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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
30/142

女帝リリィ・エントール・2

 昨夜と同じ動輪型のリムジンが、離宮に到着したのは、午後一時ごろだった。

 玄関の大扉からサヴァンが一歩足を踏み出すと、昼のすがすがしい陽光が、サヴァンの『知事』用の白い礼服をまぶしくさせた。

 あとにつづくリディアの、ゆったりとした紅色の正装も、いっそう晴れやかだ。頭はいつものように、三つ編みをきれいに一周させている。

 そして最後に、サヴァンと同じ白い礼服を着て、ウキウキとした表情のレダが姿を現した。

 いろいろと考えた末、サヴァンは、レダも謁見に連れていくことにしたのだった。

 両側に無造作に束ねただけの髪と、くっきり黒いアイラインに、まっ赤な口紅という、およそ拝謁にふさわしくないいつもの風貌を見ると、一抹の不安がよぎらないこともないが、おまえは残れ、なんていった場合の、レダの反応やその後のほうが不安だ。

 それに、なによりレダは、どうやら皇帝謁見をとても楽しみにしている様子なのだ。なんだかんだいっても、レダがしょんぼりするところなんか、見たくない。

 そんな三人を外でむかえたリカルドは、食堂で見たときと変わらず冴えない顔つきだったが、服装はあきらかに大礼用の、紫に金刺繍のローブに着がえていた。

 宮殿までは一時間ほどかかる、くわしい話は車中でする、というようなことを短く伝えるその声は、どこかしら心ここにあらずという感じだったが、サヴァンとしては、ちゃんとした会話をしたかった。

 この機会を逃がすと、今度いつこのリカルド閣下に会えるかわからない。戦争の状況を聞ける人間は、ここでは現状、かれしかいないのだ。

 レガン大陸全土に広がる、この大戦への危機感。それは日に日につのるばかりだ。故郷のリターグは、エントールは、おれたちは、いったいこれからどうなってしまうのか。とにかく、いまは情報がほしい。

 リムジンは、車内も昨夜とまったく同じだった。L字のロングソファーの、短い方にリカルドが一人で座り、長い方にサヴァンたちと数人の護衛が座るかっこうだ。

 襲撃のことを考えると、リカルド閣下とは別の車のほうがいい気もするけど、とサヴァンは考えた。でも、いざとなれば、このリカルド・ジャケイのそばのほうが安全かもしれない。なんといっても、大陸最強といわれる剣士なのだから。


 四人を乗せたリムジンは、幅の広い直線道路を、警護の車とつらなってひた走った。

 サヴァンはしばらく、車窓から街の様子をながめた。

 通行規制でも敷かれているのか、人も車も極端にすくない。だがそのおかげで、ラザレクの街並みがはっきりと見わたせる。

 それはリターグのような小さな町からは想像もつかない、目を見張る景観だ。

 びっしりと立ち並ぶ、高層の建物群。この大通りだけではなく、奥にまで延々と同じような建物が続いている。それでも、建物と建物の間隔が広く取られているおかげで、とても整然としていて、快適そうだ。

 ──こうして、ひと気のない広々とした空間を目にしていると、

 とサヴァンは思った。

 どこか心も、のびのびとほぐれていくような気がする。

 ……いや、もちろん気のせいだ。

 サヴァンはすぐに思い直して、固いつばを飲みこんだ。

 着なれない礼服以上に窮屈な空気の車内で、サヴァンはここまでたっぷり三十分、ひたすらリカルドと話す機会をうかがっていたのだ。

 しかし、くわしい話は車中で、といったはずのリカルドは、腕組みをして床を見つめたまま、ぴくりともしない。

 どうあれ、会話が必要だ。サヴァンは焦っていた。もちろん、拝謁のしきたりも聞かなければならないが、それよりもなによりも、戦況だ。

 サヴァンは心を決め、軽く咳ばらいをした。

「閣下」

 サヴァンはひかえめに声をかけた。

 反応がない。

 リディアとレダはこちらを振り向いたが、リカルドは微動だにしない。

「閣下」ともう一度。

 やはり反応がない。いろいろと心配になってくる。まわりの音が聴こえないほど、なにかに苦慮しているのだろうか。それとも体調がすぐれないのか。あるいは単に無視しているだけか。あるいは……

「閣下!」と、サヴァンは今度はやや強めに声をかけた。護衛の者たちも、リカルドに視線を向けている。リカルドは我にかえったような顔をして、すぐにサヴァンに目をやった。

「どうされた、サヴァン殿」

「拝謁の際の注意などを、お聞きする前に、」

 と、サヴァンはそれとなく、その話も忘れないように、とほのめかしてつづけた。

「いま起こっている戦争について、それなりに状況を知りたいのですが」

「……北方は、海上のベアトリス要塞で、敵の進攻を阻止している」

 低くいかめしい声で、リカルドは淡々と説明した。

「東方は、国境に近いラメクを拠点に、万全の防衛態勢が整っている。静導士団としても、精鋭を両戦線に投入した。したがって、アイザレン軍のこれ以上の進軍はありえない」

 まあ、型どおりの返答だな、とサヴァンは思った。大体は、昨日までに聞き知っていることだ。ただ、静導士団が両方の戦線に精鋭を派遣していることは初耳で、本当だとしたら、もちろん悪くない情報だ。

 リカルド閣下は、いうべきことはいったという様子で、また押し黙っている。これ以上、外患に関しての情報は望めそうにない。じゃあ、内憂に関しては? はっきりいっておれたちはもう、この国の内憂の被害をさんざんこうむっている。ユーゼン領での出来事しかり、昨日の襲撃しかりだ。

「閣下」

 と、サヴァンはふたたび切り出した。

「われわれは、リターグの『知事』として、リディア殿下をお守りする命を受けております。その意味で、このラザレクは、安全ととらえてよろしいのでしょうか?」

「昨日の襲撃に関しては、まだ調査中だが、」リカルドは先回りして答えた。

「今後あのようなことがないよう、全力を尽くす。リディア殿下にはどうぞ、お心安く、おすごしいただけますよう」

 姿勢を正したリカルドは、リディアに軽く頭を下げた。

「おそれいります」とリディアも丁寧に応じた。

「……さて、」

 と、これを機にという具合に、リカルドは自分から口を開いた。「さしあたって、今回の、帝とのご会談に関してですが」

 リカルドは言葉を選ぶような様子になって、すこし間をあけてからつづけた。

「……帝におかれては、あー、しきたりというものには、無縁であられる。したがって、ご会談にあたっては、特別な形式を踏んでいただく必要はありません」

「拝謁の際の形式がない、ということであれば」サヴァンがたずねた。「会談は、どういった流れになるのでしょうか?」

「それは、帝がその場でお決めになられる」

「では、なにか避けるべき話題などは?」

「……わたしにいえることは、」

 と、強引に話を終わらせる調子で、リカルドは答えた。

「陛下は、俗世の倫理や常識を、超越しておられる、ということです。ただし、みなさまの身の安全は、わたしが保証いたします。これは、一命にかけて誓います」

 そうして会話は断たれ、車内はシンと静まりかえった。

 リディアは、よくわからない、というような、とまどった顔をしている。

 レダは口の端をあげて、不敵な笑みを浮かべ、おもしろそうにしている。

 サヴァンは、また窓の外に目をやり、思わず顔をしかめた。

 ──いやな予感しかしない。

 この重大な時期に、わざわざリカルド閣下自身が、皇帝と自分たちとの気まぐれみたいな会談についてくる理由が、なんとなくわかった気がする。いまの短い話から察するに、どうやら皇帝は、だいぶ危険なおかたらしい。たとえば、気に障ることがあれば、相手がだれだろうと、さっと処刑を命じるような。

 ひとことでいえば、暴君、か。なるほどな、レダ。たしかに皇帝は、本当におまえに似ているのかもしれない。

 やがてリムジンは、ゆるやかな坂を上りはじめた。

 窓の外はいつしか高層建築の街並みが消え、殺風景な丘陵地帯になっていた。

 ほどなく、どこまでもつづいているような外壁が見えてきて、リムジンはその外壁の門を抜けた。

 そしてはるか前方に、女帝リリィ・エントールが住まう、巨大な宮殿がすがたを現したのだった。


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