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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
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リターグの『知事』・2

 ヴァキ砂漠。

 それはレガン大陸の東に広がる大砂漠だ。

 そして、そのヴァキ砂漠の南東部は、砂の大地というよりは、荒野と呼ぶにふさわしい場所だ。見渡すかぎり黄土色の土と岩ばかりで、一帯には一つをのぞいて街もなければ村落もない。

 ときおりキャラバンが往来する以外、人のすがたを見ることもなく、とぼしい緑や水を求めて歩く野生動物も、まれに目にする程度だった。

 しかしそんなさびしい荒野も、よく晴れた日中は、見る者によっては美しいといえた。陽光は味気ない黄土色の土地を、輝かしい金色の世界に変え、岩山などは、見るからに荘厳に、その肌をまぶしく浮かびあがらせた。

 そんな岩山にぐるりと取り囲まれた、広大な平地のまんなかに、この一帯でただ一つの街、リターグ聖自治領はあった。

 人口五万人ほどの小国で、白や茶色の砂岩でつくられた、高い建物がたちならんでいる様子は、いかにも砂漠の街という感じだったが、同時に、アイザレン帝国やエントール皇国のような大国でしか見られないような、近代的な建物も同居している。

 知事局もそのひとつだった。

 街の中央にある、山のようなかたちの巨大な高層建築で、まるでその建物だけで一つの立体都市のような雰囲気だったし、実際そういうものでもあった。

 内部には、『知事』やその他の局員の居住スペースもふくめて、さまざまな施設がはいっていて、ほとんど建物から出ないで暮らすことができた。

 なんにしても、この異様な知事局の建物は、リターグ聖自治領のシンボルとして、申しぶんのない存在感をたたえていた。


 そんな知事局の最上階の長い廊下を、サヴァンとレダは歩いていた。

 静かだな、とサヴァンはぼんやり考えていた。

 エントールとリターグの軍事同盟が発表されたのは、アイザレンがナザンを占領した翌日のことだった。あわせて、『知事』のトップ・エースの一人だった、ユース・ヴァンゼッティの死も伝えられていた。

 それからさらに二日がたったいまも、それやこれやで知事局の中はてんやわんやだったが、局長のオフィスがあるこの最上階は妙にシンとしていて、自分のブーツの靴音の響きが、サヴァンにはなにやら不吉に聴こえた。

 横を歩くレダは、調子っぱずれの鼻歌をうたいながら、意気揚々と、両側で結んだ髪を大きく揺らして歩いている。とてもいまさっき斬り合いになりかけた当事者とは思えない上機嫌だ。

 もう任務をもらった気でいるな、とサヴァンは思った。

 しかもレダのことだ。激戦地で敵を蹴散らすような派手な任務を夢みて、心おどらせているのだろう。

 でもそんなわけがない。

 日ごろのおれたちのことを考えれば、待っているのは、ありがたいお小言といったところだ。

 それでも、レダがワクワクする気持ちはわかる。なにせこの二年、おれたちはなんの任務にもつかせてもらえず、ひまをもてあましていたのだから。

 でもやっぱり不安だ、と、サヴァンは局長のオフィスのドアの前で立ちどまり、深呼吸をした。なにをぐずぐずしてるんだ、というレダの視線を感じる。

 おまえは気楽でいいよ、レダ。サヴァンは心の中でつぶやいた。最悪、免職なんかをいいわたされて、おまえが局長にくってかかっても、おれはもうフォローしないからな、絶対に。

 サヴァンがドアをノックすると、どうぞ、と男のしゃがれた声がかえってきた。

 サヴァンは腹を決めて、オフィスに入った。

 中はひろびろとしていて、正面の奥にあるデスクに、男がいる。そのうしろの大きな窓からは、朝の陽光がまぶしくふりそそいでいる。

 当然あれが局長だよな、とサヴァンは思った。じゃあ、部屋のまんなかの応接ソファーに座って、こっちを見ている女の人はだれだ? 秘書だろうか。

 かすかないぶかしさを感じながら、サヴァンはまっすぐ男のほうに歩いていった。レダもあちこちに遠慮のない目をむけながら、あとに続いた。

「レイ=ロード・サヴァン、レダ・リュッケ、両名出頭いたしました」

 サヴァンはデスクの前で立ちどまり、腰のうしろに手をまわして、緊張した声でいった。

「ああ、ごくろうさん」

 と、局長ジオ・レドムが応じた。

 五十前後の男だ。仕立てのいい黒のローブを着ていて、襟とそのまわりの金の刺繍が、いかにも高官らしい。ぼっさりとした黒髪、しわの寄った、狼のような顔。ギョロッとした目は、吸いこまれそうな独特な雰囲気がある。

 なるほど、さすがに『知事』のボスだけはある、とサヴァンはひそかに感心した。どうみても、普通じゃない。

 レドムは椅子に深くもたれかかると、小さく息をはいて、サヴァンとレダの顔をまじまじと観察しはじめた。

 サヴァンは忠実な部下らしく、直立不動で冷静さをよそおっていたが、内心は隣のレダが堂々とよそ見をしていることにハラハラしていた。

 どうやら、うしろのソファーの女が気になるらしく、そちらに顔をむけてジィッと見入っている。

 おれもたしかに気になるが、それ以上に、自分自身の将来が心配だ。こんなレダと同類だと思われたら目もあてられない。まあここに一緒に呼び出された時点で、手遅れかもしれないが。

 レドムは、レダの無礼などまったく気にする様子もなく、しばらく二人をながめまわしていたが、やがて唐突に、口を開いた。

「きみらに、仕事がある」

 サヴァンは直立不動のまま、思わず目をしばたたかせた。平静な表情はくずさなかったが、胸の内では、お小言ではなかったという安堵感と、仕事への期待と不安がいりまじっていた。

 レダはたちまちレドムのほうを振りかえると、喜色満面、目をギラギラさせていった。

「特別任務か? そうなんだろ?」

「とても、重要な任務だ」

 レドムはいたずらっぽくほほえんで答えた。部下としてあるまじきレダの言葉づかいも気にとめていないようだった。

 レドムはおもむろに立ち上がると、身ぶりで付いてくるようにうながし、応接ソファーにむかって歩いていった。

 三人がやってくるのを察して、女は静かに立って、顔を向けた。

 自分やレダと同じくらいの歳だろうか、とサヴァンはその顔を見て思った。きれいな人だ。顔立ちも、三つ編みの金髪を頭に一周させた姿も、気品がある。なめらかな光沢の白いブラウスと、ベージュの優雅なスカートという服装もしとやかだ。

 まるでお姫さまみたいだな、と考えて、サヴァンはふいにあることに思い当たり、とたんに緊張が全身をかけぬけた。

 レドムは女の前で立ちどまると、手のひらで指し示しながらいった。

「こちらは、ナザン王女、リディア・ナザン殿下でいらっしゃる」

 リディアがおじぎをし、サヴァンもあわてて頭を下げた。レダは、へえぇ! と感嘆して、興味津々の笑みを浮かべながら、食い入るようにリディアを見つめた。

 まじかよ、とサヴァンは心の中でつぶやいた。

 この数日、知事局は、当然のようにナザンの話でもちきりだった。

 そこは、単に不可解な侵攻を受けた国というだけではなく、ユース・ヴァンゼッティの戦死した場所としても発表されていたのだ。

 そのヴァンゼッティの死に関しては、「ナザンで任務中に戦死」ということ以外、機密として公表されていなかった。そのため、だれもが勝手なうわさを流していた。

 そんな中で、どうもナザンの王女が、ひそかにリターグに亡命しているらしい、といううわさが立ちはじめると、たちまちヴァンゼッティとその亡命は結びつけられた。

 きっとヴァンゼッティは王女を亡命させる任務中に敵に討たれ、それでも王女はどうにかしてリターグにたどりついたのだ、というのがまとまった憶測で、実際それはまちがっていなかった。

 そういったうわさは、サヴァンの耳にも入っていたが、たいして興味はなかったし、話にも加わらなかった。だいいちそんな話題に花を咲かせるような友人なんていない。

 結局サヴァンは、王女がどこに亡命しようと、自分には関係のないことだと、ひとりでたかをくくっていたのだった。

 それがあろうことか、いま、目の前にその王女がいるのだ。しかも、任務にかかわることらしい。

 レドムがサヴァンとレダの紹介をすませる間に、サヴァンは考えた。

 これはどうも、とんでもない初任務になるかもしれないぞ。

 さて、とレドムは一呼吸おいて、サヴァンとレダのほうを向いた。

「きみらには、殿下の護衛として、いまから、エントールの首都に行ってもらう」

「……え?」

 サヴァンとレダは、同時に声を上げた。


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