魔都ラザレク・2
飛行艇を降りた三人のもとに、数台の車が近づいてきた。反重力のフロート・タイプではなく、タイヤがついている。動輪型の車は、戦車と同じく、ほとんど見かけなくなったのだが、式典や儀礼などでは、こういった古式なものも使われることがあった。
三人の前で停車した車の中から、何人もの男女がすばやく飛び出してきた。そして警護の配置につく。
完全武装で銃器を持った者もいれば、軽装で帯剣している者もいる。全員が一流の警護だということは、サヴァンやレダでなくても、一目で感じられる。
最後に、それまでの警護の者たちとはまったくちがう雰囲気の男が車から出て、三人に近づいてきた。
グレーの生地に金の刺繍が入った、大礼服のようなローブをまとった、初老の男だ。
長髪をきっちりと後ろにまとめ、白い石をあしらった髪留めをして、その髪留めからさらに白い石が、額飾りとして下がっている。
どう見ても位の高い人間だ。サヴァンは身体が縮こまる思いがした。位が高いといえばユーゼン公もそうだったが、まるで威圧感がちがう。そして、この男の身のこなしは、かれ自身が一流の戦士であることを、はっきりと示している。
男は三人の前で立ちどまり、軽く一礼した。
「静導士団団長、リカルド・ジャケイと申します」
と、男はよく通る声であいさつをした。「殿下には遠路のご足労、まことにおそれいります」
「リディア・ナザンと申します。リカルド殿」
リディアは凛と答えた。
「このような亡命の身、お受入れいただき感謝申し上げます。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」
「国民、および陛下にかわりまして、心より歓迎申し上げます」
リカルドはそういって、サヴァンとレダに顔をむけた。
「『知事』のおふたりも、ようこそ参られた。ユーゼン領でおかけしたご迷惑については、皆さまに、またあらためて謝罪させていただく」
「いえ、とんでもございません、閣下」
緊張しきったサヴァンは、軽く頭を下げて、そう答えるのがせいいっぱいだった。
リカルド・ジャケイ。
レガン大陸で知らない者はいない。近衛静導士団団長として、そして大陸最強の剣士として、その勇名は、エントール皇国の威信だ。国外では、エントールといえば、皇帝よりも先に、この男の名前が挙げられる。
──なんてたいそうなお出迎えだ。
サヴァンは、またリディアといんぎんな会話をはじめたリカルドを、それとなく見やった。
たしかに、ナザン王女のリディアは、国賓にはちがいない。でも本当にそれだけで、わざわざ静導士団の団長が出向いてくるのか?
もやもやとしたサヴァンは、無意識にレダに目をやった。
レダは頭のうしろに手を組み、だらけきった格好で、なんの興味もないという風に、リカルドとリディアの様子をながめている。
あいかわらずだな、とサヴァンはたちまち別のことが気にかかってきた。レダとは一度、きっちりと話をする必要がある。万が一、皇帝に謁見なんてことになったら、おまえは急病で寝こんだことにするからな。
リカルドとリディアの会話はほどなく終わり、一同はリカルドに先導されて、車のほうに向かっていった。リカルドの話では、宿泊先はここから見えるあの大屋敷で、そこは貴賓用の離宮らしい。
「保安も万全、整え申します、殿下」
と、リカルドが口にした、そのときだった。
かすかに風を切るような音がして、直後に強烈な爆音が起こった。
なにを思うよりも先に、サヴァンはリディアのもとに駆け寄り、肩を抱きかかえるようにしてかがみこんだ。
警護の何人かが地面に倒れている。立っている者たちは、すばやく、リディアとサヴァン、そしてその前にいるリカルドを護る隊形を作った。
ふたたび風を切る音がして、すさまじい爆音がつづいた。
サヴァンとリディアはとっさに身を伏せたが、ほかの者は、だれも動かない。
警護の者たちは隊形を維持して、いまの攻撃がなかったようにあたりを警戒している。
その理由は、サヴァンにもすぐにわかった。
よく見ると、青白い光の膜が、自分たちの周囲をドーム状におおっている。エネルギー・シールドだ。
光は、ドーム全体にチリチリと電気を走らせ、やがて青白い色が消え、透明になった。
攻撃を受けて、一時的に変調したんだろう、とサヴァンは、リディアとかがみこんだまま思った。
リカルドと対面したときから、このシールドは作動していたにちがいない。でもあまり広範囲をカバーするものではないらしい。少なくとも、警護の者が全員入れる広さではなかったということだ。
三度目の攻撃にそなえ、周囲の空気が張りつめる。リカルドはひと言も発しない。ぶぜんとしているというか、きぜんとしているというか、と、サヴァンはその表情をうかがいながら、胸の内でつぶやいた。まあたぶん両方だろう。ともあれ、このくらいの大人物になると、なにがあってもその威厳にスキを見せられない。たいしたものだ、とサヴァンは思わず感心した。
二度目の攻撃から間隔があき、どうやら三度目はなさそうだと、サヴァンは息をついた。そして、姿の見えないレダを探した。といっても、たいして時間はかからなかった。レダは、最初に攻撃を受けた地点に、堂々と立ちつくしていたのだ。こちらに背を向けて、両手を腰にあて、なにかジッと遠くに目をこらしているようだった。
──どうしたんだ、レダ?
サヴァンは心の中で語りかけた。
リディアを守るのは、自分たちしかいない、そういっていたじゃないか。それがよりにもよって、こんなときに護衛の任務をほうりだして、なにを突っ立っている?
サヴァンはレダから目をそらすと、苦い表情になった。
──なんにしても、ユーゼン公の言葉は正しかった。
……ラザレクは、安全じゃない。
なまぬるい夜風が、汗をかいたサヴァンの身体には、冷たく感じられた。
「なんでなんで?」
スナイパー・ライフルのスコープをのぞきながら、少女はすっとんきょうな声をあげた。
「シ、シ、シールドだ」吃音の男がいった。
「ずるいずるい!」だだをこねるような口調で少女がさけんだ。
「て、撤退だ。ラ、ライフルをしまえ」
男がいうと、少女は不満そうにうなりながら立ちあがった。そして二十キロはある巨大なスナイパー・ライフルを、片手で軽々と持ち上げると、近くに置いてあった、開け放しの重厚なケースにどさっと投げ入れた。三脚をつけたままのライフルがすっぽり入る大きなケースだ。
少女はふたを蹴りつけて、ケースを勢いよく閉めると、今度はその、大の男でも持ち上げるのに苦労する重さのそれを、ポンと蹴り上げた。
ケースは宙に、高々と上がった。少女はそれを片手で楽々と受け止めると、取っ手をつかんで、背中にまわすようにして持った。
その間、男は屋上のへりに立ち、眼下の様子を静かに観察していた。
やがて男と少女は、反対側のへりに向かった。そして十メートル以上離れたとなりの建物の屋上めがけて、なんの躊躇もなく跳んだ。
その屋上に降り立つと、ケースをかついだ少女は、フッとキャンディ・スティックを地面に吐き捨て、さっさと次の建物に向かっていった。
男はすこしの間、あたりの気配をうかがうように立ち止まっていたが、やがて少女のあとを追って、ゆっくりと歩いていった。




