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レガン戦記  作者: 高井楼
第二部
44/142

誤算・1

「じゃあ、これはどうだ?」レダの楽しげな声がする。

「すこし、大きすぎる気がします」リディアの声が聴こえる。「これでは、身動きがとれません」

「うーん、じゃあこれ」とレダ。

「それは反りすぎていて、わたくしの手にはあまります」

「じゃあこれは?」

「あまり黒いものは、好みではありません」

「……おまえ、」とレダがあきれていった。「意外とぜいたくなやつだな。まあお姫さまだからな」

「あら、かたちや大きさは重要です。特に女にとっては」

「だそうだぞ、サヴァン」

 レダはニヤッと笑い、そばに立っていたサヴァンに顔を向けた。

「リディアの婿になる男は大変だな!」

 ふたりの様子をながめていたサヴァンは、苦笑するしかなかった。顔を赤らめたリディアは、ずらりと刀剣がならぶロング・テーブルにうつむいている。

 やれやれ、とサヴァンは心の中でつぶやいた。とても、おとり作戦を明日にひかえているようには見えない。

 サヴァンは、目の前のテーブルに並べられた、かたちも大きさもさまざまな刀剣を見おろした。まあなんにせよ、リディアには、早く武器を決めてもらわないと。もう明日に備えて、寝たほうがいい時間だ。

 ここはエントールの皇都ラザレクにある離宮の、リディアが泊まっている貴賓室だ。サヴァンとリカルドの会談から、数時間後の夜のことだった。


 会談を終えて部屋にやってきたサヴァンが、おとり作戦のことをリディアに伝えると、リディアはすこしも迷うことなく、決然とそれを承諾した。その勇ましさにサヴァンは驚かされたが、方針が決まったことで自分の気も引きしめなおした。

 狙いは、ヴァン・ビューレン。

 リカルドの話によれば、エントール皇国の宰相だ。改革派で、皇軍とのつながりが強く、民衆の人気も高い。

 皇帝の近衛である以上、保守をつらぬく立場の静導士団にとって、ビューレンは長年の天敵らしい。

 そして、かれの直属の特殊部隊『レトー』も、士団には気にかかる存在のようだ。表向きは名前も知られておらず、士団でも、その名称と、何度かの交戦であきらかになった、すさまじい戦闘能力以外、なにもわかっていないという。

 リディアの返答を受けて、サヴァンはさっそくリカルドに連絡をとった。

 ──それにしても、

 サヴァンは通信機の呼び出し音を聴く間、思わず感慨にひたった。

 ラザレクに着いたのはつい昨日だというのに、まったく、とんだことになってしまった……

「明日の朝に、ここで打ち合わせをして、昼に決行だそうだ」

 リカルドとの通信を終え、サヴァンはリディアとレダにそう伝えてから、ふと眉をひそめた。

「なんだかせわしないな。こっちの都合もお構いなしか」

「なんだ、なにか用でもあったのか?」とレダがいった。

「これからデートのお誘いでもあるかもしれないだろ」おざなりにサヴァンがかえした。

「ならこっちが先約だ」レダはからかい顔でいった。「それに、デートを前の晩に誘うような女は、やめたほうがいいぞ?」

 サヴァンは軽く歯をきしませてレダに顔を向けた。

 だれのせいでこんなことになっているんだ、と喉元まで出かかるのを、なんとか押しとどめる。

 でも、レダにたずねるなら今だ、とサヴァンは、怒り半分、冷静さ半分の気持ちで考えた。女帝謁見の際、いったい、なにをやらかしたのか。いや、これはどうせ、またはぐらかされるだろう。じゃあ、いつの間に、通信機の番号を聞くほどリカルド閣下と親しくなったのか。それとも、なぜおまえは、リディアを危険にさらしてまで、リカルドに協力する?

「あの」

 とリディアの声がして、サヴァンの思考は中断された。振り向いたサヴァンに、リディアはおずおずといった。

「わたくしは、武器を持たなくてよろしいのでしょうか? 護身用の短剣しかありませんけど……」

 そうして、サヴァンがまたリカルドと連絡を取り、しばらくすると、刀剣をかかえた部下たちがやってきて、貴賓室は一転、無骨な武器の展覧会場となった。

 それから現在まで、リディアとレダは、あれこれと話をしながら、その刀剣の品定めをしていたというわけだった。


 レダにからかわれたリディアが、気を取りなおして武器選びに戻るのを見ながら、サヴァンはふと、おとり作戦の概要に思いをやった。

 あまりほめられたものじゃない。

 自分たちが女帝の怒りをかって、明日ラザレクを追放される、という偽情報を、ビューレン側に流す。実際に自分たちは、明日の昼、車で離宮を出る。リカルドは同行せず、部下が護衛にあたる。そうすれば、ビューレンは必ず動く、とリカルドは信じている。

 もちろん、直接的に動くのは『レトー』だ。その一味を、生きていようが死んでいようが捕らえ、それを証拠に、リカルド閣下はビューレンを追い落とす算段らしい。

 実に乱暴なたくらみだが、護衛は静導士団の手練れをそろえ、昨夜のシャトル・ポートの襲撃で役立った、エネルギー・シールドも使うという。なにより自分やレダが付いているのだし、リディアの身の危険に対する心配は、当初よりは薄らいだ。

 正直、この作戦は成功しようが失敗しようが、おれたちには関係ない。リディアを守れさえすればそれでいい。……でも、なにか腑に落ちない。なんだろう、さっきから感じている、この不安は?

「なあサヴァン」

 また武器選びの手伝いをはじめたレダの声がして、サヴァンは我にかえった。

「おまえさっき、明日の昼じゃ早い、っていったろ?」

「ああ、いったけど?」

「でもな、あの女帝の性格を考えると、早いほうが現実味があるぞ。今晩中に追い出されていても、全然不思議じゃないからな」

 レダはそういってククッと笑ったが、サヴァンはハッとした。

 ──そうか!

 とサヴァンは思わず目を見開いて、その場に立ちつくした。

 なんで胸の内がこんなにモヤモヤしていたのか、その理由が、いまようやくわかった。リカルド閣下に作戦承諾を伝えたのは数時間前。敵を誘い出すのに、その敵の準備が間にあわなければ元も子もないのだから、リカルドが早々に偽情報を流した可能性は高い。

 でも、そうだとしたら、ヴァン・ビューレンはいつ動く? わざわざこちらに合わせてくる確証は、どこにもないはずだ。

 そんな思いをめぐらせているときだった。

 ふっと、レダの気配が鋭くなったのを、サヴァンは感じた。

 ──やれやれ。

 サヴァンは息をはいて、窓の外にけわしい目をむけた。

 まったく、なんてタイミングだ。

 様子が変わったことに気づいたリディアが、二人の顔を交互に見ながら、手にしていた剣をゆっくりとテーブルに置いた。

「リディアさん、武器は決まりましたか?」

 窓の外を見たまま、サヴァンはいった。

「いえ、まだ。あの、どうかしたんですか?」

「お客さんだ」とレダが答えた。「デートのお誘いって感じじゃないぞ。残念だったなぁ、サヴァン」

 そう軽口をたたく声にも、こころなし気迫がこもっている。

 ──リカルド閣下。

 サヴァンはおもむろに腰の剣の位置を整えながら、心の中でつぶやいた。

 話しあうべきでしたね。敵が先手をうって、ここを奇襲してきた場合のことを。

「いますぐ、武器を選んでください」

 と、サヴァンはリディアに顔を向けていった。


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