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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
35/142

海上要塞ベアトリスの死闘・1

「ベアトリス砲台群の撃滅を確認!」

 力のこもった通信士のアナウンスに、広い戦闘指揮所の中の、百人ほどの者たちがいっせいに歓声を上げた。

 だが、壁際の高所の司令席に座る、中枢卿団・第二隊長ルキフォンスは、半円形のデスクにならぶディスプレイに、きびしい目をむけていた。

「『ロヴァ』を帰投させますか?」

 右の副官用のデスクにいる男が、ルキフォンスにたずねた。

「一機だけ、ケンサブルにまわせ」ルキフォンスは答えた。「あとは帰投させよ」

 男がすばやくヘッドセット越しに命令を伝える。

 左の参謀長席に座る男は、さきほどからアイザレン軍の飛行艦隊の司令と、通信機越しに言い争いをしていた。

 アイザレン帝国の誇る、飛行戦艦「メサイア」。

 それはルキフォンス飛行艦隊の旗艦であり、アトリ海の戦線で、軍との連合飛行艦隊を編成する際の総旗艦にもなる。

 アイザレンのシンボルとも称されるその最大最強の飛行戦艦は、いま、ベアトリスの前線から二百キロ北の上空で、強固な輪形陣に護られ、進撃の機会をうかがっていた。

 軍司令部のたび重なる矢のような催促を受け流し、ルキフォンスはこの離れた地点から動かず、ひたすら待ち受けていた。

 ほかでもない、エントールの静導士団の部隊が、前線に現われるのを。


 ──それにしても、あっけないものだ。

 ルキフォンスは、まだ高揚している指揮所の空気の中で、ベアトリス陥落をすでに確信し、ここまでの戦況に思いをはせていた。

 海でも空でも、軍部隊がさんざんに蹴散らされた昨日のことが、嘘のようだ。

 ケンサブル隊とともに、わが艦隊が戦線に赴いたのが、一夜明けた今日の正午。昨夜の空に光点として見上げた、軍の増援の飛行艦隊とあわせて、空は、敵のおよそ二倍の戦力になったのだから、優勢は当然といえば当然だ。

 しかし海はちがう。なんといっても、敵には虎の子があった。

 ベアトリス砲台群。五〇〇ミリ・カノン砲が四十門。

 あれがずらりとならぶ様子を見れば、とても射程距離に入る気にはなれない。昨日の砲撃で手痛い目を見ていればなおさらだ。

 海軍としては、空からの爆撃を期待したようだが、ベアトリスの防衛部隊はそう甘くはない。劣勢の中、敵ながらあっぱれといわなければならないだろう。わが軍の飛行艦隊は、砲台爆撃どころか、防衛線を突破することすらできない始末だ。

 だからといって、後方にいるわれら卿団部隊に怒りの矛先を向けるのは、お門違いというものだ。もともとこれは軍の任務。われらは、士団と相まみえるために、ここにいるのだから。

 にもかかわらず、前線を支援しろ、と、この数時間、ばかのように同じ通信の繰りかえし。いちいち対応する参謀長の目も、うつろになろうというものだ。

 わがルキフォンス隊が〝大陸最強の飛行艦隊〟といわれているのも、一因といえば一因か。

「では、砲台群を壊滅すればよろしいか」

 ついにアイザレン本土の軍参謀総長が、ほとんど脅しに近い催促をしてきたときの、自分の返答が思いかえされる。

 『ロヴァ』をもっていたのはさいわいだった。あれがなければ、艦隊ごと前進するはめになっていただろう。そうなれば、士団の部隊との戦いの前に、損害を受けることになる。

 光学透過戦闘機EP‐47、『ロヴァ』。

 視認できず、レーダーにもかからず、しかも爆撃用に兵装転換もできる。

 いまは五機しかないが、これが量産されれば、とてつもない戦力になる。

 ルケの持つ一機をのぞいて、わたしが持っているのは四機だけだ。

 そのわずか四機で、あのベアトリス砲台群を壊滅させるのに要した時間は、三十分。たったの、三十分だ。


 ──まあいい。なんにせよ、わたしもそろそろ焦れてきた頃合いだ。

 ルキフォンスは口元をおおう白銀のフェイス・マスク越しに、不敵な笑みを浮かべた。

 これで、戦線は押し開く。砲台群を失ったベアトリスは、兵力的にも精神的にもダメージが大きい。できればもうすこし、前線にいるこちらの軍を痛めつけてほしかったが。

 ルキフォンスの顔から笑みが消え、眉根にしわが寄った。

 ──アリのごとき下賤な輩が、われら中枢卿団にいやしくも意見するなど、その愚劣、必ず思い知らせてくれる。

「本隊を動かす」ルキフォンスは副官に凛とした声でいった。

「陣形はこのまま、味方軍の艦隊と距離をはかりながら、ゆるやかに前進せよ。ロヴァは途中で収容する。ケンサブル隊にもその旨伝えよ。二群並列で進む」

 針路000度、第一戦速前進、と副官がブリッジに命令を伝える。

「これで、軍部もおとなしくなりますかな」

 軍部の催促の対応に追われていた参謀長が、ため息まじりにいった。

 ルキフォンスはちらっと鋭い目をやっただけで、言葉をかけることはなかった。

 ──軍部など、いまはどうでもよい。

 ルキフォンスは、デスクのディスプレイのレーダーをにらんだ。

 感じるぞ、静導士の気配を。この、くぐもるようなうねり。おまえも感じるだろう? ケンサブル。ベアトリスは、これよりわれらが戦場となる。ほかの者は散るがよい。

 ルキフォンスの射抜くような視線は、レーダーをつらぬき、まだ見ぬ静導士の胸を、一線に突き刺すかのようだった。


   *


「なにもない空から、爆弾が降ってきたあ?」

 静導士団トップ・エース、アントラン・ユルトは、ディスプレイ越しにすっとんきょうな声をあげた。

「ベアトリスの基地司令部は、そういっているわ」

 と、静導士団・副団長メイナード・ファーは、ディスプレイに映るユルトに、まじめな顔で答えた。

 海上要塞ベアトリスにむけて北進する、両飛行艦隊の旗艦同士の通信だった。ベアトリスまでは百キロの地点にいて、あと一時間もしないうちに到着する予定だった。

「砲台群ふっとばされて、頭おかしくなったんじゃないの?」

 笑いながらユルトがいった。

「到着したら、ベアトリスに降りるわよ」メイナードは冷静に受け答えた。

「さっきの司令部の通信の感じでは、地上部隊はパニックになっているようだから」

「その前にベアトリスが落ちたら?」

「それでも、わたしたちは降りなければならない」メイナードがいった。「この意味、わかるわね?」

「ルキフォンスとケンサブル。不足はねぇよ」ユルトの口調が、すこし変わった。

「なんどもいうけど、ひとりで相手をしないこと」メイナードがさとすようにいった。「特に、ケンサブルと一対一になったら、全力で逃げること。いいわね?」

「……あんたが副団長じゃなければ、」ユルトが不愉快そうに顔をしかめた。「いまごろ、このディスプレイ叩き割ってるぜ」

「どうせ、通信が終わったら叩き割るのでしょ」メイナードはまた母親のような調子で受け流した。「備品はただじゃないのよ」

「ここまでゴタゴタ続きでイラついてんだよ」ユルトは荒っぽくいった。「説教はごめんだぜ」

 そういうと、ユルトは一方的に通信を切った。


 ──たしかに、ユルトがいらだつ気持ちはわかる。

 ディスプレイの通信終了の表示を見つめながら、メイナードは思った。

 本当なら、わたしたちは、今朝のうちにベアトリスに着いていたはずなのに、まるで見計らったように、次々と足止めを食ってしまった。

 あと数時間でも到着が早ければ、戦況は変わっていたかもしれない。

 メイナードは艦の長官個室のデスクに両肘をつき、組んだ手にあごを乗せて、憂い顔でここまでのことを断片的に思いかえした。

 リカルドにベアトリス行きをいいわたされたのが、昨日の昼。

 部隊の編成をすませて、進発しようとした矢先に、リディア殿下一行とリカルドへの襲撃で足止め。

 リカルドと連絡を取り、ようやく進発してアトリ海に出てみれば、今度は軍の、ベアトリス陥落を見越した二次防衛ラインで足止め。

 総司令部の許可のない艦は通せないの一点張りで、どうにか通過したときには、夜が明けていた。

 さらに局地的な荒天にも見まわれて思うように進めず、いまはもう昼。

 ユルトじゃなくても、わたしだって腹が立つ。


 思いかえすうちにいらだちがつのってきたメイナードは、デスクの椅子から立ちあがり、部屋の中をわけもなく歩きまわった。

 が、やがてメイナードは立ち止まり、息をつくと、頭を強く横に振った。

 いまは、中枢卿との戦いに集中しなければ。

 われら静導士のありようを歴史に刻みつけてきた、その刀がわれらであれば、かれらは刻まれる石板だ。

 メイナードは気をあらたに、壁際の槍立てに顔を向けた。

 そこには目を見張るような、異様な黒い大槍が、まがまがしい光を放って直立していた。

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