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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
24/142

魔都ラザレク・5

「男の寝屋に押し入るとは」寝起きのしわがれた声がする。「おまえも、よくよく好き者だな」

「おまえのしょぼくれた身体なんか、興味ないぞ」

 と、女のすずしい声がする。

「でも、ふぬけた寝顔はかわいかったぞ。おまえの死に顔として、楽しくおがませてもらった」

「よくここがわかったな」

 女の軽口を無視して、男がいった。「尾けてきたのか?」

「地図に載ってたぞ」女が答えた。「知らない街だから、探すのに手間どったけどな。それにしても、公邸にしてはむだにでかいな。あたしが国民なら糾弾するぞ」

「民衆には好かれるたちでね」ためいきまじりに男がいった。

「それで、この深夜になんの用だ? おれを殺しに来たか? いや、そうではないな。そんなことをすれば、いままでの苦労が水の泡だからな」

「あいさつのお返しにきた」

 と女はいった。「シャトル・ポートの襲撃は、おまえだろう?」

「しかし、わからんな」

 と、男は女の問いには答えずにいった。

「おまえは、なぜあれを助けようとする? おまえにとって、あれは最大の脅威ではないのか?」

「おまえには理解できないことだぞ。永久にな」

「なら、そろそろお引き取り願えんか」男はおだやかにいった。「明日からは、多忙をきわめるのでな」

「じゃあ今夜中に、この屋敷の片づけをしたほうがいいぞ」

 女がからかうようにいった。「お返しの物が、いっぱい転がってるからな!」

 その声とともに、女の気配がふっと消えた。

「リクドー」と、男がすぐにいった。

「始末しますか」どこからともなく別の男の声がした。

「いや、いい。それより邸内を片づけろ」

「片づけですか?」

「おそらく、護衛が全員やられている。明日の朝までに入れ替えておけ」

 は、と答えて、リクドーと呼ばれた男の気配が消えた。

 ひとりになった男は、おっくうそうにベッドに寝なおした。そしてすぐに、まるで何事もなかったように、寝息を立てはじめた。


 ──同刻。

 はるか眼下の、深夜の町の灯を、飛行艦の窓から見下ろす者がいる。

 個室の窓辺の椅子に、その若者はゆったりと座っていた。

 ひじ当てにひじをつき、手のひらにほほを乗せて、小指は唇に軽く当てられている。

 美しい顔立ちで、身体は細い。

 髪は首元まで伸びた豊かな黒髪で、ゆるやかにカールがかかっている。

 襟の大きく開いた黒い上着からは、白いフリル・シャツがのぞき、ひざまである黒いブーツの中に、ズボンが半分しまいこまれている。

 その服装といい、もの憂い顔つきといい、いかにも大貴族の嫡子という印象だ。

 ただひとつ、足元の床に無造作に置かれている、赤い鞘の太刀をのぞいては。

 部屋のドアをノックする音が聴こえても、その若者は反応を示さなかった。ノックは何度か続いたが、やがて止み、すこしして静かにドアが開かれた。

 入ってきたのは、浅黒い肌の、若い女だった。

 細かい飾り模様がほどこされた、スマートな黒いローブをまとっている。短い髪とせつなげな瞳が印象的な女だった。

 女は遠慮がちに、椅子に座る若者の様子をうかがうようにしてから、そちらに近づいていった。

「……キュベルカ様?」

 と、女はおそるおそるの声でいった。

 キュベルカと呼ばれた者は、ふっと我にかえって女に振り向くと、たちまち顔をほころばせた。

「あら、コーラ」

 男のものか女のものか、よくわからない声音だ。

「……レザーン?」

 コーラと呼ばれた女が、おずおずとそう呼びかけた。

「なあに?」

 からかうような笑みを浮かべて、レザーンと呼ばれた者はいった。

 コーラは心底疲れたというため息をついてから、

「キュベルカ様を呼んでちょうだい」といった。

「いいわよ」

 と、レザーンは軽く答えると、突然その身体が、細かくけいれんしはじめた。顔は白目をむき、まるでそのまま失神してしまうような、のっぴきならない表情に一変していた。しかし不思議と苦しげな様子ではなかった。

 ほどなくけいれんがおさまり、表情も落ち着いた。そしてその顔からは愛らしさが消え、かわりに深い威厳のようなものがあらわれていた。

「何用だ」

 声音はあいかわらず男か女かわからないようだったが、口調は顔つきに見あった、重々しいものになっていた。

「夜も、だいぶ更けてまいりましたので」コーラが目を伏せて静かにいった。

「見ればわかる」

 近衛静導士団・首席隊長リミヤン・キュベルカは、窓のほうに向きなおり、そっけなく応じた。

「明日にそなえて、お休みなられては、と思いまして」

「いらぬ世話だ」

 キュベルカは言下にはねつけると、鋭い眼光をコーラに向けた。「さがれ」

「ですが、明日はラメクの軍司令部にも、顔を出さなければなりませんし……」

「さがれ」

 ひややかな口調で、キュベルカはくりかえした。

 キュベルカ隊副長コーラ・アナイスは、一礼すると、悲しげな顔で部屋を後にした。

 キュベルカは、またさきほどの姿勢で、窓の外を眺めはじめた。

 もの憂い表情は、いつまでも変わらなかった。


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