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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
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レンの狂乱・1

 夜の空を行く飛行機があった。

 ずんぐりとした機体で、エンジン音はとても静かだ。

 機内は、壁に沿って、横長のベンチ・シートが向かい合わせに設置されている。

 そこに、リターグの『知事』コーデリア・ベリは、じっと視線をうつむけて座っていた。

 コーデリアの左右にも、向かいのベンチ・シートにも、彼女と同じ、白い詰襟の制服をまとった者たちがいる。

 全員帯剣し、むっつりと黙りこみ、目的地に到着することをひたすら待ち受けていた。

 それは、自分たちに課せられた任務に緊張しているせいだけではなかった。

 いまは深夜だ。

 エントールの海上要塞ベアトリスが、昼過ぎに陥落したことは、この特殊作戦用の輸送機に乗る前から、かれら『知事』たちの耳にも入っていた。だから当然、思わしくない戦況への憂慮もある。

 しかしなにより、このとげとげしいような静寂の原因は、『知事』の評判をおとしめた、コーデリアに対する反感からくるものだった。


 リターグ聖自治領の、異能者集団『知事』の中でも、輝けるトップ・エースのロー・エアハルト、そしてパートナーの才女コーデリア・ベリ。それはだれもが認める、『知事』の華だった。とりわけ、エアハルトと並ぶトップ・エースのユース・ヴァンゼッティが戦死したという報を受けてからは、押しも押されもしないリーダーとして、二人は認知されていた。

 しかしその羨望は、昨日のうちに一変した。

 ケイ・エルフマンとの戦いで、薬物を使って豹変したエアハルト。ルケ・ルクスの精神攻撃の前に、なすすべなく倒れ、悲鳴を上げつづけたコーデリア。

 いまや二人の醜態は、知事局のみならず、軍部にも広く知れわたっていた。

 こん睡状態のエアハルトに寝ずに付き添っていたコーデリアが、局長のジオ・レドムから呼び出しを受けたのは、今日の朝だった。レドムのオフィスに向かう途中でも、仲間の『知事』たちはあからさまに蔑んだ目でコーデリアをにらみ、避けるようにした。


「レンを奇襲、ですか?」

 レドムのオフィスでその作戦の内容を聞かされて、コーデリアはとまどいを隠せなかった。

「そうだ」と、ジオ・レドムは答えた。初老の狼という顔つきで、飄々とした言動は相手をあきれさせはするが、一筋縄ではいかない『知事』たちから、絶大な信頼を寄せられている男だった。

 たしかにレドムの言い分も筋は通っていた。

 南の町のレンに駐屯しているアイザレンの侵攻部隊は、明朝にはリターグにむけて進軍を開始するだろう。一方、リターグの軍部は、北から来るアイザレン軍だけで手いっぱいだ。知事局としては、北に比べて規模の小さい南の部隊を、なんとしても食い止めたい。

「主力は、エルフマン隊の副官が指揮をしている、一個師団だ」

 とレドムはいった。

「大半は軍人だが、もちろん副官もふくめて、中枢卿団の精鋭もそろっているはずだ。つまり、なおのこと、われわれ知事局の仕事というわけだ」

「こちらの戦力は?」コーデリアは慎重にたずねた。

「いまリターグにいるエース級二十人を、全員投入する」レドムは答えた。

「指揮は、おまえに取ってもらう」

「わたしが?」コーデリアは思わず声をあげた。

「おまえだ」レドムは平然といった。

 コーデリアはデスクのレドムを見つめ、やがてうつむいた。

「……わかりました」

「勘違いするなよ、コーデリア」

 レドムはギョロッとした目をコーデリアに向けていった。

「おれはおまえに、死に場所を与えるつもりは毛頭ない。困難だと判断したら、作戦を中止して帰還しろ。とにかく、必ず生きて帰れ。……エアハルトには、おまえが必要だ。いままで以上にな」

 胸にこみ上げるものをぐっとこらえ、コーデリアはこくりとうなずいた。


 そして現在。

 コーデリアはレンに向かう輸送機の中で、作戦への不安よりも、むなしさをおぼえていた。

 局長との話のあとの、全員でのブリーフィングからここまで、結局、わたしに声をかけてくれる仲間は、だれもいなかった。数日前まであんなに仲の良かったひとたちが、いまではわたしを白い目で見て、陰口をささやきあっている。

 この機内に響く低いエンジン音まで、なにかわたしを責める呪詛のように聴こえてくる。

 でも、もういい。過ぎてしまったこと、変わってしまったこと、それをいまさら思ったところで、どうにもならない。だけど……

 床を見つめるコーデリアの目に、せつなさが灯った。

 ──わたしはいま、ひとりだ。

 わたしの本当の仲間、エアハルト、レダ、サヴァン。なにがあっても変わらない、わたしたちの絆。それをこんなにも確かめたいと思ったことは、いままで一度もなかった。

 あなたたちの声を聞きたい。わたしの声を聞いてほしい。まわりのひとたちなんか気にしないで、あなたたちと話していたい。あなたたちと、触れあいたい。

 でも、わたしはいま、ひとりだ。本当に、ひとりぼっちだ。

「ポイント到達、三十分前です」パイロットの機内アナウンスが響いた。

 ──嘘みたい。

 と、コーデリアはふいにおかしさにとらわれた。

 これからレンを奇襲? とてもそんな気分じゃない。いまはもう、エアハルトの胸で寝たい。意識がなくてもしっかりと上下するその胸に、顔をあずけて、まどろんでいたい。

 機内はあいかわらず不穏な沈黙に包まれていた。コーデリアは人知れず、ほんのかすかに、悲しげな笑みを浮かべた。


 着陸ポイントで輸送機から降りた、コーデリアら奇襲部隊は、レンのはずれにある、小高い丘に登った。町や、その周辺の様子を観察するためだった。

 町の外には、数えきれないほどの戦車が整列していて、仮設の兵舎もいくつも立ち並んでいた。

 占領されたレンの町の中は、あちこちに歩哨の姿が見られ、煌々と明かりの灯ったいくつかの建物は、アイザレン軍の基地や、将校の宿舎などに利用されているようだった。

 そして奥まったところの高台に、ぽつんとある豪壮な屋敷。それがまぎれもなく、中枢卿団の基地となっていることは、『知事』には気配で読みとることができた。

「三手にわかれましょう」

 丘の上で、コーデリアは二十人の仲間を前にいった。「一隊は町の外、もう一隊は町の中、あとの一隊は卿団部隊。同時に攻めかかれば、混乱も増すでしょう」

「で、肝心の卿団部隊には、だれが行くんだ?」

 と、仲間の男が、いかにも憎々しげな調子でいった。

「まさかおまえじゃないよなあ? おまえには昨日、武功のチャンスがあったんだからな。次はおれたちの番だ。そうだろう?」

「あなたのいいたいことは、わかるわ」コーデリアはすこし目を伏せて答えた。

「でも、卿団員討伐には、わたしも参加します。これは武功の問題ではなくて、経験の問題よ。結果はどうあれ、中枢卿の隊長と立ち合ったことがあるのは、ここではわたししかいないのだから」

「その結果が問題だってんだよ」別の男が、せせら笑うようにいった。

 そして重苦しい静寂。

 二十人の仲間の、冷やかな視線。あざけるような表情。

 コーデリアは、わずかに眉を寄せた。

 わたしたちは全員、『知事』になる前の予備学校からの仲間だ。何年も何年も一緒に苦しんで、笑って、悲しんで、支えあってここまでやってきた。そうでしょう? それとも、ちがった? わたしだけが、あなたたちのことを仲間だと、友だちだと思っていた? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。……でも、もういい。もう、どうでもいい。

「うん、わかったわ」

 コーデリアは突然、パッとにこやかな表情になった。「じゃあみんなで行きましょう。それがいいわ」

 明るい声でそういうと、コーデリアはさっと背中をむけて、風のように丘を駆け下りていった。そうしてコーデリアが高台の屋敷に向かうのを見て、残された者たちは、不審そうに視線をかよわせ、短く言葉をかわしていたが、すぐにコーデリアを追って丘を駆け下りていった。


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