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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
62/142

クイラ・クーチ・1

 ──なんとしても、今日中に落とす。

 砂漠の熱気が立ちこめるテントの中で、ケイ・エルフマン隊副長ピットは、そう決意を新たにしていた。

 ここはリターグ聖自治領に近い、山脈沿いの、中枢卿団の前線司令部だ。

 正午に近い時刻で、テントの外では、百五十台もの、フロート・タンクと呼ばれる反重力戦車がエンジン音を響かせている。

 エルフマン隊が接収した、軍の精鋭「第十六師団」は、いま、リターグへの突入を目前にしていた。

 ──落ち度はない。

 ピットは、自分にいい聞かせるように、再度作戦の中身を検討した。

 深夜にエルフマン隊長と合流を果たし、リターグに向けて進撃を開始したのが明け方。百キロの道のりを、一個師団で行軍して数時間でたどりついた。順調だ。

 対して、北からの味方軍は、こちらの五倍の距離を南下してくる。まちがいなく、リターグまで二日はかかる。

 北の部隊との合同作戦は、まずこちらだけでリターグを包囲して、南北で合流したら一気に占領するという、物量にまかせた力押しだ。

 だが、そんな作戦はどうでもいい。おれは、おれのプランを推し進めるまでだ。

 われら南の部隊だけでも、すでにリターグの数倍の戦力を擁している。しかも、第十六師団は電撃戦専門の、最精鋭の機甲部隊だ。その実力は、ハイドスメイで十分に見せてもらった。

 われわれが単独でリターグを落とし、その戦功を盾に、ひとまず軍部をおさえこむ。攻略に成功さえすれば、独断専行のいいわけなど、いくらでも立つ。

 聖地リターグの攻略は、小さくない戦功だ。これで、失態つづきだったわがエルフマン隊も、ひいては、軍部と関係の悪い卿団も、大手を振れる。

 むしろ、リターグ攻略よりも、北の軍部隊と合流することのほうがやっかいだ。それをきっかけに、軍の虎の子だった第十六師団が、卿団に反抗する危険だってある。

「本隊より入電。一二一五に空爆開始の予定です」

 ──空も順調。なにも問題はない。

 部下の報告を聞いて、ピットは胸の内でほくそえんだ。


  *


 何台ものフロート・タンクの排気音が聴こえる。

 道を行きかう人々のせわしない足音や怒号とともに、排気音は、まるで砂塵のように切れ目なくあたりに響きわたっている。

 実際、タンクも人々も、地面に砂塵を巻き上げている。立ちのぼる砂煙で、遠くを見通すことができないくらいだ。

 無機質で一定した排気音は、どこか警報に似たものを感じさせた。

 クイラ・クーチは、ベージュの石づくりの人家に挟まれた、狭い路地の入口に立ち、大通りを逃げまどう人々に、冷やかな目を向けていた。

 歳は十代半ば。ばっさりとした短髪で、ひざ下まである、ダボダボの薄汚れた衣服に、ぼろぼろの革靴という格好だ。

 痩身で、一見して発育不全という印象だが、顔つきは鋭く、力強い。

 ここはリターグ聖自治領の一画。知事局のそびえる、最重要区画だ。

 時は正午過ぎ。

 遠くで砲声がしているが、それはまだ、目の前の騒音にかき消されるくらいの距離がある。だがその砲は、すぐにこの区画を揺るがすだろう。そう確信するからこそ、人々はこうして必死に避難し、タンクは迎撃の態勢をとっているのだ。


 リターグは今日にでも落ちる、という思いは、ピットだけではなく、リターグの住民にも一致するところだった。

 聖地、秘所としてレガン大陸に知られるリターグも、ふたを開ければ人口五万人の小国にすぎない。アイザレンの圧倒的な軍勢の前では、物の数ではないのだ。

 リターグの首脳部は、数日前から情報管制を敷いたが、住民の間には、大軍が迫ってくるという話はくまなく広まっていた。

 今朝、南の敵の動きを察知したリターグの軍部は、知事局のある区画を主防衛線にして、さらに十キロ前方に飛行艦隊の防衛線を引き、なんとか迎え撃つ態勢を整えた。

 軍部だけではなく、知事局も、この危機にあって当然漫然と構えるつもりはなかったが、もはや打つ手がなかった。

 本来なら、いま迫っている敵は、昨夜のうちにコーデリアたちが壊滅しているはずだったのだ。それによって時間をかせぎ、エントールの援軍を待ち望む以外、生き残る道はなかった。

 だからこそ局長は、レンの奇襲に総力をあげたのだが、その結果は、だれも予想していないものだった。

 コーデリアらエース級が全員行方不明になった、という事実は、局内では隠そうとしても隠しようのないことだった。

 残った『知事』の中で、リーダーシップを取れる者は、ロー・エアハルトしかいない。だがハイドスメイでエルフマンから受けた傷が深く、まだ昏睡中で、さらにその戦闘で薬物を使ったことが知れて、求心力は地に落ちている。

 常人とはかけはなれた力を持つ『知事』たちの間にも、動揺は波紋のように広がり、おさまることはなかった。

 逃亡する者も、一人や二人ではなかった。

 局長は今朝、総員で防衛に当たる旨を告示したが、かれらの士気の絶望的な低さは、そのまま、このリターグの展望を象徴しているかのようだった。


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