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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
136/142

覚醒と幕引き・10

 苛烈な戦闘のただ中に、ビューレンとオービットは立ちつくしていた。

 周囲では、怒声、奇声、雄たけび、その他さまざまな荒々しい音が飛びかっている。

 灰色の石の地面に、人間の血と機械兵の流す液体が、赤と黒の色を加え、子供が書き散らしたような無造作な模様を作っている。そして白い機械や死体が、その地面の模様に、オブジェをそえるように横たわっている。ビューレンたちから離れたところでは、メッツァとマッキーバが戦っていた。他の場所ではヴァンゼッティも、卿団員とともに、異能者や機械兵とやりあっていた。

「ルケやケンサブルが、おらんようだな」ビューレンが口を開いた。片手に下げている太刀の、まっさらな刀身に、陽光がギラリとかかっていた。

 オービットは答えずに、紅い瞳孔をビューレンの顔に向けつづけた。かれの持つ剣には、血と機械兵の液体がねばりつき、凄惨な戦闘の痕跡を、毒々しく残していた。

「ルキフォンスもおらん」ビューレンがつづけた。「みな死んだか?」

「それを知ってどうする」オービットが冷然とした声でいった。

「おまえは、昔から詰めがあまい」ビューレンが、首を横に振っていった。「だがここまではよくやった。それは認めよう」

「きさまに認められる筋合いではない」

「いや、そういう筋合いだ」ビューレンが応じた。「わたしの期待どおりに動いてくれた」

「これが、おまえの期待の結果か?」

「そうだ」

 ビューレンはそういうと、すこしあごを下げて、オービットを見てつづけた。

「おまえたちがこう計画するだろうということを、わたしははじめから見越していた。はじめからだ。わかるかオービット? なぜサヴァンが、マザー・キーのある場所にいるのか?」

 オービットは答えなかった。

「おまえたちは、わたしのマザー・キー捕獲の計画のうちで動いた」

 ビューレンはいった。「サヴァンという餌に、おまえたちは見事に食いついてくれた」

 フッ、とオービットが鼻で笑った。

「ひとつ聞きたい」オービットはいった。「マレイやカザンを取りこんだのも、おまえの計画のうちか?」

「かれらは助力を申し出た」

 ビューレンが答えた。「マザー・キーのためなら協力を惜しまないといった。ことわれる相手ではない。危険はあるが、その力は見過ごせない。実際サヴァンやレダ・リュッケとやりあえる者は、かれらしかいない。そうだろう?」

 オービットは無言のまま、なおもビューレンを凝視していたが、やがて口を開いた。

「詰めがあまいといったな」

「ああいった」

「詰めがあまい」

「そうだ」

「そうかな?」

 ビューレンは怪訝そうに眉を寄せた。オービットは無表情だった。

「なにがいいたい」ビューレンは、顔を曇らせていった。

「もうなにもいうことはない」

 オービットはそういうと、一度視線を下げ、サッとまたビューレンに目をやった。

 次の瞬間、ビューレンの視界に、二つの巨大な紅い目があざやかに浮かんだ。それは圧倒的な暴力を、これ以上ない単純なかたちで表したかのようで、いまから開く死の扉の門番というような絶望的な力をおびていた。

 つかの間、ビューレンは立ちすくんだ。オービットはそこに正面から飛びこみ、首めがけて剣を振った。しかし硬い音が鳴り、オービットの剣は、ビューレンの振り上げた太刀に交差していた。と思う間に、ビューレンの太刀がオービットの剣から離れ、ビューレンは一瞬のうちに後方に移動し、間合いを取った。

「その手にはのらんぞ」

 ビューレンは首を横に振ってそういうと、太刀を構えなおした。

 オービットは、平静な顔でビューレンを見た。

 パッと光景が切り替わった。今度は頭上に打ち下ろされたマッキーバの剣を、ビューレンが太刀で受けていた。そしてビューレンが斬りかかり、オービットがそれを受け、身体のあらゆる部分を共同で指し示すかのように、剣と太刀が次々とちがう場所で交差し、最後にふたりは離れて向かいあった。

「おまえでは、わたしに勝てんぞ」

 ビューレンは、ゆっくりと太刀を上段に構えた。「幻視などに頼るからそうなる」

 オービットは、なんの感情も見せずに、ビューレンをながめた。そしてまばたきもしないうちに、ふたりはまた剣と太刀を合わせていた。


 そんなかれらの周囲でも、あいかわらず無数の戦闘が繰り広げられていた。

 石の平地のその様子は、なにか狂信的な信徒の儀式のように、ある大いなる原始の秩序のようなものを生み出していた。

 ヴァンゼッティは二本の剣を持ち、白いマントをはためかせて、右へ左へと練り歩いていた。

 卿団員たちは、ヴァンゼッティのまわりのあちこちで戦闘をしていた。中枢卿団の中でも、特にえりすぐった強者たちであるかれらは、ある者は敵の異能者や機械兵をほふり、ある者は異能者や機械兵にほふられていた。

 ヴァンゼッティのもとに、機械兵が数体飛びかかってきた。ヴァンゼッティは尋常を超えた反射神経で応戦し、機械兵たちから離れた。

 ヴァンゼッティは双剣をビュッと振り下ろし、たったいま付着した黒い液体を、地面に跳ね飛ばした。前方の機械兵たちは動きが止まり、やがてバラバラの残骸となって、地面に落ちていった。

 異能者や機械兵は、ヴァンゼッティにとって相手ではなかった。さらにヴァンゼッティには、かれが頭で思い浮かべたイメージを、相手に幻視として見せる能力もそなわっていた。リディアはナザンで、ヴァンゼッティの死体を見たと思いこんだが、それはヴァンゼッティの幻視が見せたものだった。

 ヴァンゼッティは、この能力と身体能力を駆使して、さきほどから危なげなく戦っていた。だが、決して油断はしなかった。相手は数百という数で、こちらは百人。おまけに、特に異能者の中には、あきらかに部下の団員たちより格上の力を見せる者も複数いた。

 さて、と、ヴァンゼッティはあたりにすばやく目を向けた。オービットとビューレンは、果てしないような戦いをつづけている。マッキーバは、エンディウッケをかばいながら、メッツァと対峙している。横の遠いところでは、リディアと『知事』たちが立っている。そしてかろうじて、レダやカザン、サヴァンやマレイの戦う残像が見える。

 ヴァンゼッティは、マッキーバのほうをもう一度見て、助太刀に入ろうかと迷った。だが、かれらはもうかれらだけの空間で、かれらだけの構図を作っていて、立ち入ることが許される気配ではなかった。ヴァンゼッティは気持ちを入れかえ、すこしでも異能者や機械兵を減らそうと、品定めをするような目で、敵を探しはじめた。


 マッキーバは、つねに背後のエンディウッケに注意を向けながら、すこし先の正面に立つラジャ・メッツァをにらんでいた。

 この場には似つかわしくないような背広を着た、壮年のメッツァの顔を、マッキーバはよく観察した。そして、やはりアイザレンの首相という以外は見覚えがない、と結論した。しかし並の相手ではないことは、先ほどからの数回の攻防でわかっていた。

「なぜおれの子を守る?」

 メッツァが口を開いた。「おまえには、関係のないことだ。おまえに扱えるしろものじゃない」

「なぜこの子をかばうか」マッキーバがいった。「それはおれがこの子を守りたいからだ」

「具体的に説明しろ」メッツァがいった。「なぜ守りたい?」

「おれはこの子に、ひとりにしないと約束した。おれはその約束を果たす」

「おれだって、その子をひとりにするつもりはない」

 黒い刀剣を正眼に構えたメッツァは、両肩をおどけるように上げ、薄笑いながらいった。「おまえには、その子を育てる権利がない」

「なにを選択するかは、エンディ次第だ」マッキーバは、こちらも正眼にすえた剣の先を、しっかりとメッツァに向けていった。

 メッツァは、エンディウッケに目を移した。彼女は、マッキーバのうす汚れたマントの後ろにいた。その目は、あからさまな敵意をメッツァに示していた。メッツァには、そんな彼女が、いつ爆発するかわからない爆弾のように見えた。

「さっさと返してもらうぞ」メッツァは語気を強めていった。

「おまえ、やはりビューレンの部下ではないな」マッキーバは、メッツァの立ち居振る舞いから直感的に思ったことを、そのままいった。

「おれはだれの下にもつかない」高慢そうな笑みを見せて、メッツァはいった。

「なぜビューレンと結託した?」

「結託? これは契約にすぎない」

 メッツァは吐き捨てるようにいった。「おれはかれに力を提供する。かれがそれを利用する。その結果、かれはおれに対価を払う」

「そのために、アイザレンの首相の役を演じたと?」

「首相になったのはおれの実力だ。役を演じたんじゃない」

「要するにおまえは、ビューレンと我々の間のくさびか」

「いっただろう、おれはだれの下にもつかない」

 メッツァはいった。

「おれは監視者だ。おまえたちとビューレンを監視して、力のバランスを調整する。ついでに、いまこの場で見られるはずの対価も監視する」

「おまえは、その力のバランスとやらに、エンディを利用したということか。この子に卿団員を殺させたということか」

「だったらなんだ」メッツァの声が、ふいに不穏なものに変わった。「おまえ、救済者気取りはそろそろやめとけよ」

 直後、メッツァがまたたく間にマッキーバに迫った。打ち下ろされた刀剣を、マッキーバは剣を横にして受けた。メッツァは、その細身の身体からは想像できないほどの力で、マッキーバを押しこんだ。剣と剣が震え、マッキーバは徐々に体勢を崩していった。まわりにいる敵たちが、誤ってエンディウッケを殺すのを怖れているためか、それともメッツァの気をまぎらわせないようにするためか、いまエンディウッケに襲いかかってこないのは、マッキーバにとってありがたかったが、それ以上に、このメッツァという男の剣技は脅威だった。

 不利を見てとったエンディウッケが、さっと後ろにさがって、片腕を伸ばし精神攻撃の姿勢を取った。猛烈な気迫で、彼女の髪はスカートがめくれるようにふわりと浮いた。

 このままではやられる、とマッキーバは思った。もはやエンディウッケの精神攻撃に賭ける以外になかった。メッツァの剣の押し込みで、マッキーバの剣は、マッキーバ自身の顔に近づいていた。刃がマッキーバの鼻筋に触れ、本番にそなえる練習のように、その鼻筋に薄く傷を作った。メッツァの剣の無情な圧力は、弱まることを知らなかった。

 と、ふいにマッキーバは圧力から解放され、勢いあまって前につんのめりそうになった。

 マッキーバは驚いて前を見た。そこには、まるでマッキーバなどいないかのように、横を向いてなにかを見ているメッツァのすがたがあった。

 マッキーバは無意識にそちらに顔を向けた。遠くにリディアと『知事』たちが立っているのが見えた。もっと手前にいるオービットとビューレンも、自分たちと同じようにして見ていた。

 マッキーバはリディアに目をこらした。表情はよくわからなかったが、その唇が、かすかに開いたり閉じたりしているのが見えた。

「ビューレン!」

 メッツァがすさまじい声を放った。それはまわりの卿団員や異能者たちを、その場に凍りつかせるほどの大声だった。

 たちまちメッツァとビューレンが、そろってリディアのほうに疾駆した。遅れて機械兵や異能者たちが、いっせいに後を追いはじめた。

 オービットとヴァンゼッティ、そして残りの卿団員たちも、とっさに駆け寄った。そしてオービットはビューレンの前に、ヴァンゼッティはメッツァの前に立ちふさがった。

 マッキーバはエンディウッケの肩を抱きながら、その一変した様相を見守った。かれの目の中のリディアは、いまは遠目にもわかるほど、はっきりと口を開閉させていた。


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