由の一つがこれだった。
あの降下兵部隊は、規模は小さいが、見すごせない。力が未知数だからこそ、隊長には出てほしくなかったのだが……
「エルフマン隊、中枢卿は総員、わたくしの指揮下で突入します」
煩悶するピットをよそに、エルフマンが号令した。
「ひさしぶりね、ピット。あなたと一緒に戦うのは」
エルフマンはそういい残すと、湧きあがる高揚をそのままに、白いマントをひるがえし、出口に歩いていった。指揮所内の全員の目が、そのエルフマンの姿に向けられていた。そしてエルフマンが出ていくと、所内はせきを切ったように、ふたたび喧騒につつまれた。
エルフマンが切り忘れたモニターに映るピットは、苦い顔のまま、しばらくその場から動くことができなかった。




