誤算・4
頃合いを見て、サヴァンは、肩で息をするリディアのもとに行った
「ひとまず、屋敷に戻りましょう。まだ狙撃手もいます」サヴァンはそっとリディアに声をかけた。
「……はい」と、リディアは震える声で答えた。そして、持っていた刀が、音を立てて地面に落ちた。
「さすがだぞ、リディア」近づいてきたレダが、いつになく真面目な調子でいった。「あの突きを見切って、鞘をかぶせて不覚を誘うとはな。ナザン王家の武技、たしかに見せてもらったぞ」
リディアはそれには答えず、どこか放心した様子で、ゆっくりと屋敷にむかって歩き出した。サヴァンはその横に付き従った。レダはヤードの武器を拾い、鞘がしっかりはまったそれを見ながら、あとにつづいた。
「かたちや大きさは重要、か」
レダは武器を選んでいたときのリディアの言葉を思い出し、なんとはなしにつぶやいた。
その直後、鋭く風を切る音が、サヴァンとレダの耳に聴こえた。
サヴァンはとっさにリディアの背中を抱きしめるようにして守り、レダは反転して身構えた。
爆音と爆風が襲いかかり、サヴァンはリディアの身体をさらに強く抱きしめ、レダはヤードの武器を前にかざしてこらえた。
爆音が止むと、あたりは静寂に包まれた。三人はそれぞれの姿勢のままで硬直し、時間が過ぎた。どうやら、次の攻撃はないようだった。
サヴァンはリディアから身体を離し、うしろを振り向いた。
レダがまだ背中を見せて立っている。その先の地面は広くくすぶり、硝煙の嫌な臭いがただよっていた。
「とっておきの榴弾だったな。たいした威力だ」
レダはサヴァンたちのほうを振りかえらずに、そういった。口もとからは、細い血の筋が伸びていた。
着弾地点に倒れていたヤードの死体は、あとかたもなく吹き飛んでいた。
だれの目にもあきらかなことだ。証拠の抹消。
狙撃手は、最後だけは仕事をやってのけたのだ。
「ああ……」
それを目にしたリディアが、声にならない声をあげて、サヴァンに寄りかかり、すすり泣いた。サヴァンは静かな声で退避をうながし、ふたりは身体を寄せ合って、ゆっくりと屋敷に向かって歩き出した。
レダはすこしの間、その場にとどまっていたが、やがておもむろにヤードの武器を前に投げ飛ばし、きびすをかえすと、けわしい顔でサヴァンとリディアのあとを追った。
投げられたヤードの武器は、その死体があった地面に、しっかりと突き立っていた。
*
風がそよいでいる。
うっそうと茂る木々の葉が、その風に鳴る。
やさしく吹く風は、一人の者の髪も、やわらかく揺らしている。
深い森の中、一本の大樹と向かい合って、その者はあぐらをかいて座っている。
そこへ、足音が近づいてくる。葉を踏みしだく、軽やかな音。
やがて足音の主が姿を現す。
黒いマントに全身を包みこんだ、小柄な少女だ。長い黒髪は後ろに引きつめられ、一本に束ねられている。
少女は、大樹の前に座る者の背中に近づいていく。
その者は、白い長衣をまとい、長く豊かな髪も、衣と同じように白い。白髪は背中に流れ、長衣の色に溶けこんでいる。
少女が、白い背中の前で立ちどまった。
「ヤードが死んだ」
と、少女はいった。幼いが、知性と威厳を感じさせる声だ。
「うん」と白髪の者が答えた。若い男の声だった。「わかっているよ、カザン」
「どうするつもりだ、マレイ」
と、カザンと呼ばれた少女がいった。
「ミドやシドでは相手がちがう。ゴドーやリクドーはビューレンから離れん。それにクードやジュードも調整中では、われらが出る以外ないのではないか」
「クードとジュードは、調整を終えた」マレイと呼ばれた男は、静かに答えた。「かれらは、リターグに向かう」
「では、われらしかいないということだな」
「それは、どうかな」どこか遠い声でマレイは答えた。
強い風が吹きぬけた。
ふたりはしばらく、無言でたたずんだ。
「われは、退屈なのだ、マレイ」
やがてカザンがぽつりといった。
マレイは背中を向けたまま、口もとに淡い笑みを浮かべた。




