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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
34/142

女帝リリィ・エントール・6

 ──同刻。

 飾り気のない大廊下を行く者たちがいる。

 先頭には、貴族然とした装いの、男とも女とも知れないような、壮麗な若者。

 うしろには、浅黒い肌をした、美しい女。

 そしてふたりを取り巻く者たちは、みな同じ黒いマントで屈強な身体を包んでいる。

 ブーツの重い靴音が、その一団の威容に、いっそう近寄りがたいものを与えている。実際、その場にいる、あるいは行き来している兵士や士官たちは、かれらのすがたを見てとると、だれもが好奇といぶかしさのまざった、複雑な目をむけた。

 そんな衆目をいっこうに気にしない様子で、先頭の若者は前方の大扉にむかって、カツカツ、と規則正しく靴音を響かせ、肩まであるカールのかかった黒髪を波打たせていた。

 やがて大扉の前に来ると、まわりの者たちの中から二人が進み出て、左右の扉を押し開いた。若者が中に入ると、あとには女だけが続き、ほかの者たちは一礼をして、扉を閉めて去っていった。

 ふだんは、サロンとして使われている部屋なのだろう。厚手の絨毯に、シャンデリア。広すぎもせず、狭くもない。品のいい内装で、いかにもゆったりとくつろげそうな部屋だ。

 しかし、いまはとてもくつろぐ雰囲気ではない。

 調度品は片寄せられ、中央には、ロング・テーブルが置かれ、それを囲んでいる将官服の老人たちが、入ってきた二人に鋭い視線を送っている。

「スーラ元帥」

 若者は、そんな将官服の男の一人に、小さくうなずいてそういい、また別の男にむかって、「メキリ元帥」と同じようにあいさつをした。そして、ひとりだけ軍装ではない男にむかっては、「コーエン公」と言葉をかけた。

「ならびに将軍ご一同、ごきげんよう」

 近衛静導士団・首席隊長リミヤン・キュベルカは、ほかの者たちにも視線を送り、涼しい顔でいった。「キュベルカだ。よろしく頼む」

「アイゼン公」と、その場にいる者たち全員が、キュベルカに頭を下げた。

「その名は使わないでいただきたい」

 と、キュベルカはきぜんとした調子でいった。

「アイゼンは、すでに廃絶している。そうでなくとも、わたしは一介の近衛としてここにいる」

「では、キュベルカ卿」

 と、スーラ元帥と呼ばれた男が、その場を取り持った。

「さっそく、軍部と士団の方針のすりあわせを行いたい。敵軍は、」といって、スーラはロング・テーブルを指し示した。そこには、エントール東部の地図が広がっている。

「敵軍は、ここより北六百キロの地点に陣を構えている。もう明日にでも攻めてこようかという状勢であれば、われわれの間に隔意のないことを、確認しておきたい」

「了解した、将軍」

 キュベルカは薄くほほ笑み、威厳をたたえた表情で、全員を見わたすようにしてつづけた。

「軍部と士団の在りようのちがいは、ことさらいうまでもあるまい。だがわれらはいま、この戦場の同胞であり、われら二つを結ぶ線、これこそが戦線である。この思いに、一片のくもりもない。機関の隔意、これあるを認めはするが、このキュベルカは、軍部をないがしろにするつもりは毛頭ない。将軍ご一同におかれては、キュベルカの意を、どうかおくみ取りいただきたい。ともに正義を遂行せん、ただ、この一念のみである」

 その朗々とした声に、しばらく場が静まりかえった。

 やがて、「ただいまのご口上、」と、スーラ元帥がまた場を取り持った。

「まさに、皇国一丸の言と心得る。ご一同、この場にもはや、憂いはあるまい。委細の用件にかかるとしよう」


「ねえ、コーラ?」と、楽しげな声がする。

「あなたは、三人の中では、だれが好み? スーラ将軍と、メキリ将軍と、コーエン公」

「レザーン、またそんなことを」

 と困りきった顔で、キュベルカ隊副長コーラ・アナイスがいった。

 ここは、コーエン公領の首都ラメクにある、公爵の居城の貴賓室だ。さきほどまで作戦会議をしていた広間から、そう離れてはいない。

 城は小さいが、がっちりと角ばった灰色の石組で、いかにも堅牢な外観だった。ユーゼン公領やエイゼン公領と隣りあわせということもあって、長く二公戦争の火の粉にさらされた先代のコーエン公が、万が一にそなえて建造させたものだった。

 そんなわけで、とにかく防衛拠点としての用途をおもんじた結果、美しくもなんともない、ほとんど牢獄のような城ができあがったのだが、堅さは国内でも屈指という評判だった。

「あたしはねぇ、」と、レザーンがいたずらっ子のような笑みを浮かべていった。「やっぱり、コーエン公かな。おひげがチャーミングよね」

 一人掛けの椅子に座るレザーンは、テーブルのティーカップを両手で持って、胸元に引き寄せると、背中を丸めてそれに口を近づけた。

「お行儀が悪いわよ、レザーン」

 むかいに座るコーラは、姉のような口調でたしなめた。

 目の前にしているのは、上官の、リミヤン・キュベルカ本人だ。でも、いまはそうじゃない。その身に宿るもうひとりの人格、やんちゃなレザーン。いつもなにかいたずらを考えている、かわいいレザーン。

 コーラは、自分の注意も聞かずに、身体を丸めて紅茶を飲むレザーンのすがたを目にして、思わずふっと優しい笑みを浮かべたが、すぐにまた、もとのせつないような表情にもどった。

 『士団の秤』と称されるキュベルカは、ここにはいない。あるいは、エントール随一の名門、アイゼン公としてのキュベルカも。

 いや、名門だった、といったほうが正しい。あの軍議の場で本人が口にしたとおり、アイゼン公は廃絶した。キュベルカがかろうじて生き延びているのは、ひとえに、その特異な戦闘能力を買われたからだ。そして、わたしも。

「ねえコーラ、クイズよ!」

 レザーンがパッと顔を輝かせていった。

「スーラ将軍と、メキリ将軍と、コーエン公の、ここでの肩書を、正確にいいなさい。あたったら、ごほうびをあげるわ!」

「……スーラ元帥は、東部方面連合軍総司令、皇軍東方戦線司令」と、コーラは気乗りはしないものの、顔には出さずに、おだやかに答えた。

「メキリ元帥は、東部方面連合飛行艦隊司令長官、東方戦線総参謀長。コーエン公は、諸侯連合軍司令。……これでいいかしら?」

「あたり!」

 レザーンは椅子から跳ね上がると、コーラのもとに駆け寄って、ほほにキスをした。

「ごほうび!」うれしそうにそういうと、レザーンは鼻歌をうたいながら、窓辺に向かって歩いていった。

 昼の陽光が、部屋に差しこんでいる。はるか遠い海上要塞ベアトリスでは、激戦がつづいていた。

「……じゃあ、もうひとつクイズ」

 と、少しして、レザーンがふいに口を開いた。

「あの三人の中で、いちばん格上の人はだあれ?」

 コーラはかすかに眉をひそめて、窓辺のレザーンのほうを振り向いた。

 陽光を浴びて立つレザーンは、ほほえんでいた。が、それはどこか不穏な笑みのように、コーラには感じられた。

「三人とも、同格よ」コーラは答えた。

「あたり」

 レザーンはほほえんだまま、静かにいった。


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