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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
141/142

覚醒と幕引き・15

「あ!」と、マッキーバのとなりのエンディウッケが、空を指さした。

 超戦艦リターグの遠い艦影が、徐々に大きくなってきていた。地上ではまだ砲声が鳴りひびいていたが、すでに決着はついたといわんばかりに、リターグはこちらに近づきつつあった。

 一同はしばらく空を見あげたあと、見わたすかぎりの周囲の、一瞬にして物が消えた空間を、あらためてながめた。

「なかなか力を制御できなかった」

 サヴァンは後ろを向いて、あたりに目をやりながら、悔恨をこめた声でいった。「それにしても、大きな罪を背負った」

「すべて我々の責任です」ヴァンゼッティが断固としていった。「団長のせいではありません」

「そういうわけにはいかないよ」サヴァンはおさえた声でいった。「どうあがなえばいいんだろう、数多くの者たちに」

 一同はだまりこんだ。戦闘がまだつづいているこの町にあって、その重い沈黙の場は、そこだけ独立した、速いとも遅いともいえないふしぎな時間の流れを感じさせた。

「エアハルトも、コーデリアも死んだ」

 サヴァンが、口を開いた。

「ルケも、ルキフォンスも、リカルド・ジャケイも、キュベルカも」

「ケンサブルとメイナード・ファーも、おそらくは」オービットがいった。

「ケイ・エルフマン」

 サヴァンはそう口にして、オービットのほうを振り向いた。「わたしは、卿団の隊長の中で、彼女だけは知らない。どういういきさつで加わった?」

「彼女は、この星で生まれた人間です。生体というべきかもしれませんが」オービットが答えた。

「では、彼女にも計画を話したんだね?」

「ごく一部です。リディア様の力の一端だけを話しました」

 オービットはいった。

「すべて話したところで、理解できることではないと思いましたので。なぜリディア様を追うのかということも、彼女は知りませんでした。最終的には、本来の中枢卿団にむかえいれてもいい人材でした。残念です」

「この星は、人材の宝庫だね」

 サヴァンが、深い感慨をこめた声でいった。「ケイ・エルフマンにしても、エアハルトやコーデリアにしても。クイラにしてもそうだ」

「優秀な人材は、しかるべく卿団にむかえようかと思っています」オービットはいった。

「団長、ビューレンとメッツァはどうされますか?」ヴァンゼッティが割って入った。「逃げたようですが、追いますか?」

「いや、いい」サヴァンはおだやかにいった。「いまは、そんな気にはなれない」

 そしてサヴァンは、リディアのほうを振り向いた。彼女は静やかな目で、サヴァンを見ていた。

「ハイメゾンの姫君」

 サヴァンはいった。「どう申しあげていいのかわからない。とにかく、心から感謝を述べたい」

「正次元の秩序がそうさせたことです」

 リディアは、ほほ笑んでいった。「ご依頼を受けて、父も母も、わたくしの姉たちも、喜んでくれました。いまも喜んでいるでしょう」

「会ったこともないわたしのために、苦難の道を歩ませてしまった」サヴァンは、目を伏せていった。「申しわけなく思っている」

「わたくしの生の中に、もうひとつの生が加わっただけのことです」

 リディアはいった。「その生を、わたくしは子供のようにいつくしみます」

「あなたも、転生されたのでしょうね」

「はい」

 サヴァンは、またオービットのほうを見た。「どうやって転生したんだ?」

「こちらの用意した転生装置を使いました」

 オービットは答えた。

「アイザレンの技術を盗用しました。たぶん、ビューレンも知っていたと思います。いろいろと調べましたが、どうやらビューレンは、無人の星を選んで座標を指定したようです。われわれが、確実に団長の転生した子供を見つけるように、ということでしょう」

「でも、姫君の転生先は、どうやって見つけたんだ?」

「特定のプログラムを組んだふたりの生体から生まれる子供に設定しました。その子供は、ストレスで段階的に覚醒するように、プログラムしました。」

「そんなことができるのか?」サヴァンは驚いていった。

「できます」

 オービットがうなずいた。

「アイザレンの転生装置の技術を調べた結果、覚醒の方法を自由に設定できることがわかりました。団長には、マザー・キー以外の覚醒を受けつけないプログラムがされていました」

「それはすごい技術だね」サヴァンは素直に感嘆していった。

「はい。それがわかったおかげで、姫君を転生するという方法がとれたのです。もちろん、最終的な場面でお越しいただく、ということもできましたが、歌に力をあたえるためには十分な想いが必要だ、ということでしたので、この方法を」

「ビューレンも、気づいているのだろうね」

「そう思います」

 オービットはいった。

「ただ、マザー・キーのためにはハイメゾンの力が不可欠ですから、ビューレンもそこはこちらの都合のいいように、わざと装置の情報を見させたのだと思います」

「うん。まあそういうことがあって、転生した姫君を、ナザンにあずけたということか」

「団長が転生してから、この星の時間軸で二年後です」

 オービットは答えた。「いろいろと検討して、ナザンが最適だと思いました。もちろんつねに監視はしていました。ただ子供の養育に関しては、すべての生体に特別にプログラムしてありましたし、そうでなくても、ナザン王はよく務めを果たしました」

「養育か」

 サヴァンは、ふと記憶をたどるような表情を見せてからいった。「わたしには、知事局で育った記憶しかないな」

「それは実際、そのとおりです」オービットはいった。

「もうすこし、ましな養育はなかったのかい?」サヴァンはいたずらっぽい笑みを浮かべていった。オービットは恐縮して頭を下げた。


 そのようにして、サヴァンたちがなおも話をつづけるのを、エンディウッケはきょとんとした顔でながめていた。が、やがてぐいっと顔をあげて、となりのマッキーバにいった。

「ねえマッキーバ、ハイメゾンって、なに?」

 前を見ていたマッキーバは、ふと我にかえったような顔になり、エンディウッケに目をやった。

「なんだって?」

「ハイメゾン、てなに?」

 マッキーバは一度サヴァンたちのほうを見て、またエンディウッケに振り向いて、小声でいった。

「あそこにいる、団長の正面にいるかたの、お名前だ」

「えらい人なの?」

「ハイメゾンは、偉大な一族だ」

 マッキーバはいった。

「一族の女性の言葉や歌には、特別の力がある。特に歌は、マザー・キーを顕現させて、引き寄せることができる」

「そのマザー・キーってなんなの?」

「さっきの、空に浮かんでいた銀色の球体だ」

 そういって、マッキーバはちらっと空を見あげ、もう無いそれを探すように目をこらし、またエンディウッケに顔を向けた。

「あれは永遠の謎だ。次元を超えた存在だというのはわかっている。あれを手に入れれば、無限のエネルギーを得られるといわれている。でもだれでもじゃない。マザー・キーの力に対応できる、特別な人じゃないと触れないという話だ」

「なんで出てきたの?」エンディウッケがたずねた。

「マザー・キーは、極度のエネルギーに感応すれば、どこでも現われるといわれている」

 マッキーバは答えた。

「でも現われても、次元を超える存在だから、空間という範疇に含まれない。どこにでも出てくるけど、無いのと同じだ。それを、ハイメゾンの女性たちは顕現させて、引き寄せる力を持っている。だからあれは銀色の球体だけど、本来は、かたちすら存在しないものなんだ」

 エンディウッケは、半分わかるようなわからないような顔をしていたが、やがてまたたずねた。

「で、そのマザー・キーがなんなの?」

「マザー・キーは、触れた者にエネルギーを受けとめる力があると、それを流しこむといわれている」

 マッキーバはいった。

「その、時空を超えた無限のエネルギーを、奇跡という人もいる。だからおれたちは、その奇跡を信じた。というよりも、転生した団長の秘めた力を、覚醒してくれると信じた」

「なんでハイメゾンの歌は、そんなすごいものを操れるの?」

「操るというわけじゃない。かたちにして、引き寄せることができるんだ」

「なんで?」

「それはわからない」

 マッキーバは首を横に振った。

「ハイメゾン家にもわかっていない。ただそういう力がある、というふうに決定されている。たぶん、正次元の秩序がもたらしたものだろうな。ちなみに、あのかたはリディア・メロディ・ハイメゾン。メロディは、ハイメゾン家の女性、ということを意味する名前だ」

 マッキーバがそういいながら視線を向ける方向に、エンディウッケも目をやった。エンディウッケは、薄い笑みを浮かべて話をしているリディアを見てから、ふいに思い出したように、ハッと見張った目をマレイに向けた。

「マッキーバ、あの白い動物なんなの?」エンディウッケは意気込んでいった。

「聖獣マレイ。我々とはちがう、高次の存在だ」

 マッキーバは答えた。

「団長の、古くからの知り合いだ。その反対にいる女性、あのかたは、ウリア・カザンと呼ばれている。あのかたも高次の存在だ。我々とはちがう次元に生きている」

 ふうん、とエンディウッケはあいづちをうって、マレイとカザンに交互に顔を向けた。

「ねえマッキーバ」エンディウッケがいった。

「うん?」

「これから、どうなるの?」

 マッキーバはふっと笑うと、エンディウッケの肩を抱いた。

「もうちょっとでわかる」

 マッキーバは空を見た。リターグの艦影は、もうはっきりとかたちがわかるほど、大きくなっていた。


「結局、マザー・キーは、消えてしまった」

 サヴァンはリディアにいった。「せっかく引き寄せてくれたのに、申しわけないことをしたね」

「いえ、そのような」

 リディアは首を横に振った。

「極端なエネルギーを受けると、どこかに行ってしまうことは知ってましたから、はじめから期待はしませんでした」

「いったい、なんなんだろうね、あれは」

 サヴァンは、遠くに思いをはせるような調子でいった。「わたしも見たのは初めてだが」

「わからないままのほうがいいのかもしれません」

 リディアはいった。「あるいは、まだわかるには早すぎるのかもしれません」

「早すぎる、か」

 サヴァンはそうつぶやくと、あらためて思い知ったような口調でいった。

「早いといえば、この星の時間も、驚くほど早い」

「わたしたちからすれば、この星の人は、あまりにも短命ですね」リディアがいった。

「考えてみれば不思議なものだ」

 サヴァンは口の端に笑みを浮かべて、リディアを見ていった。「わたしは、あなたの本来のすがたを知らない。でもいまのあなたのすがたが、わたしにとっては本来のすがたに思える」

「それはわたしも同じこと」

 リディアはほほ笑んだ。「わたくしにとって、あなたはあなたです」

「ではハイメゾンの姫君にはあらためて、はじめまして」

 サヴァンは笑っていった。「そして、リディア・ナザンには、ありがとう」


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