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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
64/142

クイラ・クーチ・3

「爆撃隊、任務完了。帰還します」

 通信士の冷静なアナウンスが、広い戦闘指揮所に響いた。

 壁一面の巨大なモニターには、ホログラムの点や線で埋めつくされた作戦図が映し出されている。

 高所の司令席に、脚を組んで座っているケイ・エルフマンは、涼しい顔で自分のデスクのモニターのほうに目をやっていた。

 ──リターグの飛行艦隊も、案外もろかったわね。

 リターグ市街に爆撃機が入ったということは、制空権争いで、リターグの艦隊が敗れたことを意味する。

 エルフマン飛行艦隊が、敵艦隊と交戦を開始したのは、午前十時ごろのことだった。

 リターグは、飛行艦隊の総力を結集していた。中には、命からがらリディアをエントールに送った、軽巡空艦マスチスもいた。

 先のハイドスメイでの防衛戦に加われなかった分、マスチスの意気は盛んだった。

 しかし、いざ交戦してみれば、物量の差は、気合でどうにかなるものではなかった。

 リターグ飛行艦隊は、緒戦の戦闘機群の空中戦で大敗を喫し、早々に後退することになった。

 しかも、敵にまわりこまれて退路を遮断され、リターグから大きく横に離れて避退するしかなかった。

 つまりリターグ艦隊は、完全な戦線離脱を余儀なくされたのだった。

 交戦は、一時間にも満たなかった。

 そしてアイザレン軍は、十分に補給と整備をして、正午過ぎ、クイラが見上げた、リターグ市街への空爆を開始した。これは、地上部隊の進撃路を開くためのものだった。


「突入でよろしいですね?」

 と、モニター越しのピットがいった。

「もちろん、よくてよ」エルフマンは答えた。「でも、なるべく町は壊さないでちょうだい。派手にやると、後々面倒ですから」

「了解です」ピットはいった。

「あと、知事局は、絶対に無傷で残すこと」エルフマンは言葉に力をこめた。

 エルフマンの頭の中は、もうこの攻防戦を終えたところにあった。

 ──『知事』。

 本当に、妙な連中だ。どんな理念があって、どんな生活をしているのか、まったくわからない。あのリディアという小娘にまとわりつく理由も、逆にそのリディアを捕まえようとしている、アイザレン上層部の不可解な思惑についても、知事局の中でなら、なにかつかめるかもしれない。

「いいわね、知事局を傷つけたら、怒りますからね」

「わかりました」ピットはまた短く答えた。「それで、『知事』が出てきたら、どうされます?」

「あなたにまかせます」エルフマンはいった。「どうしても、という場合は、わたしが出ますけど」

 エルフマンは口もとに淡い笑みを浮かべた。エアハルトがまだ起き上がることもできないという情報は、届いている。そしてコーデリア・ベリもいない。ならば、自分が出る幕など、あるわけがない。

 そのときだった。

「船籍不明の大型飛船、五。右前方二〇〇。針路二百三十度でリターグに直進中」

 と、通信士の声が飛んだ。

 エルフマンも、モニターのピットも、眉をしかめた。ようするに、自分たちの反対方向から、近づいてくる飛行船団があるということだ。

「船籍は特定できないか」エルフマンの隣席の参謀長がたずねる。

「船籍照会できません」通信士は答えた。「ただし、民間船のように見えます。リターグ到達推定、一二四五」

「どうされます」参謀長とモニターのピットが、同時にエルフマンに目を向けた。

 正体不明の船団が、すぐにもリターグに入ろうとしている。しかし本当に民間船ならば、攻撃はできない。

 エルフマンは目をそらして思案し、やがて正面を向いて、クッとあごを上げた。

「地上部隊、突入開始。すぐリターグを落としなさい」

 目礼したピットを見届け、エルフマンは通信を切った。

 ──静導士の気配はない。

 エルフマンは、無意識に唇に指を当て、考えにふけった。

 でもなにか、いやな予感がする。五隻の船。それが、たとえエントール軍の偽装船でも、その規模では問題にならないはずだけど……

 エルフマンは眉を寄せて、前方の壁のモニターに目をやった。

 作戦図に新たに加わった光点が五つ。それは確かに、リターグに近づきつつあった。


  *


 土の壁に、クイラは張りついていた。

 もとは家屋があったところだ。いまはあとかたもなく、ただひとつの壁だけが、倒れずに残されている。

 土煙、砂埃、硝煙、叫び声、泣き声。

 あたり一帯は、悲惨だった。

 逃げ遅れた人々の、どこへか駆け去っていく音があちこちで聴こえる。もう荷物を持つ余裕もなく、自分の身一つで、四方八方に走っていく。

 絶望から、地面に両ひざをついて動かない者や、ふらふらとさまよっている者もいる。

 クイラは周辺にすばやく目を配りながら、どうすべきか判断をつけかねていた。

 ──爆撃は止んだ。飛行機は全部引き返していった。でも今度は、戦車の砲撃の音が、もう間近で響いている。

 この場所を離れるなら、いましかない。でも、もし敵が町全体を包囲していたら? むざむざ罠に入りこむようなものだ。

 かといって、じっとしているのも危険だ。敵だけじゃなく、リターグの戦車もこの区画に集まっている。最後の砦ということだろう。つまりここは、すぐに激戦地になる。

 逃げても無防備。逃げなくても、戦車戦に巻きこまれる。

 クイラは、両手で持つアサルト・ライフルを地面に投げつけたい衝動にかられた。

 こんな銃ひとつで、どうしろってのよ!

 それは、死んだリターグの兵士のものだった。

 爆撃をなんとか逃れたクイラは、路上で何人もの民間人や兵士の死体をまのあたりにした。誰も彼も、血と砂にまみれ、手足を吹き飛ばされたものや、もっと凄惨な死体もあった。クイラは、胸から喉にせり上がるなにかを、必死にこらえた。身体の震えが止まらなかった。

 あたしがいままでやってきた喧嘩とは、わけが違うんだ。こんなに簡単に、あけっぴろげに、人は人を殺すんだ、人は死ぬんだ。せめて、夜ならよかった。でもこの焼けつくような真昼に、あたしはもう見てしまった。殺された死体の、むき出されたむごさを。そして、むごいなんて言葉を跳ねつけるような、死の〝軽さ〟を。

 兵士の死体のそばにあったアサルト・ライフルを拾ったのは、まったくの無意識だった。生の本能がそうさせたといってもいい。クイラは銃の扱いかたなどまったく知らなかった。それでも、その硬い質感はクイラの気を落ち着かせた。

 生きるか死ぬか。

 そんな言葉が、はっきりとクイラの頭に浮かんだ。

 生きるか死ぬかだ。あたしは、生きる。絶対に生きる。


 しかしそんな強い信念も、いまは揺らいでいた。

 アイザレンの大軍になんか、かないっこないんだ。こんな壁に隠れてるのがバカみたい。

 クイラは、目の前の知事局の巨大な建物を見あげた。

 あんたたち、なにやってんのよ。『知事』とかいって、さんざんいばっているくせに、いざというときに、なんの役にも立たないじゃない。

 突然、強烈な爆音がクイラの耳をつんざいた。

 砂煙がゴウッと、そう遠くないところに巻き起こっている。

 反対方向のリターグの戦車が、次々と砲撃を開始した。とうとう、戦車戦が開始されたのだった。

 クイラは、もう逃げることはあきらめていた。とてつもない爆音と爆風の中で、クイラの気力はしぼんだ。

 だめかな……。

 土壁に背中をもたれ、両手にしたアサルト・ライフルを所在なげにぶら下げながら、クイラはうつむいた。

 そのとき、クイラの耳に、かすかに異音が聴こえた。

 クイラは思わず音のする空を見あげた。

 目をこらすまでもなく、それは視認できた。高い上空に、五隻の飛行船。

 ……なに?

 クイラはいぶかしげに、顔をしかめた。


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