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レガン戦記  作者: 高井楼
第一部
16/142

ハイドスメイの攻防・2

「つまりさぁ」と、椅子にふんぞりかえっているルケ・ルクスが、とぼけた声でいった。「ぼくの寝坊のおかげで、敵はぼくがここにいることを知らないんだよ。感謝してよ、ケイ?」

 ケイ・エルフマンは立ったまま、おそろしい目でルケをにらみつけていた。そのうしろにひかえているピットも、冷やかな顔でルケを見下ろしている。

 コーデリアとエアハルトが気配を察知する、一時間前のことになる。

 エルフマン艦隊の旗艦オステアの作戦室には、かれらのほかにも、おもだった士官や参謀たちの顔があった。そんな中で、まったく悪びれもせず、ときおりあくびまでするルケに、エルフマンははらわたを煮えくり返らせていた。

 ──人の苦労も知らないで、このガキ!

 ここ数日の奔走が、頭の中をかけめぐる。

 リディアという娘を取り逃がし、この中央戦線に合流してみれば、ふがいない軍部の連中は、まだハイドスメイでうろうろしている。おかげで温存しておきたかった第十六師団を、ナザンから呼び寄せるはめになった。

 しかも昨日は昨日で、一時間以内に合流しろ、といっておいたはずのルケが、待っても待っても来ない。

 督促の連絡をしてみれば、寝ている、という部下の返答。起こせ、と怒鳴っても、寝起きが悪いと殺される、とおびえて話にならない。

 多忙をきわめる自分が、夜おそくに、ようやくルケをたたき起こしに行ってみれば、ルケの飛行艦隊はなんの準備もしていない。

 怒り心頭、歯ぎしりしながら、まだ寝ぼけているルケの腕を引っぱり、自分の乗ってきた飛行艦に押しこんで、その後オステアに乗艦させてみれば、あてがわれた部屋のベッドに倒れこんで、また眠りこむ始末だ。

 あおむけで寝息をたてるルケを見下ろしながら、剣を抜きかけた自分の姿が、まざまざと脳裏をよぎる。

 そして一夜明けて、とっくに正午もすぎた現在。会議中のこの作戦室に、ふらっと普段着でやってきたこのガキは、寝ぼけまなこで「おはようさん」なんていいくさった。

 ──まあ、たしかにルケのいうことも、一理あるけど。

 エルフマンは煮えたぎる胸の中で、かすかに思いをめぐらせた。

 怒りで声が震えるエルフマンの責任追及の言葉をうけて、たったいまルケ・ルクスがいったことは、自分の艦隊がいなければ、前線に中枢卿団の隊長が二人いるとは思わないだろう、ということだった。

「それに、寝起きでぼんやりしてるから、『知事』にも気配をさとられない」

 と、ルケは得意げにつづけていった。

「つまり、ギリギリまで、だれにも警戒されないってわけ。これ、全部計算のうちだから。きみらとぼくとじゃね、ここの次元がちがうのよ」

 ルケはこめかみを人さし指でとんとんとたたいて、目の前に立つ、殺意の形相のエルフマンに、いたずらっぽくほほえんだ。

「どのみち、あなたひとりが来たところで、なんの役にもたたなくてよ、ルケ」

 エルフマンは低い声でいった。

「ぼくひとりだって?」と、ルケはきょとんとしていった。

「機体も運んでくれたよね? 頼んでおいたでしょ?」

 たしかに昨日、かれはエルフマンに連行される際に、戦闘機を一機、一緒に運ぶように頼んでいた。ずんぐりとしたエイのような、風変わりな機体だった。

「あなた、あれで単機突入でもするつもりかしら? よろこんで見送らせていただくわよ」

「見送るって、そんな」と笑いながらルケはいった。

「ぼくら、ふたりであれに乗って、単機突入するんだよ?」

 作戦室の中は、瞬時に色めき立った。

 ルケは、いかにも面倒そうにためいきをついた。

「あれはね、『ロヴァ』だよ。光学透過戦闘機、『ロヴァ』だ」ルケはいった。

「最新鋭の制空機だけど、もちろん、知ってるよね?」

「あれは……」エルフマンは一瞬、言葉を失った。「あれは、ルキフォンスの部隊に配備されているはずでしょう?」

「そう、きみが欲しがってもらえなかった、あれだよ」

「なぜあなたが……あれを持っているのかしら」

「秘密」

 作戦室はもはや、険悪を通り越して、混乱の空気になっていた。

 ──『ロヴァ』。

 ざわめきの中で、エルフマンは思いをはせた。

 アイザレンが、国力をあげて開発した戦闘機『EP‐47・ロヴァ』。

 メタ・マテリアルを駆使して、機体にあたる光を透過できる画期的な戦闘機。

 ようするに、透明になれるのだ。

 もちろん、赤外線その他のステルス性も抜群。ただしコストが高すぎて、いまは五機しかない。

 そしてそれらはすべて、西部戦線の中枢卿、ルキフォンスが持っているはずなのだ。

「仮に、あれが『ロヴァ』だとして、」

 と、エルフマンは気を取りなおしていった。

「なぜわたくしが、同乗しなければいけないのかしら?」

「ぼくひとりで、『知事』のエース格ふたりの相手はきついよ」と、ルケは苦笑いして答えた。「それに、きみもあれに乗ってみたいでしょ?」

「『ロヴァ』があるなら、なぜ早く前線にお越しにならなかったのです?」

 と、たまりかねてピットが口を出した。

「せめて、昨日のうちにお話しいただくべきことだ。それをあなたは」

「うるせぇな」

 ふいに、ルケの声音が変わった。

「ザコが口をはさむんじゃねぇよ。殺すぞ、てめぇ」

「おやめなさい!」と、エルフマンがうんざりした声で割って入った。

「急いては事を仕損じる、ってね」ルケはたちまち軽口の調子にもどっていった。「英気を養うのも仕事のうち。特にぼくなんかは、ほら、頭を使うから」

「『知事』の相手ならする、あなた、そういったわよね?」

「うん」

「つまり、『ロヴァ』で『知事』のいる艦に乗りこんで、討ち取る。そういうことね?」

「そういうこと」ルケは両手を頭のうしろに組んで、大きく背伸びをした。「ぼくは『知事』以外はどうでもいい。戦争はあんたらにまかせるよ」

「閣下、絶対にいけません!」

 と、ピットがエルフマンにつめよった。

「ハイドスメイが陥落すれば、敵艦隊も撤退します。むやみに追う必要などありません」

 その場にいる参謀やほかの士官たちも、一斉に同意した。ルケは馬鹿にしきったような笑みを見せて、その様子をながめていた。

 エルフマンはルケの前に立ったまま、視線をそらして、しばらく考えこんでいたが、やがて一つ息を吐くと、見くだすような目をルケにやっていった。

「いいでしょう」

「いけません、閣下!」と、ピットが思わず声を荒げた。

「どうしてもというなら、『ロヴァ』で敵艦をたたけばいいだけの話ではありませんか! わざわざ閣下が敵の懐に入るなど、論外です!」

「わたくしは軍人ではなく、中枢卿です」

 エルフマンはピットを振り向いていった。

「『知事』がいるのなら、その相手をするのは、中枢卿の本分。討ち取れば、団長にも顔向けができます」

「お気持ちはわかります。しかし……」

「あなたは師団長として、ひきつづき師団の指揮をとってちょうだい」

 エルフマンはきっぱりそういうと、思いがけず晴れやかな笑顔を、ほかの者たちにむけた。

「みなさんも、移乗攻撃の作戦を至急たててくださいな。撤退される前に出撃しますから」

「卿団の本懐、ここにありだね」

 ルケは冗談めかしてそういうと、椅子から立ちあがった。

「準備ができたら呼んで。部屋にいるから」

 そうして、入ってきたときと同じように、ふらりと作戦室を出ていった。

「あの男、我慢できません」

 ピットが首を横に振りながら、断固としていった。ほかの者たちは、エルフマンの判断にとまどいながらも、テーブルを囲んで作戦の立案にかかっていた。

「いいのよ、ピット」

 と、エルフマンはピットにささやいた。

「いい考えが思いついたのよ。すごくいい考え。それに、前にいいましたわよね? ここはわたくしの戦場。ルケの好きにはさせないわ」

「部下をつけます」

「必要なくてよ」

 とエルフマンはいって、意味ありげにほほえんだ。「そのほうがやりやすいの」

「……わかりました」

「あなたのいいところはね、ピット、しつこくないところよ」

 エルフマンはいたずらっぽくピットの耳元でいった。「どんなときでもね」

 ピットはぶぜんとした表情を崩さず、また首を横に振った。そして、作戦テーブルのほうに歩いていくエルフマンの背中を見やって、長々とためいきをついた。

 一時間後、ルケとエルフマンを乗せた『ロヴァ』は、旗艦オステアを発進した。

 こうして、リターグの支援艦隊の旗艦に乗りこむ、〝移乗攻撃〟作戦がはじまったのだった。


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