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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
46/142

誤算・3

 二度目の爆発音が起こったとき、リディアはかがまなかった。その必要がないことを、リディアはレダの背中に感じ取ったのだった。

 一度目も、そしていまも、なぜか爆発は自分たちのはるか横にそれ、芝生が煙をあげている。

 リディアは、サヴァンとヤードのほうに、凛と顔を向けた。

 ──ありがとう、レダさん。

 と、リディアは心の中でいった。

 あなたは、わたしには想像もつかない力で、わたしを守ってくれている。そして、あなたの背中は語りかけている。どうした、おまえは、戦うんじゃなかったのか? と。本当に、レダさん、あなたのそんな声が、わたしには聴こえるよう。

 リディアの足が、自然と歩き出した。レダはうしろを振りかえることもなく、歩調を合わせて前を行った。リディアは、部屋を出るときにとっさに持ってきた刀の、鞘の感触を確かめた。

 ──すみません、レダさん、サヴァンさん。

 リディアは、対峙するサヴァンとヤードに近づいていった。

 わたしの勝手を、どうか許してください。その男は、わたしが斬ります。


 サヴァンの後ろから、レダとリディアがやってくるのを目にして、ヤードは覚悟を決めた。

 ──『知事』の名前は、伊達ではなかった。

 このサヴァンという男一人でも手にあまるというのに、二人同時では、まず勝ち目はない。しかもあの女、ナードの狙撃をいっさい受け付けないとは、どういう力なのか。

 なんにせよ、もうこの距離では、逃げることもできない。せめて、この男にだけでも一太刀浴びせ、仲間の今後につなげたい。……ナード、おまえは残された仕事を、かならずやり遂げるんだぞ。

 対してサヴァンは、自分の横にレダが立つのを目にし、リディアの気配も背後に感じて、困惑した。

 ──どういうつもりだ、レダ?

 サヴァンは剣を構えてヤードを見すえたまま、疑念の思いにしばられた。

 これからまさに果たし合いというときに、なんで邪魔をする? 助太刀のつもりか? まさかな。リディアに気を配りながら戦えるほど、楽な相手じゃないことは、おまえにもわかっているはずだ。わざわざリディアの首を差し出すようなまねをするなんて、冗談ではすまないぞ。

 そのときだった。

 ふいに、リディアがサヴァンの横を抜け、前に進み出た。

「答えてください」

 リディアの、ヤードに向けた厳しい声が響きわたった。

「屋敷の人たちをあやめ、死者をはずかしめるように玄関前に置いたのは、あなたですか」

「だ、だ、だとしたら、ど、どうだという」ヤードは淡々と答えた。「そ、そ、それをいうために、わ、わざわざ立ち合いを、み、乱しにきたか。ぶ、無粋にもほどがある」

「粋は、人の情の理です」

 リディアは、すらりと刀を抜いた。

「非情の者に、それを語る資格はありません。わたくしはナザン王ユリリクの娘、リディア・ナザン。あなたのお相手は、わたくしがいたします」

「お、お、おれと、い、一騎打ちを望むのか?」ヤードは怪訝そうにいった。「お、お、愚かな女だ」

「リディアさん!」思わずサヴァンはたしなめる声をあげた。

 とんでもない話だ。よりによってこの男とリディアが一騎打ち? レダ、これはおまえが仕向けたことか? だとしたら、とても正気とは思えない。

「サヴァンさん」リディアが、ヤードに顔を向けたまま、つぶやくように、それでいて決然といった。「お願い、サヴァンさん」

 その声を聞いて、サヴァンはリディアの、強い意志がこめられた華奢な背中を、じっと見つめた。同時に、レダの気配もうかがう。乱れのない、悠然とした気だ。

 サヴァンはほんのすこしの間、その場に立ちつくした。しかしサヴァンには、それは途方もなく長い時間に感じられた。不思議と、いつしか心は空になっていた。

 やがて、サヴァンは剣を構えたまま、リディアの斜め後ろにゆっくりと退いた。レダも合わせて下がった。

 ──ありがとう、サヴァンさん。

 リディアはサヴァンが離れる足音を背後に聴いて、胸の内でいった。そしてリディアは、サヴァンの無言にさまざまな思いをかけめぐらせたが、すぐに前方の男に意識を戻した。


 花模様をふちどった長いワンピース、屋内用のフラット・シューズ。片手にはいかにも持ちなれていない刀。

 そんな姿のリディアを目の前にして、ヤードはなかばしらける心地がした。

 ──それにしても、不相応な武器だ。

 ヤードはあらためてリディアの刀を見て思った。

 刀身が九十センチはありそうな大太刀で、刃も広い。しかもそれを片手で持っている。もう片方の手は、抜いた鞘を握ったままだ。あれでは一振りもできないだろう。おまえたち、『知事』よ、本当にこれでいいのか? すでにこの女、おれの間合いに入っているんだぞ?

 ヤードは、なぎなたのような武器の先をすこし下げたまま、一歩前に踏み出した。下から振り上げざま、突くつもりだった。本来は、『知事』との戦いの切り札になるはずの技だった。

 このおれの突きをかわせる者はそうはいない、とヤードは強い自負を持っていた。静導士のエース級とやらも、何人もおれの突きに倒れた。この細腕のお姫さまを一突きで葬り、その勢いをもって、連続的に後ろのサヴァンとやらに斬りかかろう。ヤードは、もうリディアを討った後のことを考えていた。


 すぐにヤードは動いた。

 リディアへの猛烈な突進。烈風のごとき、すさまじい速さだ。

 そして凍りつくような静寂。

 光景が静止する。

 そこには、会心の突きを見舞ったはずのヤードと、それをわずかに横に避けて立つリディアの姿があった。

 ──なるほど。

 ヤードは瞬間に思った。

 さすがに大口をたたくだけあって、それなりの目は持っているようだ。だが、おれの打突を連続して受ける技量は、おまえにはないだろう。この至近距離では、『知事』の二人も割って入れない。どうあっても、おまえの命運はもう決まっている。

 一秒にも満たない間に、そんな確信を抱きながら、しかしヤードの目は、その確信に反するものをとらえていた。ヤードはにわかに混乱した。

 おれの武器の先にかぶさっているものは、なんだ? あれは……鞘? まるでしつらえたように、ぴったり刃先を覆っているじゃないか。あの鞘は簡単に払えるか? いやそれ以前に、払う暇が、あるか?

 答えを出す前に、リディアの刀がまっすぐヤードの喉をつらぬいた。血があふれ出る中で刀を引きぬいたリディアは、すばやくヤードの背後にまわりこみ、両手でしっかりと刀を握り、おたけびをあげ、ヤードの首に斬りかかった。

 鮮血がほとばしり、首が地に落ち、つづいて身体がどっと倒れた。

 リディアは荒い息をついて立ちつくし、その死体を見るともなく見下ろした。いつしかほほには涙が伝っていた。


 ナードもまた、涙を流していた。

「ごめんねごめんね……」ナードは声を震わせた。ライフル・スコープを覗く視界が涙でにじみ、ナードは手の甲でごしごしと何度も目をぬぐった。

「ヤード、ヤード……」

 ナードはスナイパー・ライフルのトリガーに手をかけ、そのときを待った。


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