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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
22/142

魔都ラザレク・3

 宿泊先の離宮に向かう車の中で、リカルド・ジャケイは、到着早々襲撃に見まわれた三人に、重苦しい声で謝罪をすると、あとは無言になった。

 乗り合わせた三人も、あまりのできごとに言葉もなかった。

 車は優雅なリムジンで、L字のロング・ソファーがしつらえてある。

 長いほうのシートにサヴァン、レダ、リディアがならんで座り、短いほうにリカルドが座っている。何人かの護衛も同乗していた。

 いまの襲撃のあれこれで混乱しているサヴァンには、古めかしい動輪車への興味はもちろん、重い沈黙に対する気まずさすら感じる余裕はなかった。

 ──そもそも、だれを狙ったのか。リディア? リカルド? それとも両方?

 リカルドの、岩のようにむっつりだまりこんだその様子には、なにか思いあたるふしがあるように見える。

 なんにせよ、こちらは戦争の状況やらラザレクのことやら、いますぐにでも知りたいことが山ほどある。このままだんまりを通されても困るのだ。

 サヴァンは、思わず舌打ちをしたくなった。

 わからないことが多すぎる。

 レダのこともそのひとつだ。車に乗る前に問いただしてみたが、あいまいなことをつぶやくだけで、あとは一人でなにやら考えこんでいる。こんなに煮えきらないレダははじめてだから、よけいに心配になってくる。

 ──その点、リディアは落ち着いているな。

 と、サヴァンはとなりのリディアにちらっと視線をやった。

 表情は硬いが、強い目をしている。名族ナザンの王女にふさわしい目だ。

 そんなリディアを見ると、まるで自分やレダが、逆にリディアに護られているような、不思議な心地がする。

 ──悪い気分じゃないな。

 そんなことを思って、サヴァンが苦笑をこらえているうちに、車は、離宮の正門を通りすぎた。


 離宮に着くなり、リカルドはいんぎんに辞去のあいさつをして帰っていった。

 襲撃の調査、保安体制の見直し。リカルドの口から出たそんな言葉に、サヴァンたちは深くうなずくしかなかった。

 それに、敵の狙いがはっきりしない以上、リカルドとリディアは離れていたほうがいいだろう、とサヴァンは思った。少なくとも巻き添えは避けられる。

 警護の者たちは残っているし、この屋敷も頑丈そうだ。そしてなんといっても、リディアには自分とレダが付いている。リカルド閣下には閣下の仕事に集中してもらうほうがいい。

 屋敷の中に入った三人は、建物の管理官に導かれ、貴賓室がならぶ二階にあがった。

 当然、部屋の割り当てになる。そして当然、レダはリディアの護衛として一緒に泊まり、サヴァンは別の部屋に泊まるはずだった。

 しかし、その割り当てを決める段になってレダがいったことに、サヴァンはあぜんとした。

「サヴァン、今日はおまえがリディアと泊まれ」

「……え?」

 そばにいるリディアも驚いた顔をしている。

「よかったな、ひとつ貸しだぞ」

「ちょっとまて」サヴァンはあわてていった。「なにをいってるんだ、レダ?」

「あたしは今日、街に用事がある」

 と、レダはきっぱりといった。

「明日からは交代してもいいし、しなくてもいい。それは、今夜のおまえたち次第だな!」

「やめろ」レダの下品な冗談を受けて、サヴァンは真顔でいった。「で、なんなんだ、その用事っていうのは」

「サヴァン。女が、用事っていってるんだぞ?」レダはジッとサヴァンの目を見て、さとすようにいった。「黙って好きにさせるのが、男のエチケットってもんだ。そうだろ、おまえ?」

 レダは管理官に話を向けた。

 はあ、まことにその、なんと申しますか、と、いきなり話を振られた管理官の老人は言葉をにごした。

 ふざけるなよレダ、とサヴァンはもう少しで声にしかけた。初対面の老人をおまえ呼ばわりするやつに、エチケットの話なんかされてたまるか。

「男だ女だの話をしてるんじゃない」

 サヴァンは語気を強めた。

「護衛としての話をしてるんだ。好き勝手に行動されたらこまる」

「……嫌なのか?」

 レダが上目づかいでサヴァンを見ていった。「そんなに、リディアのことが嫌いか?」

「おい、話をすり替えようとしてもだめだ」サヴァンは即座に答えた。

「おまえには、行動を説明する義務がある。ラザレクに来てからのおまえは、なんか変だぞ? いったいどうしたんだ?」

 リディアや管理官がかたずをのんで見守る中、レダはサヴァンから目をそらして、しばらくだまりこんだ。そしてサヴァンに視線を戻すと、しかたない、という風に首を横に振った。

「この手だけは、使いたくなかったぞ」

 レダはあごを少し上げて、サヴァンに挑むようにいった。

「あたしは不本意だ。すごく不本意だぞ」

 ……ほお、力づくということか。

 サヴァンの神経が、ひとりでにざわつきはじめる。

 レダの、濃いアイラインの目が、猫のようにサヴァンをにらみつけている。

 こいつとやり合うのは、ひさしぶりだ。

 サヴァンは、いやおうにも高ぶる気持ちをおさえられなかった。そして思わず、不敵な笑みを浮かべかけた。

 その瞬間、レダが動いた。

 サッ、と一陣の風になって、サヴァンに突進する。

 ──しまった!

 サヴァンは狼狽して、目を見開いた。

 一秒にも満たない間に、サヴァンの胸に思いが駆けめぐる。──もう、この時点で勝負はついた。おれは、あまりに昂奮しすぎて、レダが動く気配を見逃した。剣を抜くひまもない。もちろん、これは命のやりとりじゃないけど、レダは容赦しない。やりたい放題、やるだけだ。だからあいつは、いつまでたってもエースになれないんだ。

 眼前にせまったレダの、手痛い一撃を覚悟して、サヴァンは全身に力をこめた。

 と、レダは、そんなサヴァンの横をすさまじい速さで通り抜けていった。

 そして静寂。

 ……あれ?

 サヴァンはぽかんとした。リディアや管理官にいたっては、まばたきもしない間の出来事だったから、なにが起こったのかすら、まだ気づいていない。

 サヴァンはすぐに、レダがいった〝使いたくない手〟がなんだったのかを理解して、あっけにとられた。

 ──あいつ、逃げやがった……


 紅色のじゅうたんが敷きつめられた床。

 同じような色の、ふかふかのソファーやカーテン。

 どこからともなくただよう、バラの香り。

 壁や天井は、一面に見事な彫刻がほどこされている。

 シャンデリアやあちこちの間接照明は、その貴賓室の居間を、さらに幻想的なムードにしている。

 サヴァンはカーテンを少し開けて、夜の景色を見るともなくながめていた。

 実に落ち着かなかった。

 理由はいろいろある。しかし目下の理由は単純だ。あろうことか、このムード満点の部屋に、おれはリディアと泊まることになってしまったのだ。

 そのリディアはいま、バス・ルームで長旅の疲れをいやしている。

 いいかサヴァン、とサヴァンは自分の心にいい聞かせた。理性だ。つねに理性を、忘れないように。

 部屋の中はシンとしていた。そして理性という言葉とはうらはらに、サヴァンの神経は知らず知らず、遠いバス・ルームのほうに向けられているのだった。


   *


「……なるほど、これはこれは」

 男の声がする。若い声ではない。

 暗い部屋の中だ。男は椅子に座り、正面の壁にはめこまれた巨大なディスプレイに見入っている。

 映されているのは、あのシャトル・ポートでの襲撃の様子だった。上空から撮られたもので、ディスプレイの画面は分割され、さまざまな光景を映し出している。

 男は、その分割画面の、ただ一つにだけ目をとめていた。

 そこには、ひとりの人間の立ち姿がある。

 白い詰襟とスカート、両側で結われた長い黒髪、濃い化粧。

「いやはや」と、男はため息まじりにいった。

「ビューレン様、ナードとヤードが帰還しました」

 男の背後で、別の男の声がした。

「わかった。……さがっていいぞ、ゴドー」

 ゴドーと呼ばれた男は、は、と短く答えて、その場を後にした。

 ビューレンと呼ばれた男は、椅子に深く座りなおし、長いため息をついた。

 その目はいつまでも、ディスプレイに映るレダ・リュッケをとらえたままだった。


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