覚醒と幕引き・7
発射音よりも一瞬早く、弾丸はミドの顔面を吹き飛ばした。
罵声が途切れた静寂は、どこか不自然で白々としていた。
頭のないミドの身体は、斧を握ったまま、意外なほど単純に機械的な動作で、バタリとあおむけに倒れた。マッキーバとエンディウッケが、すこし遅れてそちらを振り向いた。
シドはもう立ちあがっていた。かれは、現実と異界の間をただよっているような顔つきで、身体をふらつかせていたが、銃声が鳴ると、ふいに現実に立ちかえり、前方を見やった。
そしてシドは一瞬呆けたようになり、そのままの表情で、一歩、一歩と、よろよろ脚を前に進めた。
背中を見せていたマッキーバがすばやく振りかえり、エンディウッケも振りかえった。
シドは、その二人の壁がゆっくりと真ん中から開いていくのを見て、そこを通ると、地面にかかとをつけてこちらを向いている、ミドの汚れた足の裏を見た。
シドはミドの死体の前で立ちどまった。かれは、ミドの首から、なにか細い悲鳴のように噴き出る血を見た。
シドは、ミドの倒れている身体の向きから、撃った者は自分の後ろの方向にいると推測した。それは、なにかすさまじい混乱の前に、どうしてもこれだけは理性的に知らなければならないという、緊迫した性急さだった。おそらく限界点を越えるだろう、とシドは思った。ぼくは死ぬだろう。
カッとシドの目が見開かれた。そしてシドはすばやく身体を反転させた。
ウォオアアアア、という雄叫びが、シドの口から出た。
マッキーバはエンディウッケを抱きこみ、瞬時にその場から離れた。
シドが肩を怒らせ、硬直した。シドの前方の建物の壁が、ギシギシと鳴った。つづいて、ズズズズズ、と石同士がこすれ合ってくだけるような、おぞましい音が鳴った。そして次の瞬間、雲の中の雷がうなるような、重いとどろきが起こり、高い建物のひとつが崩落した。砕けた壁の、大小さまざまな塊が、あたりに飛び散った。
シドがそちらに歩き出すうちに、崩落はおさまった。かれは小さながれきを踏み、ガラスを踏み、大きながれきも踏み越えて、ひたすらまっすぐ着実に歩いていった。目や口や鼻や耳から血を流し、あごのあたりで集まってこぼれた。血は、汚れきったブレザーの首元にも垂れ、シドの胸に入りこんだ。
やがてシドは、崩落の現場にたどりつき、たたずんだ。目標物を探さなければならなかった。がれきやガラスや、さまざまな物が、うず高い山を作っていた。
これは難しいぞ、とシドは思った。頭は危険なほど冴えていた。血はあとからあとから流れ、伝いおりていった。
シドはおもむろに、目の前の山から大きながれきを持ち上げ、後ろに放り投げた。それを十回ほどつづけた。一つのがれきを投げ、次のがれきに向かおうと身体を振り向かせた瞬間、シドはそのままの勢いで、まるでふざけているかのようにばったりと頭から倒れて、二度と動かなかった。
ナードを押しつぶして取り囲むがれきは、四方を埋めつくしていて、すき間のない完全な闇の中で、ナードの命は尽きかけていた。身体は横向きに埋まっていて、口からはキャンディ・スティックが信じがたいほど忠実にまだ突き出ていた。
弱い意識の中で、こんなことになったのは自分がなにかまちがいを犯したからだ、と思った。そして、なにがいけなかったんだろう、とナードは考えた。しかしどう考えても自分は正しいはずだ、と感じた。不快な法則は消え、世界は晴れわたらなければならなかった。それがどうしてこんなことになってしまったのか。
押しつぶされた身体の痛みと息苦しさに巻かれながら、ナードはさらに考えた。
きっと、とナードは思った。きっと、ミドの頭を吹き飛ばしたのがいけなかったんだ。ナードは、徹甲弾を使ったことを悔やんだ。通常の弾なら、ミドのひたいを貫くだけでとどめられたはずだと思った。
やっぱり、それがいけなかったんだ。ミドの顔がなくなっちゃったら、ミドじゃなくなる。
ナードは、もはや論理的な思考ができないくらい意識がかすんでいた。
こういうときなんていえばいいんだろう、なんて感じればいいんだろう、とナードは心の中で、繰りかえし繰りかえし自問しつづけた。やがてその自問が、呪文のようにナードの意識をなめらかに失わせた。
横向きに倒れているナードの口が、少し開いた。口の上のほうにあるキャンディ・スティックが支えを失い、口に入ったまま、そっとすべり落ちた。
すべてが終わっても、エンディウッケはマッキーバのお腹のあたりに顔をうずめ、身体を硬くしていた。
マッキーバはそんなエンディウッケの肩を抱き、その身をしっかりと引き寄せていた。
ふたりは広場の、崩落した建物の方向とは反対側の出口にいた。がれきはその場所までは届かなかったが、塵芥が薄い霧のように広場に立ちこめていた。散らばるがれきの中に、ミドの死体が見えた。
一連のできごとはまさに悪夢そのもので、マッキーバはなにがなんだかわからない心境だったが、仲間割れだということは感じ取っていた。どうあれ、かれらがかれら自身の手によって死に、自分が、そしてエンディウッケが殺さずに済んだことには、内心安堵を隠せなかった。が、それにしても複雑な気持ちだった。
「さあエンディ、終わった」やがてマッキーバが口を開いた。「ここを出るぞ」
エンディウッケは、押しつけていた顔を離し、こわごわと広場のほうを振り向いて惨状を確認し、つばを飲みこんでから、マッキーバに振りかえった。
「終わったの? どうなったの?」
「全部終わった。もう大丈夫だ」
「どうなったの?」
「かれらは自滅した。理由はわからない。でももう大丈夫だ」マッキーバは自分にいい聞かせるようにいった。
「これからどうするの?」
「宮殿の区画に行く。そこが最後の場所だ」
「あたしは?」
「連れていく。ひとりにはしない」
「本当?」
「本当だ」
マッキーバは、ゆっくりとうなずいていった。それに合わせて、エンディウッケも真剣な顔でこくりとうなずいた。
マッキーバはおもむろに首をめぐらし、広場を見た。それからエンディウッケの背中にやさしく触れ、もう片方の手に剣を握り、ふたりは広場に背を向けて、歩き去った。




