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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
28/142

エンディウッケ・4

 マッキーバは走っていた。

 ふつうの者から見れば、風のようなスピードだ。しかしマッキーバからすれば、ほとんど歩いているも同然だった。

 それは、片腕に、エンディウッケをかかえているためではない。

 『ワニ』と『学者』の精神攻撃を受けて、力が入らないせいだった。

 カイトレイナの貧民街の角という角を曲がり、屋根という屋根を渡り、なんとかここまで逃げ延びてはきたが、それももう限界だった。

 二人組の気配は、まちがいなく近づいていた。


 強力な精神攻撃で、自我が崩壊しかけたところを、救ったのはエンディウッケだった。

 『ワニ』と『学者』は、おびえきっていたエンディウッケに、油断していた。

 エンディウッケは、もだえ苦しむマッキーバの前に、勇気をふりしぼって割り込み、二人組にむけて全力の精神攻撃をお見舞いした。

 虚を突かれた二人は頭をかかえてうずくまり、その間に、なんとか正気にもどったマッキーバが、とっさにエンディウッケをかかえて逃げたのだった。

 ──あれからどれだけの時間、こうして不毛な逃走を続けているんだ。十分か? それとも一時間か?

 時間の感覚だけではなく、方向感覚や判断力も低下している。しかし立ち止まるわけにはいかない。とにかく、走りつづけなくては。

 エンディウッケも息を詰めて、かかえられたままになっている。そしてそのうつろな目が、明白な事実を物語っている。

 奇襲はもう通用しない。捕まれば、やられるのだ。


 ひとつ屋根を飛び越えると、急にひらけた場所に出た。なにかの工場跡地のような、荒れはてた広場だった。その先は、旧式の動輪型の鉄道線路が見える。

 線路に沿っていけば、方向も定まる。ひとごみにまぎれることもできるだろう。

 ──でも、そうはいかない。

 マッキーバは、エンディウッケをそっと地面に降ろした。

 エンディウッケはよろけて倒れそうになりながらも、なんとかマッキーバのマントをつかんでこらえた。マッキーバは肩で息をしながら、剣を抜いた。

 前方に、『ワニ』と『学者』が立っていた。あたりにひと気はなく、鉄筋の廃屋に吹きすさぶ風の音が耳についた。

「おたがい、追いかけっこという歳でもないだろうに」

 と、『学者』がおだやかにたしなめる声でいった。その横で、『ワニ』がガコンガコンと口を鳴らしている。前とはちがい、合いの手をいれるようにではなく、耳障りなほど一人勝手に打ち鳴らしている。

「きみも、おいたが過ぎたな」

 『学者』がエンディウッケにいった。

 当のエンディウッケは、唇をかみしめてなんとかふんばってはいるが、腰が抜けかけているようだ。

 これでは、逃げろとも、戦えともいえない。マッキーバは思い悩んだ。同時に、自分がこの一件を甘く見ていたことへの後悔もにじんだ。

 単独行動はおれの十八番だが、今回ばかりは、部下を連れてくるんだった。

 『学者』がなにかの文言をつぶやきながら、片手の指をすらすらと動かした。そして、『ワニ』の口が不気味に閉じきった。

 マッキーバは荒い息のまま、覚悟を決めて、剣を構え直した。

 すぐに、『ワニ』の口が勢いよく開いた。

 エンディウッケはこらえきれず、地面にくずれ落ちた。

 マッキーバの精神は、ふたたび『ワニ』の口の闇に、なすすべなく捕らえられようとしていた。

 そのときだった。

 ゴウ! とすさまじい烈風が広場に吹きつけた。そして風で飛ばされた無数の砂利が、マッキーバの身体に弾丸のように当たり、かれは我にかえった。

「とってもユニークな集会ですこと」

 細身の剣を手にしたケイ・エルフマンが、いつのまにか、四人の前に立っていた。

「わたくしも、入れていただけて?」

 見れば、周囲はすでに卿団員たちが取り囲んでいる。

「ケイ、どうしてここに!」

 マッキーバはあっけにとられながらいった。「怪我は、大丈夫なのか?」

「わたくしより、自分の心配をなさったら?」

 高飛車にエルフマンが応じた。「あなた、見られた顔ではなくてよ」

「……なんだ、きみは?」

 派手な闖入者に驚き、『学者』は目を丸くした。豪快なパフ・スリーブの白いローブ、白いマント、長い金髪、居丈高な態度。

「……だれだ、きみは?」

 『学者』は再度、不審げにいった。

「見世物の打ち合わせだったのかしら?」

 エルフマンは問いかけに答えず、頭ごなしにそう返すと、見くだすような目を『ワニ』と『学者』にむけた。

「なら、この『白蛇』も、お役に立ててよ?」

「気をつけろ、ケイ」マッキーバがいった。「そいつら、実体がないかもしれん」

「あら、そうね」エルフマンは平然と答えた。「だって、透けてるもの」

 ──なに?

 マッキーバは二人組に目をむけた。たしかに、二人の身体を通して、向こう側がうっすらと透けて見える。どういうことだ? さっきまでは、こんなことはなかったぞ?

 マッキーバが眉を寄せる間にも、『ワニ』と『学者』の姿は、さらに薄くなっていった。

「あら、お帰りかしら?」

 そうエルフマンが口にした直後、二人は、跡形もなく消えた。

 まわりを囲む卿団員たちが、あたりを警戒する。

 しかしマッキーバとエルフマンは、警戒しなかった。反撃はない。かれらは、この場から完全に消え去った。二人の胸の内は、そう一致していた。

「わたくしのことを知らないような下っ端に手こずるなんて、ふがいなくてよ、マッキーバ」

 エルフマンはマッキーバに流し目を送って、そういった。

 ──妙だ。

 マッキーバは首をひねりかけた。

 あいつらは、まちがいなく、おれを中枢卿と知っていた。それなのに、大陸に知れわたるケイ・エルフマンを、知らないなんてことがあるか? 『ワニ』はともかく、『学者』のほうは、確実に知っていそうな雰囲気だったのに。

 ──いや、それよりも……

「……なぜ消えた?」

 マッキーバは、思わず声に出していった。

「逃げたのでしょう」

 ふん、と鼻を鳴らして、エルフマンが答えた。「どう見たって、勝ち目はありませんもの」

 ──そうだろうか?

 マッキーバの心は、もやもやしたままだった。

 おれには、なにか予期しない中断、という感じがした。映像が突然乱れて、とぎれるような。

「さあ、聞きたいことは山ほどあってよ、マッキーバ」

 というエルフマンの声で、マッキーバはひとまず、目の前の問題に取りかかることにした。

「まず、この子はなんなのかしら?」

 エルフマンはマッキーバを見たまま、エンディウッケをあごで示した

 エンディウッケは地面に倒れて動かない。どうやら気絶しているようだった。

 マッキーバは深く息をついて、苦い顔をした。

 さて、なにから話したものやら。

 そんな二人のまわりに、警戒を解いた卿団員たちが集まってきていた。


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