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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
54/142

二つの戦線・3

 なんとも奇妙な取り合わせに、出迎えた中枢卿団の団員たちは、とまどいを隠せない様子だった。

 ──まあ、そうだろうな。

 マッキーバは胸の内で苦笑いした。

 かたや長髪の中年で、平服にくたびれたマントをはおった男。

 その横で、まるで目に映るすべてのものを自分の身体に取りこもうとするかのように、しきりに周囲に顔を向けている、小さな女の子。

 まさか隊長の子か? という団員たちの心の声が聴こえてくるようだ。

 だが、そんなことはどうでもいい、とマッキーバは気持ちを入れ替えた。

「それで、ケンサブルはどのあたりにいる」

 前に立つケンサブル隊の幹部に、マッキーバは挨拶もそこそこに、厳しい口調でいった。

 ここは、アトリ海に浮かぶ海上要塞ベアトリスの、飛行艦用のポートだ。

 たったいま降り立った艦の熱気や匂いを抜けて、潮の香りが鼻をかすめる。

 メイナードとアーシュラが、公爵邸で会話を交わしているころのことだ。

 灯火管制でうす暗いテッサとは逆に、人工島のこの要塞は全体が明かりに照らされ、ものものしい気配が、はずれにあるこのポートにも伝わってくる。

「もう、本土に近いかと」

 隊長の消息を問われた幹部は、苦しげに答えた。

 マッキーバは鼻からため息を吐き、ぶ然とした顔で歩き出した。背後には、マッキーバ隊の卿団員が数十人付き従っている。かれらと同じ格好のケンサブル隊の団員たちは、左右に長く整列し、マッキーバたちの通路を作っている。

「エンディ、行くぞ」

 マッキーバがふと足を止めて、後ろを振り向いていった。

 長い黒髪、黒いフリル・ドレス、エナメルの靴という格好の、幼い少女が立ち止まり、直立するケンサブル隊の団員に、まじまじと見入っていた。

 その少女、エンディウッケは、大きな瞳をマッキーバに移した。そしてパッと表情をほころばせて駆け寄り、すぐ横に来ると、さらに笑顔でマッキーバを見あげた。

 見かえすマッキーバはほんの少しほほ笑みかけ、また前を向いて歩きはじめた。

 反対側の横にいるケンサブル隊の幹部は、顔には出さなかったが、ほとんどあきれ果てる心境だった。

 ──戦場にこんな小さな子を連れてくるとは、正気の沙汰とは思えない。

 だが、いまはそんなことはいっていられない。ただでさえ、自分たちはてんやわんやなのだ。

 幹部の頭に、今日という一日のさんざんな出来事が、にがにがしく思いかえされる。

 たしかに、ルキフォンス艦隊の撤退は予想外だった。それでも、敵の二次防衛線など、このベアトリスを落とした昨日の勢いそのままに、簡単に突破できると思っていたのに。

 それが今日になって、その防衛線で、われわれは敵の底力をまざまざと見せつけられた。

 結果は、惨敗だ。

 エントールは空も海も、皇軍の精鋭の大部隊をそろえてきた。それは当然だ。本土侵攻が目の前なのだから、敵も必死に決まっている。ある程度の兵力差は覚悟していた。

 しかし、この防衛線が、二日前から用意万端整っていたという、その事実をわれわれは甘く見ていた。こちらの軍部は連戦続きで、補給も満足に受けていなかった。

 昨日からの気勢をかってというよりは、ほとんど慢心に近かった。

 味方軍は海上艦隊も飛行艦隊も、半日の交戦で大損害を喫し、ベアトリスに逃げかえるのがやっとだった。この夜中に要塞内が大騒ぎをしているのは、エントールの反抗に危機感を抱きながら、軍の連中が整備や再編成にやっきになっているからだ。

 歩きながら、ケンサブル隊の幹部は、深いため息をつきかけて、それをなんとかこらえた。

 ──しょせん軍部はその程度、などと、ひとごとのようにはいっていられない。

 卿団も深刻だ。

 ルキフォンス隊は大事な局面を前にして撤退し、軍部の不満はつのるばかり。

 わがケンサブル隊も、隊長がメイナード・ファーとの戦いで負傷したことを理由に、今日の戦闘に加わらず、軍の士官から苦情がひっきりなしに寄せられるしまつだ。

 そしてその苦情に、のらりくらりと対応していたわが隊長は、いまどこにいるか。

 あろうことか、行方不明だ。

 卿団の第四隊長が失踪。それだけでも大事件だというのに、さらに大事な戦闘機「ロヴァ」まで消えている。

 光学透過戦闘機『EP‐47』、通称「ロヴァ」。

 メタ・マテリアルの機体が光を透過させ、ほとんど透明の状態で飛行できる。その他のステルス性能も非常に高く、視認もレーダー探知もできないという決戦兵器だ。

 実戦投入されているのは、わずか五機。そのうちの貴重な一機と、ケンサブル隊長がともに消えた。

 そのことに気づいたのは、いまから数時間前。そして「ロヴァ」の追跡信号を追った結果、考えられることはただひとつ。

 隊長は「ロヴァ」に乗って、エントールに行った。でも、どこへ? なぜ?


 マッキーバはこの、ケンサブルと「ロヴァ」の一件を、ベアトリスへ向かう飛行艦内で知らされた。

 ──一足遅かったか。

 報告を聞いたマッキーバは歯噛みした。

 これでも最大限急いだつもりだった。

 深手を負ったルキフォンスに替わり、西部戦線に向かうよう隊長に命じられたのが、昨日の夜。もちろん、ひとりでいくわけじゃない。単独行動のほうが性に合っているが、大規模な戦闘に参加するからには、飛行艦隊をともなうことになる。

 それに、エンディウッケも。

 隊の編成その他を夜通しおこない、首都ケーメイから進発したのは今日の早朝。そうして四千キロを越える遠路を、半日ほどで渡ってきたのだ。

 いったい、この苦労はなんだったのか、とマッキーバは怒りを越えて、がっくりと脱力するしかなかった。


「おまえたちは、軍との合同作戦に集中しろ」

 ずらりと整列する団員たちの間を通りながら、マッキーバはケンサブル隊の幹部にいった。「状況によっては、おれの指揮下に入ってもらう」

「ケンサブル隊長については、いかがされます?」となりを歩く幹部がたずねた。

「どうしようもない」マッキーバは答えた。「ケンサブルは携帯通信機も持っていない。だから連絡の取りようがない。帰ってくるのを待つ」

「しかし、なぜ隊長はこんなことを……」

 幹部はあらためて途方に暮れたようにいった。

 マッキーバはチラッとそちらに目をやったが、言葉は返さずに歩きつづけた。

 ──ルキフォンスのあだ討ちと察する者は、ここにはだれもいないか。

 まあそうだろう。あのふたりの不思議な通じ合いは、隊長級以上の者しか知らないことだ。ケンサブルはメイナードを討つためにエントールに行ったのだ、などといったら、この場の団員全員がひっくり返りそうだ。

「ねえねえ、マッキーバ」

 と、明るい声が響いた。見るとエンディウッケがマッキーバを見あげて、興味津々で顔を輝かせている。

「ケンサブルって、だれ?」

「おれと同じ、隊長の一人だ」マッキーバは答えた。

「強いの? マッキーバみたいに?」

「そうだな、」とマッキーバは苦笑いしながらいった。「剣技なら、ケンサブルのほうが上かな」

 ふうん、と相づちをうって、ちょこちょこと後をついてくるエンディウッケを、マッキーバは複雑な表情で見やった。

 きれいになった一張羅のドレス。エナメルの靴も磨かれている。そしていびつだった前髪も、ていねいに切りそろえられている。彼女の旅支度からなにから全部、部下の女性団員がしてくれたことだ。

 ……それにしても、そろそろエンディウッケの尋問を、はじめなければならないのだ。彼女はここまでの道中ほとんど眠っていて、まともに会話もできなかった。卿団員暗殺の件を、いいかげん聴取しなければいけない。

 突然、そのエンディウッケが駆け出し、マッキーバとケンサブル隊の幹部の前に、正面を向いて立ち止まった。

 驚いて歩みを止めたマッキーバの脳裏に、ふと深夜のカイトレイナでの、エンディウッケとの対峙が思い起こされた。

 エンディウッケは、上目づかいでジィッと幹部を見つめ、整列する団員たちにもすばやく視線を送った。

「おじさんたちは、あんまり強くないね」

 エンディウッケは、幹部の男にむかって、邪気のない顔で、あっけらかんといった。

「あたし、おじさんたちなら、みーんな倒せるよ!」

 ハハハハ、とマッキーバは高笑いすると、あっけにとられている幹部の男に、真顔でいった。

「精進しろ」

 ──やれやれ。

 マッキーバはまた歩き出しながら、心の中でつぶやいた。

 問題が多すぎる。

 軍部との関係、ケンサブルの処置、エンディウッケの聴取。

 だがなによりもいまは、目下の戦争が最優先だ。

 ラメク方面の戦線も、こう着しているらしい。ルケと連絡が取れないところまで、ここと同じような状況だ。

 そしてラメクには、『士団の秤』キュベルカがいる。……面倒な相手だ。あるいは、メイナード・ファー以上に。

 むっつりと黙りこんで歩くマッキーバと、エンディウッケの言葉で不愉快な面持ちになったケンサブル隊の幹部、さらに黙々と後をついてくるマッキーバ隊の団員たちという、重苦しい一団の中で、エンディウッケだけは、機嫌よく軽快な歩調で、一団を率いるように前を歩いていた。


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