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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
47/142

誤算・4

 頃合いを見て、サヴァンは、肩で息をするリディアのもとに行った

「ひとまず、屋敷に戻りましょう。まだ狙撃手もいます」サヴァンはそっとリディアに声をかけた。

「……はい」と、リディアは震える声で答えた。そして、持っていた刀が、音を立てて地面に落ちた。

「さすがだぞ、リディア」近づいてきたレダが、いつになく真面目な調子でいった。「あの突きを見切って、鞘をかぶせて不覚を誘うとはな。ナザン王家の武技、たしかに見せてもらったぞ」

 リディアはそれには答えず、どこか放心した様子で、ゆっくりと屋敷にむかって歩き出した。サヴァンはその横に付き従った。レダはヤードの武器を拾い、鞘がしっかりはまったそれを見ながら、あとにつづいた。

「かたちや大きさは重要、か」

 レダは武器を選んでいたときのリディアの言葉を思い出し、なんとはなしにつぶやいた。

 その直後、鋭く風を切る音が、サヴァンとレダの耳に聴こえた。

 サヴァンはとっさにリディアの背中を抱きしめるようにして守り、レダは反転して身構えた。

 爆音と爆風が襲いかかり、サヴァンはリディアの身体をさらに強く抱きしめ、レダはヤードの武器を前にかざしてこらえた。

 爆音が止むと、あたりは静寂に包まれた。三人はそれぞれの姿勢のままで硬直し、時間が過ぎた。どうやら、次の攻撃はないようだった。

 サヴァンはリディアから身体を離し、うしろを振り向いた。

 レダがまだ背中を見せて立っている。その先の地面は広くくすぶり、硝煙の嫌な臭いがただよっていた。

「とっておきの榴弾だったな。たいした威力だ」

 レダはサヴァンたちのほうを振りかえらずに、そういった。口もとからは、細い血の筋が伸びていた。

 着弾地点に倒れていたヤードの死体は、あとかたもなく吹き飛んでいた。

 だれの目にもあきらかなことだ。証拠の抹消。

 狙撃手は、最後だけは仕事をやってのけたのだ。

「ああ……」

 それを目にしたリディアが、声にならない声をあげて、サヴァンに寄りかかり、すすり泣いた。サヴァンは静かな声で退避をうながし、ふたりは身体を寄せ合って、ゆっくりと屋敷に向かって歩き出した。

 レダはすこしの間、その場にとどまっていたが、やがておもむろにヤードの武器を前に投げ飛ばし、きびすをかえすと、けわしい顔でサヴァンとリディアのあとを追った。

 投げられたヤードの武器は、その死体があった地面に、しっかりと突き立っていた。


   *


 風がそよいでいる。

 うっそうと茂る木々の葉が、その風に鳴る。

 やさしく吹く風は、一人の者の髪も、やわらかく揺らしている。

 深い森の中、一本の大樹と向かい合って、その者はあぐらをかいて座っている。

 そこへ、足音が近づいてくる。葉を踏みしだく、軽やかな音。

 やがて足音の主が姿を現す。

 黒いマントに全身を包みこんだ、小柄な少女だ。長い黒髪は後ろに引きつめられ、一本に束ねられている。

 少女は、大樹の前に座る者の背中に近づいていく。

 その者は、白い長衣をまとい、長く豊かな髪も、衣と同じように白い。白髪は背中に流れ、長衣の色に溶けこんでいる。

 少女が、白い背中の前で立ちどまった。

「ヤードが死んだ」

 と、少女はいった。幼いが、知性と威厳を感じさせる声だ。

「うん」と白髪の者が答えた。若い男の声だった。「わかっているよ、カザン」

「どうするつもりだ、マレイ」

 と、カザンと呼ばれた少女がいった。

「ミドやシドでは相手がちがう。ゴドーやリクドーはビューレンから離れん。それにクードやジュードも調整中では、われらが出る以外ないのではないか」

「クードとジュードは、調整を終えた」マレイと呼ばれた男は、静かに答えた。「かれらは、リターグに向かう」

「では、われらしかいないということだな」

「それは、どうかな」どこか遠い声でマレイは答えた。

 強い風が吹きぬけた。

 ふたりはしばらく、無言でたたずんだ。

「われは、退屈なのだ、マレイ」

 やがてカザンがぽつりといった。

 マレイは背中を向けたまま、口もとに淡い笑みを浮かべた。


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