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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
140/142

覚醒と幕引き・14

 サヴァンは、ゆっくりと歩を進めた。そしてオービットとヴァンゼッティの前で立ちどまると、頭を下げているふたりに、おだやかな視線を送った。

「苦労をかけたな、ふたりとも」サヴァンはやわらかい声でいった。

「おめでとうございます、団長」

 オービットが力強くいった。あわせてヴァンゼッティも、こころもち感傷的な声で、おめでとうございます、といった。

「立ってくれ、ふたりとも」サヴァンはいつくしむようにいった。

 ふたりは立ちあがった。サヴァンはオービットと視線を交わし、ヴァンゼッティとも視線を交わした。そしてサヴァンは、ほほ笑んでうなずいた。

「そうだったな、わたしは、転生したのだったな」

 サヴァンはいった。オービットとヴァンゼッティはうなずいた。サヴァンは、おもむろに周囲を見わたした。

「この星は、どこにある」サヴァンがいった。

「宙域の第四階層の辺境です」オービットが答えた。

「それはまた遠いな」

 息を吐きながらサヴァンはいって、オービットに目を向けた。

「ここでマザー・キーが現われたのは、偶然ではないな?」

「はい」オービットは短く答えた。

 サヴァンの後方の、三人と一匹の獣が、サヴァンのもとに近づいてきた。遠くのマッキーバも立ちあがり、エンディウッケをともなって歩きだした。

 サヴァンは感慨深げにまた周囲をながめてから、オービットに顔を向けた。

「聞かせてくれるか? ここまでの経緯を?」サヴァンは、薄くほほえんでいった。

「どこまで覚えていらっしゃいますか?」オービットがひかえめな調子でたずねた。

「そうだな」とサヴァンはつぶやいて、青空を仰ぎ見た。そしていった。

「わたしは惑星アイザレンの、中枢卿団の団長だった。きみらという部下を持っていた」

 そういうと、サヴァンは空を見あげたまま、すこし間を置いてつづけた。

「アイザレンは、全宙域の正次元を統括していた。我々中枢卿団は、正次元の調停者として、その星で独立した存在だった」

 サヴァンは、空に向いていた顔を戻し、オービットたちから視線をそらして、遠い目をした。

「ビューレン」

 サヴァンはひとりごとのようにつぶやいて、軽く首を横に振ってつづけた。

「かれは、惑星アイザレンの統治者だった。我々の存在をうとんでいた。我々の永遠の敵だった」

 オービットとマッキーバは、おごそかにうなずいた。後ろの三人と一匹の獣は、無言でサヴァンを見守っていた。

「かれは、わたしをおとしいれた。わけのわからない罪科を突きつけて拘束した。それで我々は引き離された」

 オービットとヴァンゼッティは、目を伏せて、苦渋をこめた顔でうなずいた。サヴァンはつづけていった。

「わたしは裁判にかけられた。もちろんビューレンが仕組んだものだ。そして、転生という罰を受けることになった。わたしは大がかりな転生装置に入れられた。転生先に星があって、さらに人間がいれば、その子供として生まれると聞かされた。星がなければ、それまでだともいわれた。もし星があっても人間がいない場合は、いつか現われるかもしれない人間の間の、最初の子供として生まれるともいわれた。特別、恐ろしさは感じなかった。ただ、ビューレンがなぜわたしを転生させようとするのか、そこが知りたかった。かれは、あのときわたしを殺すこともできた」

「抵抗するべきでした」ヴァンゼッティが、意を決したように声をあげた。「抵抗していれば、こういうことにはならなかった」

「なにをいっているのだ、ヴァンゼッティ」

 と、オービットがヴァンゼッティに顔を向けて、たしなめるようにいった。

「アイザレンの名の元の決定に、調停者はしたがう。それが中枢卿団の理だろう。アイザレンの決定の上位に、正次元の秩序がある。調停者は、正次元の秩序の中の存在だ。その関係を崩したら、なんのための調停者だ。いうまでもないだろう」

「しかし、いま現実にこうして抵抗しているだろう」ヴァンゼッティがいいかえした。

「これはアイザレンの決定ではない。正次元の秩序の一部だ」オービットは応じた。ヴァンゼッティは口をつぐんだ。

 サヴァンは、ふたりのやりとりを静かにながめ、やがて口を開いた。

「さて、わたしが覚えているのはここまでだ」サヴァンはオービットとヴァンゼッティ、そしてすぐ近くまで来ているマッキーバに目をやり、最後にまたオービットを見た。

「それでどうなったんだ、それから先は?」

「我々は、団長が転生の刑を受けたと聞かされて、転生された場所を探しました」

 オービットが答えた。

「かなり困難で、非常に長い時間がかかりました。それでようやくこの星だとわかって、我々は計画を立てました。もとから、この計画しかなかったのですが」

 それを聞いて、サヴァンはふと首をめぐらせて、後ろにいるリディアのすがたを目の端にとらえた。オービットは、サヴァンが後ろを見た理由をそれとなく察し、つづけた。

「転生された者を元に戻すというのは、本来は不可能なはずですから、方法はマザー・キーに賭ける、という手しかありませんでした。なので我々は、まずこの星に社会を作り、それに備えるようにしました」

「そうか」サヴァンはいった。「つまりこの星の人間は、きみたちが作った人工生体か」

「歴史や死生観や、文化。すべて作って、かれらの記憶に埋めこみました」

 オービットはいった。「途中でいろいろと修正もしました。あとは、科学技術にも手を加えました。こちらが作った町の建物や機械などを、管理できるようにということで」

「わたしは、きみたちが操作した世界で動いていたわけか」サヴァンは苦笑した。

「ここは、団長を覚醒させるために作った世界です」

 オービットはいった。

「我々はそのために、長い時間をかけて国々を作り、『知事』や静導士団を作り、仮の中枢卿団を作りました」

「だが、どうやってわたしを特定したんだ?」

「それは、その」

 オービットはすこし口ごもってからいった。「つまり、最初に団長が転生しなければ意味がありませんから、まず団長を転生させて、それから社会を作りました」

「どうやって?」

「ここはもともと、人間のいない星でした」

 オービットは説明した。

「我々は、まず無人の町や国を作りました。そして、砂漠に作ったリターグ聖自治領に、二人の生体だけを置きました。転生の原理は知ってましたので、かれらの子供として、団長が転生することはわかっていました」

「なるほど、そうやって計画を進めたわけか」サヴァンは、二、三度ゆっくりうなずいた。「わたしが『知事』になったもの、計画どおりだったわけだね?」

「細かい修正や管理の手間はありましたが、計画の進行自体はスムーズでした。ビューレンやメッツァが来るまでは」

「かれらは、なぜここへ?」

「それがまた、なんとも面倒な話で」

 オービットは、うつむいてため息をついてからつづけた。

「そもそも、ビューレンが団長を転生させたのは、マザー・キーを捕獲するためだったと、あとでわかりました。つまり、我々が団長を助けるために、ハイメゾンの力を借りてマザー・キーを顕現させるだろうと。要はビューレンは、マザー・キーのために我々を利用したということです」

「なるほど」とサヴァンはつぶやいてうなずいた。「そうか。そういうことだったのか」

「はい。それでビューレンがここにきたのは、ひととおり世界ができあがってすぐのことです」

 オービットはつづけた。

「いつのまにか、やつはエントールの宰相になっていました。そんな歴史も記憶も作ったことがないのに。それで生体のデータを調べたら、そのプログラムがあったんです。これがもとから入っていたのか、あとで付け加えられたのかはわかりません。でも、とりあえずビューレンは、我々の行動を見越していたとはいえます」

「でも、メッツァはわからなかった」と、ヴァンゼッティが首をひねっていった。「あれのプログラムは、どこにもなかった」

「首相になったのは実力だと、あの男いってたが」と、マッキーバが初めて口を開いた。

「たしかにそうかもしれないし、ビューレンの助けがあったかもしれない」

 オービットは、マッキーバのほうに頭を向けて、うなずきながらいった。「いずれにしても、我々はあの男のことをなにも知らない」

「契約とかなんとか、そんなこともいっていた」マッキーバがオービットにいった。「力を提供して、対価をもらうとか」

「わからんが、まあ、そういう方面の商人なんだろう」オービットはそういうと、またサヴァンのほうを向いた。サヴァンはうなずいて話をうながした。

「とにかく、ビューレンが宰相になって、我々はまだそのときは理由がわかりませんでしたから、とりあえず様子を見ようと思ったんです」

 オービットがつづけた。

「でも、ビューレンの思惑を知ってから、状況が変わりました。要するにビューレンはマザー・キーが目的ですから、それをどうとらえるかで、我々はいろいろと悩みました。それで最終的に、かれを利用するという手でいくことにしました」

「うん。裏の裏というわけか」サヴァンはいった。

「はい。我々も、どうあってもマザー・キーは必要ですから、泳がせて逆にマザー・キー顕現の力にしようと思いました。この星の時間と生物の寿命を考えると、チャンスはそう多くはないので、かならずビューレンも乗ってくると考えました。一時的な協力関係です」

「きみの性格からは考えられない方法だね」

 すこし笑みを浮かべて、サヴァンはいった。「最後にビューレンに勝ち切る確証がなければ、きみはそんな方法は取らないはずだ」

「それは、団長の後ろの、お三方のおかげで」オービットはいった。

 サヴァンは、じっと聴いているカザンと、その後ろであぐらをかいてこちらを見ているレダと、鎮座して目を遠くに向けている巨大なマレイを、それぞれ見やった。

「ビューレンが宰相になってすこし経ってから、マレイ様とカザン様がいらっしゃいました」

 オービットは話をつづけた。

「おふたりに、ビューレンの思惑を教えていただいて、なおかつスパイとして働いてもいただきました。おかげで、ビューレンがこちらのシナリオに途中から介入する考えだということがわかりまして、こちらはわざとそれを好きにさせておきました。マレイ様とカザン様が味方についていただければ、ビューレンに勝ち切れると判断しました」

 サヴァンは視線を下げて、何度かうなずいてから、斜め後ろのレダに顔を向けた。

「きみはいつから来た、レダ」

 レダはふっと苦笑いを浮かべながら、顔をそむけた。

「レダ殿は、団長が『知事』のアカデミーに入るときからです」

 オービットがかわりに答えた。「助力をいただけるということで、協力していただきました」

「おまえ、わたしのアカデミー時代よりも前のことを、なにも知らないだろう?」と、レダがふっと笑っていった。

「たしかにそうだ。孤児だったという以外、なにも知らない」

 レダは苦笑して、また顔をそむけた。

 サヴァンたちのまわりには、生き残った卿団員や異能者も、すでに集まっていた。かれらは会話の内容を理解できないまま、それでも耳をすましていた。


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