表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
133/142

覚醒と幕引き・7

 発射音よりも一瞬早く、弾丸はミドの顔面を吹き飛ばした。

 罵声が途切れた静寂は、どこか不自然で白々としていた。

 頭のないミドの身体は、斧を握ったまま、意外なほど単純に機械的な動作で、バタリとあおむけに倒れた。マッキーバとエンディウッケが、すこし遅れてそちらを振り向いた。

 シドはもう立ちあがっていた。かれは、現実と異界の間をただよっているような顔つきで、身体をふらつかせていたが、銃声が鳴ると、ふいに現実に立ちかえり、前方を見やった。

 そしてシドは一瞬呆けたようになり、そのままの表情で、一歩、一歩と、よろよろ脚を前に進めた。

 背中を見せていたマッキーバがすばやく振りかえり、エンディウッケも振りかえった。

 シドは、その二人の壁がゆっくりと真ん中から開いていくのを見て、そこを通ると、地面にかかとをつけてこちらを向いている、ミドの汚れた足の裏を見た。

 シドはミドの死体の前で立ちどまった。かれは、ミドの首から、なにか細い悲鳴のように噴き出る血を見た。

 シドは、ミドの倒れている身体の向きから、撃った者は自分の後ろの方向にいると推測した。それは、なにかすさまじい混乱の前に、どうしてもこれだけは理性的に知らなければならないという、緊迫した性急さだった。おそらく限界点を越えるだろう、とシドは思った。ぼくは死ぬだろう。

 カッとシドの目が見開かれた。そしてシドはすばやく身体を反転させた。

 ウォオアアアア、という雄叫びが、シドの口から出た。

 マッキーバはエンディウッケを抱きこみ、瞬時にその場から離れた。

 シドが肩を怒らせ、硬直した。シドの前方の建物の壁が、ギシギシと鳴った。つづいて、ズズズズズ、と石同士がこすれ合ってくだけるような、おぞましい音が鳴った。そして次の瞬間、雲の中の雷がうなるような、重いとどろきが起こり、高い建物のひとつが崩落した。砕けた壁の、大小さまざまな塊が、あたりに飛び散った。

 シドがそちらに歩き出すうちに、崩落はおさまった。かれは小さながれきを踏み、ガラスを踏み、大きながれきも踏み越えて、ひたすらまっすぐ着実に歩いていった。目や口や鼻や耳から血を流し、あごのあたりで集まってこぼれた。血は、汚れきったブレザーの首元にも垂れ、シドの胸に入りこんだ。

 やがてシドは、崩落の現場にたどりつき、たたずんだ。目標物を探さなければならなかった。がれきやガラスや、さまざまな物が、うず高い山を作っていた。

 これは難しいぞ、とシドは思った。頭は危険なほど冴えていた。血はあとからあとから流れ、伝いおりていった。

 シドはおもむろに、目の前の山から大きながれきを持ち上げ、後ろに放り投げた。それを十回ほどつづけた。一つのがれきを投げ、次のがれきに向かおうと身体を振り向かせた瞬間、シドはそのままの勢いで、まるでふざけているかのようにばったりと頭から倒れて、二度と動かなかった。


 ナードを押しつぶして取り囲むがれきは、四方を埋めつくしていて、すき間のない完全な闇の中で、ナードの命は尽きかけていた。身体は横向きに埋まっていて、口からはキャンディ・スティックが信じがたいほど忠実にまだ突き出ていた。

 弱い意識の中で、こんなことになったのは自分がなにかまちがいを犯したからだ、と思った。そして、なにがいけなかったんだろう、とナードは考えた。しかしどう考えても自分は正しいはずだ、と感じた。不快な法則は消え、世界は晴れわたらなければならなかった。それがどうしてこんなことになってしまったのか。

 押しつぶされた身体の痛みと息苦しさに巻かれながら、ナードはさらに考えた。

 きっと、とナードは思った。きっと、ミドの頭を吹き飛ばしたのがいけなかったんだ。ナードは、徹甲弾を使ったことを悔やんだ。通常の弾なら、ミドのひたいを貫くだけでとどめられたはずだと思った。

 やっぱり、それがいけなかったんだ。ミドの顔がなくなっちゃったら、ミドじゃなくなる。

 ナードは、もはや論理的な思考ができないくらい意識がかすんでいた。

 こういうときなんていえばいいんだろう、なんて感じればいいんだろう、とナードは心の中で、繰りかえし繰りかえし自問しつづけた。やがてその自問が、呪文のようにナードの意識をなめらかに失わせた。

 横向きに倒れているナードの口が、少し開いた。口の上のほうにあるキャンディ・スティックが支えを失い、口に入ったまま、そっとすべり落ちた。


 すべてが終わっても、エンディウッケはマッキーバのお腹のあたりに顔をうずめ、身体を硬くしていた。

 マッキーバはそんなエンディウッケの肩を抱き、その身をしっかりと引き寄せていた。

 ふたりは広場の、崩落した建物の方向とは反対側の出口にいた。がれきはその場所までは届かなかったが、塵芥が薄い霧のように広場に立ちこめていた。散らばるがれきの中に、ミドの死体が見えた。

 一連のできごとはまさに悪夢そのもので、マッキーバはなにがなんだかわからない心境だったが、仲間割れだということは感じ取っていた。どうあれ、かれらがかれら自身の手によって死に、自分が、そしてエンディウッケが殺さずに済んだことには、内心安堵を隠せなかった。が、それにしても複雑な気持ちだった。

「さあエンディ、終わった」やがてマッキーバが口を開いた。「ここを出るぞ」

 エンディウッケは、押しつけていた顔を離し、こわごわと広場のほうを振り向いて惨状を確認し、つばを飲みこんでから、マッキーバに振りかえった。

「終わったの? どうなったの?」

「全部終わった。もう大丈夫だ」

「どうなったの?」

「かれらは自滅した。理由はわからない。でももう大丈夫だ」マッキーバは自分にいい聞かせるようにいった。

「これからどうするの?」

「宮殿の区画に行く。そこが最後の場所だ」

「あたしは?」

「連れていく。ひとりにはしない」

「本当?」

「本当だ」

 マッキーバは、ゆっくりとうなずいていった。それに合わせて、エンディウッケも真剣な顔でこくりとうなずいた。

 マッキーバはおもむろに首をめぐらし、広場を見た。それからエンディウッケの背中にやさしく触れ、もう片方の手に剣を握り、ふたりは広場に背を向けて、歩き去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ