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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
138/142

覚醒と幕引き・12

 視界に広がる光景を、サヴァンは熱に浮かされたような、おぼろげなここちでながめていた。

 戦う者たちや、すこしずつ移動している銀色の球体や、青空、死体が散り広がる地面などが、サヴァンの目の中でいっせいにどぎつく切り立ち、なにかこの世ではない世界の断片のように見えた。

 その断片は、背後のリディアの歌声に飾られ、彼女の声の異質さが、さらに断片の超現実を証明するかのようだった。

 サヴァンは、マレイやカザンが戦いを中断し、たちまちリディアを守る意思を示したことを、なぜか不思議とは感じなかった。いまや確実に、自分はなにかになりかわろうとしているのであり、こうして四人でリディアを守ることは、その変貌のために決定的に必要なものだと、サヴァンは直感していた。

 かれは、もはや間近に迫っていると感じられる、自身の変貌に対して、怖れも疑問もいだかなかった。もとからそんな怖れや疑問が、自分の中にないかのようだった。

 前方でくり広げられる戦闘を、サヴァンは数分ながめた。ほかの三人も同じだった。だれも言葉を発しなかった。

 ビューレンとオービットは、激越な剣と剣の応酬をつづけていた。ヴァンゼッティとメッツァも、卿団員や異能者、機械兵の集団に交じって、壮絶な斬りあいをしていた。

 歌は満ちに満ちて、その異質な力感は、いまは最高点でとどまっていた。

 サヴァンには、目に映る景色が、いつまでも変わらないもののように感じられた。だが銀色の球体だけが、その止まったような景色のなかで、着実に動いていた。球体は、たえず世界が動いているという事実を、きわめて単純に表現しているかのようだった。

 突然、ざわざわと無数のものがこすれあうような音がした。

 それは、市街地のほうから聴こえてきた。

 と思う間に、大量の白い機械兵の集団が、虫のようにぞろりと群れ集まって迫ってきた。灰色の義顔がおぞましいほど無表情で、全員が手に持つ黒い刀剣も、輪をかけておぞましかった。

 その大集団は、石の広場に入ると、波のようにうねりながら二手に分かれ、周囲を何重にも囲んだ。数にして、およそ一万はいるかと思われた。かれらは包囲を終えると、全員でなにかを考えこんでいるように、身動きをしなかった。そして瞬間、いっせいに動き出した。集団は密集して、四方八方から調子をあわせて駆け寄ってきた。

「ほう、数で来たか」

 とカザンはいった。そして左に顔を向けた。「我はこちらを守ろう」

「ではまかせるぞ」レダはそういうと、恍惚として歌いつづけているリディアの横をすばやく通り、後方に移動した。

「サヴァン、きみは前をよろしく」マレイはそういって、リディアの右のほうに移動した。

 サヴァンは無言で、前方から押し寄せる機械兵の集団を見やった。その集団は、手前で戦っている者たちをするりとよけながら近づいてきた。サヴァンはおもむろに剣を構えた。


「ああ、これはだめだな」と、リディアの右側を守るように立ったマレイは、そちらの方向から接近する無数の機械兵を目にしてつぶやいた。次の瞬間、マレイの身体がブワッと白く膨張した。そしてたちまちかたちを現したマレイは、もはや人間ではなく、白い巨大な四本足の獣に変貌していた。その獣は白い毛におおわれ、ぴんと張った耳と、力強い目と、深く裂けた口と鋭い牙、そして長いしっぽを持っていた。それはこの世の似たような獣のどれにも該当しないのに、似たようなすべての獣の特徴をそなえているかのようで、まるでそれら獣たちすべてにつながる原種か、はるか未来の、獣たちの種が混ざり合った、唯一にして最終的な進化の結果のようなすがたをしていた。


 機械兵の大軍は、リディアの四方を守る四人の目の前に迫ってきた。機械兵たちは、片手に持っていた黒い刀剣を、いまは両手で握って、まさに斬りかかろうとしていた。


「まったく」と、リディアの左に立つカザンは、あきれたようにつぶやき、バッとマントを脱ぎすてた。そして両手の剣をガラリと落とし、なにくわぬ様子で、左から来る機械兵のほうに片腕を伸ばして、手のひらを向けた。

「こざかしい」

 カザンは伸ばした腕を、大きく横にはらった。すると剣先が届く距離に来ていた機械兵たちがことごとく粉砕され、みるみる飛び火するように、後方の集団も列をなして粉砕された。無数の残骸が散らばり、黒い液体が広々と地面を染めた。しかしその先にまだ機械兵たちは大挙していた。仲間の残骸を踏みながら淡々と押し寄せてくるのを、カザンはむっつりとした顔でながめた。


 レダはリディアの後ろに立ち、迫りくる機械兵を見ていた。顔には凶暴といってもいい笑みが浮かんでいた。

「悪くないぞ、こういうのも」

 レダは低い声でそういうと、片手の剣をなんの気なく肩でかつぐようにして、もう片方の腕を伸ばし、手のひらを上にして、ふっと振りあげた。とたんに、無数の機械兵が跳ねあげられたように空に浮かび、静止した。まるで広大な白い壁が空中に横たわっているかのようで、その壁が作る影が、地面に大写しにされた。レダはニヤッと笑った。そして振りあげた手のひらを、ググッと力を込めて握った。空の白い壁は、バシャ、と音を立てて破砕し、分解された身体や刀剣や黒い液体が、地面に降りそそぎ、けたたましい音を立てた。その奥から、もう新手の機械兵たちが向かってくる。レダは口の端をあげて不敵な笑みを見せ、らんらんとした目でそれを見すえた。


 マレイは、白い巨体の四つ足で地面にしっかりと立ち、身動きをしなかった。

 目には知性が宿り、口を閉じて前を見ているその顔は、どこか超然としていた。リディアの右側から来る機械兵は、すでに何回となくかれに突撃していた。そしてそのたびに、マレイから発せられる見えない気に接触して、マレイの元までたどりつかないうちに一瞬で破裂し、刀剣とともに破片となって散り落ちた。

 マレイの獣の顔は、機械兵の身長の三倍ほどの高さにあり、かれはまっすぐ地平線をながめるようにして、眼下の機械兵の大軍にはまったく関心を寄せていない風だった。機械兵は列をなしてなおも無謀な突撃を繰りかえし、マレイの前方一帯に、マレイとはすこし距離を置いて、奇妙な残骸の山を築いた。やがてマレイは、ギロリと上空を見た。銀色の球体は、もうマレイのすぐ近くの高い空にあった。


 サヴァンだけが剣を持って戦っていた。

 機械兵たちの動きは異常な速度だったが、サヴァンはそれをはるかに超える速さで、またたく間に着々と列を崩していった。

 サヴァンの剣は、機械兵に直接触れなかった。機械兵はサヴァンの剣に込められた気に触れて、断ち切られるのではなく霧散し、刀剣も含めて砂のような細かな破片となって散り落ちた。

 頭上の銀色の球体を、サヴァンはたえず意識した。それはなんであれ、自分に決定的に影響をおよぼすものだ、ということを直感していた。変貌の時が刻々と迫りくるのを、肌で感じた。

 無数の機械兵たちは次々と、義眼の顔に沈黙を張りつかせてサヴァンの前に押し寄せ、サヴァンは黙々と、それらの存在をかき消していった。

 かれの心は空虚だった。それはこれから起こるなにかの事態に備えて、心がひとりでに空になった、というような感覚だった。サヴァンは、すでに自分の自我のよりどころを、なかば失いかけていた。自分が機械兵をほうむるのを、自分ではないものの目で見ていた。

 しかし、銀色の球体だけは別だった。やはりその球体だけは、この場で絶対的な独自性を持っていて、自分自身の残された自我は、たえず球体を意識しているようだった。

 球体は、サヴァンの頭上をいまや越えていて、サヴァンの目の端には映らなくなっていた。しかし頭の中に、球体とリディアだけの空間が、突如イメージとして湧き起こると、次に、リディアと球体をつなぐ一本の糸が脳裏に浮かんだ。その白くてぼやけた糸に、サヴァンの頭の中の目は釘づけにされた。


 マッキーバとエンディウッケは、自分たちを避けて波のように移動する機械兵たちの中で、身を寄り添いながら立ちつくしていた。

 リディアが最後に放った波動は、遠くのマッキーバやエンディウッケも吹き飛ばした。が、ふたりはすぐに立ちあがった。それから戦況を見つめ、やがて機械兵の大軍が現われたとき、マッキーバはエンディウッケを背中で守って、不利な迎撃を覚悟した。

 マッキーバは、剣の間合いに入った機械兵に一閃を浴びせようとした。すると機械兵たちは、ギリギリのところで二手に狭く分かれ、上から見ると瞳のかたちをしているだろう、と思えるようなすきまを作って進んでいった。一瞬混乱したマッキーバだったが、すぐに気を取り直し、機械兵が自分たちを襲わないことを十分に確認してから、エンディウッケの肩を包んで、機械兵たちの行く先を見すえた。

 いまマッキーバは、前方の遠くに目をやっていた。そこではオービットとビューレン、ヴァンゼッティとメッツァが、機械兵の波を跳ね飛ばしながら戦闘をつづけていた。

 元からいた機械兵は、仲間の波が打ち寄せた瞬間に、同じ方向を向いて合流し、突進した。あちこちで戦っている異能者や卿団員の中には、とっさに機械兵に斬りかかり、逆に機械兵の容赦のない無機質な剣に斬り殺される者もあった。

 マッキーバは視線を、さらに奥のリディアのほうに向けた。彼女の四方に立つ三人と一匹が、ばかげているような力で機械兵を倒している光景があった。その圧倒的な力は、敵を倒すというよりは、処理するという言葉がふさわしいようなものだった。機械兵たちの進む様子も、みずから無条件に処理されに行くような、珍妙なものに見えた。

 エンディウッケは、巨大な白い獣になったマレイに魅入られていた。しかしマッキーバはそうではなかった。かれは空と地上を、交互に見返していた。歌はあいかわらず異様な力をおびて響いていたが、マッキーバとエンディウッケは、なんとか正気をたもちつづけていた。

 前方に広がる光景の中で、マッキーバにとって信じがたいものとして映るのは、銀色の球体だけだった。かれは、球体がリディアのほうに向かっていくのを見届けた。そしていまは、球体が、リディアの直上の高空に浮かんでいるのを見ていた。

「見てマッキーバ!」

 エンディウッケが、腕を突きだして指をさして叫んだ。マッキーバもそれを見ていた。かれらの目の中で、銀色の球体はゆっくりと降下していた。


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