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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
38/142

海上要塞ベアトリスの死闘・4

 ──物の役にも立たん連中だ。

 ルキフォンスは内心でそう吐き捨てた。

 卿団の精鋭にあって、このていたらく。一太刀とまではいわないが、せめて多少なりとも、時間をかせぐくらいのことはしたらどうか。

 しかしいまそんなことをいってもしかたがない。なにせその部下どもは、全員、こっぱみじんに消し飛んだ。それも一瞬で。かろうじて、主をなくした武器の残骸だけが、地面に散らばっている。

 ルキフォンスは遠い前方の、槍をかまえてこちらに仕掛けてくる気配のメイナードに、じっと鋭い目をやっていた。

 号令とともにいっせいに切りこんだ、卿団員たちとルキフォンス。

 迎え撃つメイナードが槍を横になぎ払った瞬間、団員たちの身体は蒸発し、あとには、ほんの一瞬の判断でうしろに跳びすさったルキフォンスだけが残された。わずか三秒にも満たない時間だった。

 ──考えが甘かった。

 ルキフォンスは歯をきしませた。

 このままでは、ケンサブルが戻る前に、やられてしまう。この女の武名は、伊達ではなかった。それに、あの槍も。

 三メートルほどの柄と、一メートルほどの平三角の刀身。あわせて四メートルにもなるその大身槍は、それだけでも相手をたじろがせるが、さらに黒一色に光る様は、もはや武器よりも兵器といったほうがふさわしい。そして威力も、まさに破壊的な兵器のそれだ。

 名槍イサギ。達人によるその一振り、一突きは、斬るや突くというレベルを超えたすさまじい衝撃でもって、相手の肉体を消滅させる。それは凡百の戦士を相手にした場合のことだが、中枢卿団の隊長級であっても、その衝撃をまともにうければ、ただではすまないのは明白だ。

 そしてルキフォンスは、そもそも自分の剣技が到底メイナードにかなわないことを、戦う前から十分に理解していた。

 イサギを下段にかまえたメイナードの姿が、グワッとルキフォンスの視界に迫った。

 それは、メイナードの気配からルキフォンスが見た幻影だが、次の瞬間には現実のものになる。

 ルキフォンスはとっさに横に跳んだ。元いた場所には、もうメイナードが、イサギを突き上げた格好で立っていた。

 ──大陸最強といわれても、それはわが艦隊のことで、わたし自身のことではない。

 ルキフォンスは、自分の剣術には、とうに見切りをつけていた。団長やケンサブルやマッキーバ、ルケやエルフマン、かれらほどの特別な力を、自分は持っていない。せいぜい、見たところ、あのユルトとかいう下郎と、なんとか渡りあえるくらいだろう。そんな自分が、最高峰の剣士のケンサブルさえ一騎打ちをためらうこの女と、まともに戦って勝てるはずがない。

 ──さて、どうするか。

 ルキフォンスは頭をふりしぼった。

 こちらを向いたメイナードは、もう次の攻撃のかまえに入っている。

 この女は、決着を急いでいる、とルキフォンスは感じていた。そのあせりが、気配を荒くしている。だからわたしでも、かろうじて攻撃を避けられる。あの下郎と早く合流したいのだろう。

 ……あと三分。

 ルキフォンスは、直観的にそう判断した。おそらくあと三分もすれば、ケンサブルが戻ってくる。

 ふいに、槍の穂先の幻影が目に飛びこんできた。

 ルキフォンスはまた横に避け、大きく間合いを取った。

 今いた場所に、メイナードが空を突いた姿勢で立っている。

 次は避けられないだろう、と、ルキフォンスはまた直観めいたものを感じた。

 いまなにかしなければ、わたしは討たれる。

「……その槍は、」

 と、ルキフォンスはメイナードに大声を張り上げた。

「わたしのごとき餓鬼の狂熱を、受け入れるためにある、そういったな、きさま?」

 ルキフォンスはメイナードの答えを待たずに、スッと剣先を向けると、上に払うようにした。

 とたんに、地面に倒れていた兵士の死体のひと群れが、ふわりと浮きあがった。

「では、まちがっても、同朋を斬ることなど許されぬな!」

 ルキフォンスが剣を横に払う。たちまち死体の群れが、メイナードめがけて猛烈に吹き飛んだ。メイナードは横に跳んで避け、唇をかみしめてルキフォンスをにらんだ。

「あさましいですね、ルキフォンス」静かだが怒りに満ちた声で、メイナードはいった。「卿団には、品格というものはないのですか」

「そのような凶槍を振りまわすきさまに、品格をかたる資格はない」とルキフォンスは即座に応じた。「きさまのご大層な志がどれほどのものか、試させてもらうぞ」

 ルキフォンスがまた剣を上に払い、横に振った。別の死体の一群が、メイナードに向かって飛んでゆく。そして身をかわすメイナード。

 これでよい、とルキフォンスはひとまず思った。相手が横に避けるかぎり、一直線に攻撃されることはない。タイミングよくこれをつづければ、相手はよけいな回避行動によって、突進の勢いがそがれる。そうなれば、わたしでも容易にこの女の攻撃をかわせる。

 強引に死体をなぎ払いながら直進してくれば、どうなるかわからぬが、まあこの女の性格だ。そんなマネはできぬだろう。あとはケンサブルの到着まで、せいぜい死体がなくならないようにすることだ。

 死体の群れを飛ばすルキフォンス、避けるメイナード。

 それが何度か繰りかえされたあと、ルキフォンスはふと、自分を見るメイナードの、表情の変化に気づいた。

 ──あの女の目。

 ルキフォンスはいぶかしんだ。

 あの目には、もう怒りの色はない。あれはなんだ? あわれみか? かなしみか? なんにせよ気に入らぬ。わたしはきさまの存在そのものが、許せぬ。

 ルキフォンスは憤激を剣に込め、死体を浮かせ、吹き飛ばした。その勢いはすさまじく、メイナードが避けるまでもなく、眼前で肉片となって散った。

 メイナードの身体は、肉片と血を浴び、ローブも顔も髪も、どろりと赤い汚れにまみれた。

「ハッ!」

 と、ルキフォンスは思わず蔑みの声をあげた。

「うるわしき姿だ、メイナード! きさまの清純は、血肉の穢れの上に成り立つもの。きさまのその姿は、仮装ではない。他人の血を糸に、肉を布に、きさまがつくろってきた正装である!」

 メイナードは、汚れをぬぐおうともせずに、右に歩を進めた。

 ルキフォンスは、そちらに身体を向けてから、ふと疑問を感じて、眉根を寄せた。

 ……そういえばこの女、いつからか、右に右にと避けるようになったな。特に気にしなかったが、なんだ、いまの動きは? いま右に移動する必要はないはずだ。

 ……!

 瞬間、カッと燃えるような激痛が、ルキフォンスの背中を襲った。

 ……な、に?

「返す言葉はありません」そう静かにつぶやきながら、メイナードは、ゆっくりとルキフォンスに近づいていった。

「わたしは、わたしの宿業を受け入れます。ですから、」歩きながら、メイナードは槍をかまえた。「この槍で、あなたを消し去ることも、わたしは、受け入れなければならない」

 ルキフォンスのフェイス・マスクが、見る間に赤くにじんでいった。疑念と恐怖が、同時にルキフォンスを襲った。死ぬのか? しかしなぜ、この背中は?

 膝を震わせながらも、ルキフォンスはなんとか立ったまま、苦痛に顔をゆがませて、うしろを振りかえった。

 少し先に散らばっている、武器の残骸。それはさきほどメイナードに挑んだ、部下たちのものだ。

 ──そういうことか……

 ルキフォンスは血をのどにあふれさせながら、苦渋にとらわれた。

 折れた剣先でも、投げつければ武器になる。右へ右へとまわりこみ、わたしの背後にその残骸を。

 前方以外に気をまわす余裕がないと、この女は読んだか。さすがだ、メイナード。そぶりも見せずに残骸の剣先を飛ばし、『士団の切先』にふさわしく、見事にわが背中に突き立てた。……それも、一つではない。

 さまざまなかたちの、無数の破片が、ルキフォンスの背中全体に、おぞましく突き刺さっている。

 ルキフォンスは、がっくりと両ひざをついた。

 フェイス・マスクの下から、おびただしい血が流れ落ちる。

 すでにイサギの刀身が、自分の首めがけて振り上げられているのがわかる。

 ──さらば。

 ルキフォンスは、だれにともなく、そう心でつぶやいた。


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