覚醒と幕引き・16
超戦艦リターグの艦影は、ぐんぐんと大きくなり、やがてその巨大なかたちを現わし、市街地の上空で停まった。
あたりの砲声はまばらになっていて、それは市街地の攻防の収束がつきかけていることを示していた。
石の平地にいる者たちは、みな前方の空にあるリターグを見あげた。リターグはなんらかの意志をもって接近したのであり、その意志は、この場にいる者たちだけに向けられている、とだれもが感じた。
ほどなく、市街地上空で静止したリターグから、一隻の両翼型の降下艇が、サヴァンたちのほうに向かってきた。
降下艇は、サヴァンたちのそばに着地し、すぐにハッチが開かれた。
中から現れたのは、黒いローブをはためかせた、ジオ・レドムだった。かれはサヴァンのすがたをとらえると、大股でまっすぐサヴァンのもとに歩いていった。そして立ち止まると、片膝を付いて、頭を垂れた。
「覚醒の成就、まことにめでたく存じます、団長」
「ありがとうレドム、世話をかけた」サヴァンはいった。「立ってくれ」
レドムは立った。目にはうっすらと涙がにじんでいた。
「団長、この世界の建造を担当したのは、レドムです」
オービットが口を挟んだ。「レドムが中心となって、国々を作りました」
「そうだったか」サヴァンは、慈愛をこめた目でレドムを見た。「長くかかったろうね」
はい、とレドムは、万感をこめた声でいった。
「レドム、市街地はどうなっている」ヴァンゼッティがいった。
「ほぼ決着した」レドムはヴァンゼッティに顔を向け、うなずきながらいった。「もうすぐ市街地は占拠される」
「あとは、成り行きだな」とヴァンゼッティは、ぽつりとつぶやいた。
「レドム」
と、サヴァンがあらたまった調子でいった。
「エアハルトやコーデリアの遺体、引き取れないだろうか」
「どうでしょう」あいまいにレドムは答えた。「一応、手は尽くします」
「頼むよ」
サヴァンはそういうと、一人になったような顔で、空を見あげた。「わたしの手で、とむらいたい。かけがえのない友人だった」
「クイラ・クーチも捜索します」レドムはいった。「彼女は逸材です。卿団にとって、大きな力となります」
「そうだね。我々はこの日のために、多くの仲間を失った」
サヴァンは空を見たままいった。
「いまでははっきり思い出すよ。ケンサブル、ルケ、ルキフォンス。本当に長い間、わたしとともに戦ってくれた」
と、そのとき、リターグとは反対方向の空に、ひとつの艦影が現われた。
それは見る間に、重いうなりをあげながら近づいてきた。
サヴァンたちがふり仰いでながめる目の中で、その一隻の戦艦は、影からかたちに変化していった。
それは、リターグと同じくらい巨大な戦艦だった。一面黒い装甲で、船首が長くとがった、その凶悪な獣のような超戦艦は、サヴァンたちのすこし前方の上空で静止し、そこから降下艇が近づいてきた。降下艇も、黒く鋭角的なかたちをしていた。それらはこの大陸の風景の中で、ことさら異質なものに見えた。
「さて」
と、レダが勢いよくいった。
これまでまったくサヴァンに興味がない様子で、この集まりも自分には場違いだ、というようにだまっていた彼女は、いまあぐらを崩しておもむろに立ちあがると、またふっと苦い笑みを浮かべて、サヴァンを流し目で見た。
「レダ・リュッケ」
サヴァンは、神妙な顔でいった。
「反次元の支配者のきみが、なぜわたしを助けてくれたのか、その理由は聞かないよ。あるがままに受けとめよう」
「そうするがいい」
レダは、からかうように笑っていった。
「もとより、おまえにはわかりえぬこと。闇の門が閉じているかどうか、それは光のほうからはわからぬ。だが闇からは、光のおかげでわかる。そういうことだ」
「また会えるね」サヴァンは、ふっと笑っていった。
「会うのだろう」レダはひとごとのようにいった。
降下艇は、すこし先のところに着地していた。白いローブをまとった、あごひげの長い初老の男が、黒い奇怪な装甲をまとった二人の者に守られるようにして、飛行艇の前に立っていた。
「では」と、レダは短く別れを告げた。
「うん」と、サヴァンはうなずいた。
レダはスッと後ろを向き、飛行艇のほうへ歩いていった。それからふと身をひるがえすと、まだこちらを見ているサヴァンに、ニヤリ、と、この大陸のレダらしい笑みを浮かべた。
「その顔も悪くないぞ、サヴァン!」
レダは子供のように声を弾かせ、すばやく向きなおると、飛行艇の元に足を運んだ。そして、白いローブの男がうやうやしく差し出した紫色のマントを手に取って、それをバッと力強くひらめかせて身にまとうと、飛行艇の中に、すがたを消した。
サヴァンは、飛行艇が巨大な飛行戦艦に吸いこまれていくのを見た。そして戦艦が、リターグの上空を越えてすれちがうのを見て、遠ざかっていく戦艦の背を見た。
「闇を統べる女帝と、手を組む日が来るとはな」同じように見あげているオービットが、ひとりつぶやいた。
やがてサヴァンは、仰ぎ見る顔を、そのままマレイに向けた。マレイは巨像のように鎮座して、皆とは反対方向の地平線を見すえていた。
「マレイ」
サヴァンはいった。マレイは大きな顔をサヴァンに向けた。
「きみと会うのは、いつ以来だろうね」
「長イ間ダ」深い声でマレイはいった。「長イ長イ間ダ」
「お礼をいうよ。ありがとう」
マレイは、サヴァンをじっと見つめた。そして再び顔をあげ、地平線に目を戻した。
サヴァンは、そのマレイの前を通り、カザンの立つ場所へと歩いていった。
「きみにも礼をいうよ、ウリア・カザン」サヴァンは、カザンの前に立ち止まっていった。
「礼には及ばん」平静な声で、カザンはいった。
「高次のきみやマレイにも、わたしを助けてくれた理由を聞くのは、失礼な気がする」
「われらの思考は、低次元のおまえたちには理解できん」
「レダにも同じことをいわれた」サヴァンは笑っていった。
「われはおまえを救うこともできれば、救わないこともできる。その選択に意味はない」
「またいつか、きみたちの力を借りることがあるかもしれない」
「われは存在するときにだけ存在する。未来も過去もない」
「これからどうする?」サヴァンが聞いた。
「われはここに残る。ビューレンの悔しがる顔を見たい。まだ遠くに行っていないといいが」
「ビューレンか」
サヴァンはそうつぶやくと、そのすがたをとらえようとするかのように、無意識に遠くを見わたした。
市街地の郊外の端にある、一本の道で、ビューレンとメッツァは向かいあって立っていた。
まばらに建物がある、さびれた場所の大通りだった。徐々に大きくなる戦闘の音が、もう市街地の陥落が間近なことを知らせていた。
その中で、ふたりは険悪な空気に張りつめた顔で、互いをにらみあっていた。
「もう一度いってみろ」ビューレンが低い声でいった。
「あんたじゃ元からだめだった、っていってんだよ」
憎々しげにメッツァがいった。「あんたはマザー・キーに触る資格がなかった。あんたじゃだめだったんだよ。結果がそういってる」
「ただ単に物理的な問題だ」ビューレンは怒りをおさえながらいった。「やつのほうが早く触れたというだけのことだ」
「それがあんたらのいう、正次元の秩序ってやつなんだろ?」
あきれ果てたような顔でメッツァはいった。「こうなると、あんたのいった、マザー・キーからエネルギーを引き出す装置ってのもあやしいもんだ」
「言葉に気をつけろ」ビューレンが、強烈なすごみを効かせていった。「きさま、だれに向かって口をきいている」
「契約不履行者にだよ」
メッツァがいいかえした。
「おれはあんたに力を貸した。あんたはその対価を払えなくなった。おまけにおれは、あんたの命も救った。おれの電磁シールドがなけりゃ、あんたあそこで死んでたろ。これはでかい貸しだ。それで、一切合財、どうケリをつけてくれるんだ?」
「契約した対価のエネルギーと、その貸しとやらを、金額に換算して支払ってやる」
「現実的な対応おそれいるね」メッツァは皮肉めいた声でいった。
空から音もなく、一隻の翼のない小型の飛行艇が、垂直に降りてきた。飛行艇は、メッツァの後ろに静かに着地した。
「金額が決まったら教えろ」メッツァは別れ際にいった。「たがいの価値観に等しい額だといいがな」
「きさまと価値観が合うことなどないだろうよ」ビューレンは押し殺した声でいった。
「おりが合わない場合は、面倒なことになるぞ」メッツァはいった。「これは約束する。かならず面倒なことになる」
そういい放つと、メッツァはすばやく背中を向けて、飛行艇まで歩いた。そしてメッツァを乗せた飛行艇は、また音もなく垂直に上昇し、そのまま空に消えていった。
それと入れ違うように、こちらも翼のない、灰色の飛行艇が、徐々にビューレンの元に降りてきた。
ビューレンはけわしい顔で、その近づいてくる飛行艇を見すえつづけた。
レドムに先導されて、サヴァンたちは降下艇に向かった。
サヴァンの後ろに、リディアとオービットとヴァンゼッティ、そしてなおも非現実の世界にただよっているような様子の、卿団員や異能者たちがつづいた。マッキーバとエンディウッケは、最後尾を歩いた。
「どこにいくの?」エンディウッケが、マッキーバを見あげていった。
「うん?」と、マッキーバは聞きかえしてから、ほほ笑んでいった。「宇宙だ」
「うちゅう?」
「そうだ」
「うちゅうって、なに?」
「ここみたいな世界が、無限に広がっている場所だ」
「そこにいって、どうなるの?」
「どうなるのかな」マッキーバは笑っていった。「でもまあ、おれは当分、エンディと一緒だ」
エンディウッケは、よくわからないという顔でマッキーバを見あげていたが、やがて身体が勝手に動いたように、小さな手を伸ばし、マッキーバの手をやわらかく握った。マッキーバは特に驚くこともなく、当たり前のこととして、その手を握りかえした。
飛行艇に入る前に、サヴァンは見送るマレイとカザンのほうを、一度ふり向いた。サヴァンは無言の内で、別れと感謝を、再度ふたりに告げた。マレイはあいかわらず別のところを見ていた。サヴァンはカザンと目が合ったが、その顔からは、彼女がなにを思っているのかを読み取ることはできなかった。
サヴァンたちが降下艇に乗りこむと、レドムがサヴァンの前に立っていった。
「まず、姫君を本星にお送りいたします。それから、アイザレンに向かいます」
「わかった」サヴァンはうなずいた。「それはいいが、あの艦に乗っている人々はどうする?」
「一緒に来てもらいます」
レドムは答えた。
「もともとリターグの住民は、あの艦をなにかのときに動かすためにいます。乗組員としてのプログラムが入っているんです」
「つまりかれらは、アイザレンに行くことになるのか」サヴァンはいった。「その後はどうする?」
「個人の判断にまかせます」レドムはいった。「アイザレンに残るもよし、他の惑星に移住するもよし、この星に戻るもよし」
「……リターグか」
ふとサヴァンは、感慨深げにいった。「なつかしいな。われら中枢卿団の旗艦だ」
「旗艦は本星にあります。正確には、リターグ級になります」レドムはいった。
「たしかに、あの艦を動かすのに、何千人も必要だったな」
サヴァンは思いをはせる声でいった。「でも大丈夫なのか、そのリターグ級は。長い間動かしていないようだが」
「あの艦は本来緊急脱出用ですから、この星を出られるかという意味であれば、問題ありません」レドムは答えた。
「『知事』の中に、生き残った者はいるか?」
「何人かいます」レドムがうなずいて答えた。「ここまできて生き残っている者は、みな逸材です。卿団に十分値するかと」
「『知事』か」
とサヴァンがつぶやいたとき、飛行艇のハッチが閉じられ、すぐに上昇をはじめた。
「わたしは、自分が『知事』だったということを、一生忘れないだろう」
サヴァンはそういうと、飛行艇の広いスペースを歩き、小さな窓のそばに立った。
飛行艇は、にぶいエンジン音を立てて、見る間に地上から離れていく。マレイやカザンのすがたが小さくなる。そしてかれらは町の中の一部になり、見る者の視線は、その町を俯瞰する。
「どうなるのだろうな、この星は」サヴァンがいった。
「当面はこちらも用があるので、我々で管理します」サヴァンの背後に立つレドムがいった。
「いや、そういうことじゃない」
サヴァンは静かにそういって、頭を二、三回横に振り、どこかせつなさを感じさせる目で、遠ざかる景色をながめた。
やがて降下艇は、待ち受ける戦艦の口に入った。戦艦は底部から炎と噴煙を吹き出し、垂直に上昇していった。
艦の窓の外で、町は陸の一部となり、陸は星の一部となり、星は星団の一部となり、星団は惑星系の一部となっていった。
そして、その惑星系も無数の惑星系の中のひとつにすぎなくなると、レガン大陸は、ゼロに近いものになった。
だが、たとえゼロに近くても、それはゼロではない。レガン大陸は、たしかに存在しているのだった。




