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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
52/142

二つの戦線・1

 青空のはるか上に、白い物体が浮かんでいる。

 遠目には、まるでとてつもなく大きい、一門の巨砲だ。

 しかしまわりを囲む飛行艦を見れば、その白い物体もまた飛行艦なのだと判断できる。

 さらに詳しい者の目には、見まちがいようもない。そしてその者は驚くとともに、納得もするだろう。

 ここは、エントール皇国の東端に近い場所だ。

 ヴァキ砂漠から侵攻してきたアイザレン軍が占領した町と、エントール軍の防衛拠点、コーエン公領の首都ラメクとの、中間地点にあたる。つまり戦場だ。エントールの近衛静導士団の飛行戦艦が空にあっても、不思議ではない。たとえその白い飛行艦が、一般市民の目にはほとんど触れる機会がないものだとしても。

 静導士団・首席隊長リミヤン・キュベルカの、飛行艦隊旗艦「イサリオス」。

 独特の豪気な輪郭に、目も冴える白色。その勇姿は、中枢卿エルフマン艦隊の旗艦「オステア」や、大陸最強といわれるルキフォンス艦隊の、旗艦「メサイア」にもひけをとらない。

 いま、空はイサリオスを囲む輪形陣と、隊の飛行空母を囲む輪形陣、二つの輪が距離を取ってならんでいた。

 ケイ・エルフマンがレンに到着してから、およそ九時間後の真昼のことだ。

 イサリオスの広い戦闘指揮所では、ヘッドセットを着けた何十人もの通信士の冷静な声が飛びかっていた。

「第二艦隊、飛空母、大破」

 と、そのうちの一人が声をあげた。「艦隊は戦線離脱とのことです」

「さきほどの直撃弾で、旗艦もやられましたからな」

 と、壁際の高所の参謀長席に座る男がいった。「これで、左が空いてしまいますな」

「離脱するならするで、時間をかせげばよい」

 参謀長席の右の、司令席に座るキュベルカが、不機嫌そうにいった。

 若い容姿からも、声からも、男か女かわからない。カールのかかった、肩まである豊かな黒髪、襟の開いた上着に、フリルの付いた白いシャツ、ズボンをしまいこんだ黒いブーツという格好だ。

 立ち居振る舞いからからなにから、貴族然とした威風がただよっている。しかし皇国守護の静導士団にあって、さらに首席隊長をつとめる証は、両手で杖のように前に立てている、赤鞘の太刀のただならない存在感が十分に示している。

「敵が第二艦隊を追撃するなら、その横をついて砲撃する」キュベルカはさらに続けた。「まちがっても、こちらにまっすぐ戻らぬよう、くぎを刺しておけ」

 おもむろに、参謀長が自分のデスクの通信機に手をかけた。

「右六十度に敵機!」通信士の鋭い声が響く。

「対空戦闘!」キュベルカが凛とした声で号令した。

 ほどなく、指揮所内に高角砲や機銃を撃つ振動がかすかに伝わり、それは敵機を撃墜するまで続いた。

「艦隊を下げますか?」

 司令席の右の副長席に座る、キュベルカ隊副長コーラ・アナイスが口を開いた。浅黒く美しい顔立ちの若い女で、短髪に、憂えたような瞳が特徴的だ。

「ここでよい」

 キュベルカは突き放すように答えた。

「離れれば、正面のメキリの本隊が、左を気にして間延びする。あの本隊には、損害を出したくはない」

 キュベルカ隊の数十キロ前方で、実際にアイザレン軍の飛行艦隊と交戦しているのは、エントール皇軍の艦隊だった。キュベルカ隊は支援隊として後方にひかえ、時折いまのように、網の目をくぐって突撃してくる戦闘機を迎撃しているのだった。

 ──そう、こんなところで、損害を出されては困るのだ。

 戦況を告げる通信士の声々を聴きながら、キュベルカはわずかに眉を寄せた。

 第二艦隊などはどうでもよい。しかし、メキリ元帥直卒の本隊、あれはどうあっても、わたしのものにするのだ。無傷で手に入れなければ意味がない。

 ついに、ここまできた。

 名門アイゼン公キュベルカは、死なないのだ。

 いや、公家を廃絶され、近衛などという地位におとしめられたことが、わが生をいっそう強めているのだ。

 見ているがいい、ラザレクのゴミども。きさまらがよこしたこの赤鞘を、きさまらの血でさらに赤く染めてくれる。

「第二艦隊、一斉回頭。取り舵九十度、避退中」通信士の声が飛んだ。「敵、変針。追撃の模様。本艦正面に、敵先鋒艦左舷。距離三六〇」

「主砲斉射」

 キュベルカが号令し、参謀長とコーラは同時にキュベルカに驚きの目をむけた。いま撃てば、敵の手前で避退中の第二艦隊にも被害が出る恐れがある。下にいる通信士や士官たちも、ハッとした顔で司令席を見あげている。

「主砲斉射」

 キュベルカは鋭い声で繰りかえした。

 参謀長とコーラは、とまどいながらも復唱し、通信士は主砲斉射の衝撃にそなえるよう、艦内アナウンスをはじめた。

 一気にあわただしくなった指揮所内で、しかしキュベルカは一つの疑念にとらわれていた。

 ──ルケ・ルクスはどこにいる。

 本人の気配もなければ、艦隊の姿も見えない。これは誤算だ。ルケ隊が前線にあれば、いまごろわれわれは、兵力差におされ、皇軍ともどもラメクに退却していただろう。

 そして軍議が開かれ、わたしは計略の第一歩を踏みだしているはずだったのだが。

「キュベルカ様」

 コーラが気づかわしげな表情で、キュベルカにいった。「発射準備、できました」

「発射はじめ」

 キュベルカは内心を顔に出さずに、毅然と号令した。


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