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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
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二つの戦線・4

 同刻。

 ラメクを治めるコーエン公の居城の一間に設置された、エントール軍の司令部の中は、重苦しい沈黙が立ちこめていた。

 サロン風の豪華な部屋に、ロング・テーブルが無骨に置かれ、二十人ほどの者たちがそれを囲んで、口を結んでいた。

 そのほとんどが、エントール皇軍の威圧的な将官服をまとった老人たちだ。

 だからよけいに、壮麗な貴族風の服装のキュベルカと、薄手の黒いローブ姿のコーラは目についた。

 まさに質実剛健な要塞といった風情の城の、ぶ厚い壁越しにも、戦闘機の爆音が耳に届く。


「いま申し上げたことは、わたしの感ずるところに過ぎぬ」

 沈黙を破って、キュベルカが口を開いた。

「だが実際、こうして指揮系統の多岐に渡るをもって、陸・空の連携よく果たせず、混乱を見たのは、まぎれもない事実である。将軍ご一同におかれては、このキュベルカの具申の考慮を、切に願いたい。申すまでもないことだが、皇国興廃にかかわる案件であれば、さらにお願いしたい」

「しかしですな」と、恰幅のいい将軍の一人がいった。グレーの頭髪にグレーの口髭、きつい眼光。

 ラメク戦線の総参謀長と、飛行艦隊の司令長官を兼任するメキリ元帥は、自分が矢面に立たされていることに、いかにも不服そうだった。

「わたしが艦隊を離れて、地上に降りるというのは、なんとも」

「統制の乱れに関しては、たしかにキュベルカ卿のいわれるとおりではありますが……」

 と、軍装ではない男が、にえきらない調子で口をはさんだ。

 壮年で、黒く細い口髭が印象的な男だ。

 コーエン公ドゥノ。

 エントール東部の大公で、現在は公領周辺の諸侯連合軍の司令をつとめている。

 諸侯の領地の集まりでできているエントール皇国は、各領主が独立した軍隊を持っている。皇都ラザレクの干渉は受けないが、そのかわり、本格的な飛行艦隊を持つことは禁じられていた。

 一同は、コーエン公の言葉の後で、しばらく沈黙した。だれもが、思慮にふける顔つきをしている。キュベルカとコーラだけが、涼しげな表情をしていた。

 ──どうあっても、わたしのいうとおりにしてもらうぞ。

 キュベルカは、内心で強く念じていた。

 ──実際、今日の不手際を見れば、そうせざるを得ないのだ。

 キュベルカの頭に、この半日の交戦の模様がよみがえる。

 戦況は一進一退。しかし、われらエントール側に浮かび上がった問題は、重大だ。

 空と陸、同時に戦闘が開始されたのは、今日の午前。

 われらの地上戦力は、ラザレクから急派された皇軍二個軍と、一個軍規模の諸侯連合軍。

 敵は、ハイドスメイを落として、怒涛の勢いで山脈を越えてきた三個軍。

 陸戦兵力としては、ほぼ互角といったところだった。

 だが、指揮系統は大きく異なった。

 アイザレン軍は総司令と総参謀長をしっかりと陸に置いているのに、こちらは陸に総司令、空に総参謀長。

 しかもコーエン公率いる諸侯連合軍は、皇軍の指揮下ではないから、別に司令部がある。

 これでは、だれがどこに連絡を取ればいいのか、わからなくなって当然だ。

 中でも一番やっかいなのは、メキリだ。

 飛行艦隊の司令長官として、空の統率に追われながら、戦線の総参謀長として、陸の作戦指揮も執るなど、不可能に近い。

 陸の司令部と空のメキリ、指示をあおぐべきはどちらなのか、とだれもが迷い、逆に、メキリと司令部と、さらにコーエン公陣営で、バラバラの指示を送るなどということも起こっていた。

 もし、わがキュベルカ艦隊の旗艦「イサリオス」の、強力な主砲の抑止力がなければ、いまごろ、このラメクはどうなっていたことか。


「やむをえん」と、声がした。

 深みのある、老人の声だ。

 いま、この司令部の沈黙は、この男の声を待っていたからといってもよかった。

 ラメク戦線総司令、スーラ元帥。

 短く刈りこんだ白髪、鋭いしわの刻まれた精悍な顔、切れるような眼光。

 「白虎」と異名を取る、皇軍の名将で、ラザレクでは聖将とまで謳われ、あがめられていた。

 この軍議の間、スーラはまわりのやりとりを聞きながら、ロング・テーブルに広げられた地図を、見るともなく眺め、最後までひとり沈黙していたのだった。

「陸に降りてはどうか、メキリ将軍」

「しかし、空はどうするのだ!」

 メキリがいら立ちをこめた声でいった。

 階級も年齢も同じメキリ以外、スーラに堂々と意見できる将校は、ここにはいない。

 ただし、軍人ではないキュベルカとコーエン公は別だ。

 キュベルカは静導士団の、団長、副団長に次ぐ首席隊長にして、廃絶されるまではエントール一の名家として知られた、最後のアイゼン公。

 一方コーエン公ドゥノは、隣国のエイゼンとユーゼンが長い二公戦争で疲弊し、勢力がおとろえて以降、エントール東部を代表する大公として、その名をとどろかせている正真正銘の貴族だ。

 いかにスーラやメキリといっても、この二人の貴人の意見はないがしろにできない。

 四人の同格者。

 のっぴきならない戦線にあって、この陣容は不都合以外のなにものでもなかった。


「空は、貴官の副官にでも、一時指揮をあずけることはできないか」

 スーラはメキリの問いに応じた。「もしくは、総参謀を別に置くか」

 ううん、とメキリは喉でうなった。

 キュベルカは表情を変えずに、内心で冷やかにメキリを笑った。

 ──俗物が。

 権力欲と自己顕示欲に凝り固まった豚め。わたしやコーラを見るきさまの、下卑た視線、それだけでも死に値する。まちがいなく、死に、値する。

 わたしの目できさまの苦悶の顔を見たいところだが、それは叶わぬ。しかしきさまの死に顔は、すでにこの目の奥に、はっきりと映っているぞ。

「わかった」メキリが吐き捨てるようにいった。「おれは陸に降りる。だが艦隊の総指揮もつづける」

「それでは、結局変わらないのではないか?」

 とコーエン公がいった。

「陸で、空の艦隊の指揮がとれるのか? もし明日、中枢卿の艦隊まで出てきたらどうする」

「空はおれが引き受ける!」ほとんど噛みつく勢いで、メキリはいった。「貴公に、空をうんぬんいわれる筋合いはない!」

 コーエン公の目が、ふとけわしくなった。

 飛行艦隊を持つことを禁じられている諸侯の中には、これをラザレクの中央政府の横暴として、不満をつのらせる者も少なくなかった。

 国境に近いコーエン公のような領主はなおさらで、さらに今日は飛行艦隊の劣勢によって、地上軍は満足に支援を受けられなかったということもあり、メキリとコーエン公はたびたび口論をしていた。

 コーエン公としては、メキリはできるだけ遠ざけておきたい邪魔者で、しかもそのメキリが空の支配者気取りとなれば、反感は、貴族と平民という身分差ともあいまって最高潮だった。

 コーエン公ドゥノは、二公戦争にさらされた先代から厳しい剣技の教練を受け、いまでは、「北のトルゼン、東のコーエン」といわれるほど、名の知られる剣士だった。腰に差さる、文字どおりの伝家の宝刀は、緊迫したこの瞬間、だれの目にもいっそう鮮烈に浮かび上がった。

「……明日は、おそらく決戦となろう」

 と、スーラの声がした。

 おだやかだが聴く者の耳を刺す、独特の声音に、にらみあうメキリとコーエン公も、思わずスーラに顔を向けた。

「敵方の補給路は細い」

 スーラは、テーブルの地図に目をやったままつづけた。

「このラメクを明日にも攻め落とし、補給拠点にしたいという算段はあきらかだ。われらとしては、あと数日守りとおせば、かならず反攻できる。ご一同には、いまが一丸のときであると、決意をあらたにされたい」

「空は、メキリ将軍と、このキュベルカにおまかせいただきたい」

 すかさずキュベルカがいった。

「卿団の艦隊が出るならば、それに対するは士団の義務。わたしの艦隊も、明日は前に出る」

 スーラとキュベルカの言葉で、司令部の中は一段落の空気が降りた。メキリもコーエン公も、あえて口をはさまなかった。

「コーエン公におかれても、」と、最後にキュベルカはいった。「皇軍の司令部と離れていては、なにかと不都合と思う。合同で司令部を設けてはどうか」

「……そうだな、検討しよう」

 コーエン公はため息まじりにそう答えた。


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