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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
131/142

覚醒と幕引き・5

 マッキーバは片手に剣を持ち、もう片方の手を、いつでもエンディウッケに触れられるように空けていた。

 ふたりはケーメイの市街地の、高い建物と建物の間の道を、急ぎ足で歩いていた。そそりたつ建物は、陽光を受けて黒々とした影を路上に張りつけ、容赦のない直線だけの世界を創りあげていた。

 遠くの砲声が鳴りひびき、周囲では乾いた銃声もときおり聴こえた。

 マッキーバは自分の部下を三十人ほど引き連れてきたが、いまは十人に減っていた。あちこちで遭遇した機械兵たちは、一人、また一人と確実に部下を殺した。

 いま部下たちは、マッキーバのあとにしたがってはいたものの、敵も味方もない機械兵の手あたり次第の攻撃に驚き、とまどっていた。そしてそれ以前に、マッキーバがどこへ向かおうとしているのかが分からず、まるで自分から出口のない迷路に入りこんでいるようで、冷静さを装いながらも浮足立っていた。

 ひとつの建物の角に差しかかると、機械兵の一群が待ちかまえていた。マッキーバたちのすがたを見て、機械兵はいっせいにアサルト・ライフルを撃った。数人の部下が銃弾を浴びて死んだ。

 マッキーバはエンディウッケを背中に守り、剣を横になぎ払い、強烈な衝撃波で数体の機械兵を地に倒した。部下の卿団員たちは、黒いマントをはためかせて機械兵に飛びかかり、ある者は機械兵を討ち取り、ある者は逆に討たれた。戦闘が終わると、部下の数は五人に減っていた。

「行くぞ」

 マッキーバは、途方に暮れたような様子の部下たちに声をかけ、歩き出した。エンディウッケの手が、マッキーバの手に触れた。マッキーバはその手をしっかりと握った。残った部下のうちのふたりは、あとをついてこなかった。

 一行は建築群の中に入り、細い路地を進んだ。路地の先には、石畳の円形広場があった。建物に囲まれ、中庭のようにぽっかりと空いた場所で、ふだんは市場などに利用されていた。マッキーバはそこで脚を止めた。

「ここなの?」エンディウッケがいった。

「ここでいい」マッキーバはあたりを見渡しながら答えた。

「もうすぐそこまで来てるよ」

「ああ、おれにもわかる」マッキーバはうなずいた。


 嗅ぎなれた気配を感じ取ったのは、一時間ほど前のことだった。その気配には意志があり、あきらかにマッキーバとエンディウッケを誘っていた。

 かれらは、そのときはまだ中枢卿団の本部の部屋にいた。

 ルキフォンスの死や、艦隊の全滅、そしてリターグが市街地に迫っていることなどを聞かされていたマッキーバは、危険を回避するため、その気配の誘いに乗るつもりはなかった。

 そうでなくとも、団長のオービット以下中枢卿団は、すでに皇帝の宮殿のある区画に移動を始めていたので、マッキーバも当然そこに合流するはずだった。しかし、オービットはそれをさせなかった。

「なんだと?」

 マッキーバは、携帯通信機越しに、気色ばんだ声をあげた。「おれとエンディを、捨てるつもりか?」

「役目を果たせといっているだけだ」

 オービットがいった。「気配がおまえたちを誘っているなら、おまえたちは戦わなければならない」

「ルキフォンスは死んだ」マッキーバは噛みつくようにいった。「ケンサブルの気配も消えた。もう十分だ。あとは力場を完成させるだけだ」

「戦うべき相手がそこにいるなら戦え。いつもそうしてきたはずだ」

「せめてエンディだけは、そっちに行かせてくれ」

「ここはまもなく最後の戦場となる」

 オービットはいった。「どこよりも危険な場所になる。それほどエンディウッケにこだわるなら、戦いのあとで逃がしてやればいい」

 マッキーバは、無言で携帯通信機を切ると、それを思いきり床に投げつけた。そばに立つエンディウッケは、ふしぎと静かな表情で、砕けた通信機の残骸を見つめた。

「あたし戦う」エンディウッケはいった。「もうあの気配におびえるのは嫌」

「その必要はない。おまえをケーメイの外に逃がす」

「それでどうなるの? あたしは、またひとりぼっちになるの?」

「すべて終わったらむかえにいく。それまで、どこか安全な場所に隠れるだけだ」

「あたし嫌、そんなの。マッキーバと一緒にいる」

「だめだ」

「マッキーバだけじゃ、あのふたりに勝てない」

 エンディウッケは、前を見すえていった。「いつもそうだった。あたしがいなかったら、マッキーバは死んでた」

 マッキーバは、けわしい表情でエンディウッケの横顔を見た。

 背後の窓から射しこむ陽光が、エンディウッケの長い黒髪を白く染め、さらに横顔の、目元から口もとまで、白い帯を縦に一本作っていた。その帯は、流れる涙を表わす模様にも、戦いにそなえる凛々しい化粧にも見えた。

 マッキーバは、目の前にありながらどこか遠い、そのエンディウッケのすがたに見入り、心を揺さぶられた。なにか声をかけたかったが、この瞬間のエンディウッケにかける言葉は見つからなかった。

「あたし、ひとりでも戦う」やがてエンディウッケは、決然とした声でいった。

「ひとりにはしない」

 マッキーバの口から、自然に言葉がもれた。「ひとりにはしないよ、エンディ」

 エンディウッケはマッキーバを見あげて、にっこりと笑った。


 円形の広場に立つマッキーバたちは、気配の主がやってくるまで、周囲に目をやり、機械兵の襲撃を警戒した。

 機械兵が見境なく人を殺していることは、カイトレイナからの報告でマッキーバは知っていた。そしてそれが、アイザレンに逃げてきた、エントール皇国の元宰相ヴァン・ビューレンの部隊であることも判明していた。機械兵を放ったビューレンの目的は、マッキーバには、それとなく察しがついていた。

 広場はくぐもった砲声が響くだけで、動くものはなく、風もなかった。

 マッキーバは警戒しながらも、おそらく機械兵はこの場にはやってこないだろう、と直感していた。そう思えるまでに、広場は隔絶された空間として完成していた。ここに来る資格のある者だけが入れる場所といってもよく、機械兵たちにはその資格がないと、マッキーバは思った。

 目前に迫る果たし合いに、やがてマッキーバは意識を集中させた。横に立つエンディウッケも、拳を握りしめて直立し、そのときを待ち受けていた。


 そのふたりは、マッキーバたちの正面の道からやってきた。

 白い布を胸と下半身に巻きつけた、裸足の少女は、片手に小ぶりの斧を持ち、もう片手で死体の首をつかんで引きずっていた。

 ブレザー姿の少年は、少女の速い足取りに遅れないように、駆け足でしたがっていた。

 円形広場に入ると、ふたりは立ち止まり、距離を置いてマッキーバたちと向かいあった。

 少女は片方の口の端をあげて、白い歯を見せて凶暴な笑みを作ってから、死体を前に投げ飛ばした。重い音を立てながらも、グニャリと弛緩して地面に落ちた死体は、一般市民のものだった。どす黒く変色した顔のその男の死体は、口から小さく血しぶきを地面に飛ばし、なにか心もとない主張を、その血によって示しているかのようだった。

 少女ミドは、マッキーバとエンディウッケに、狂気をおびたギョロッとした目をやり、それから首を横にめぐらして、三人の卿団員を見た。

「なんか邪魔なのがいるんだけど」

 歌うような調子でそういったミドの姿が消え、次に現われたときは、三人の卿団員の後ろに立っていた。三つの頭部がほぼ同時に地面に落下し、頭部を失った卿団員たちは、剣を構えたままの姿勢でドサッと倒れ、やり残したことを済ませるまでは永遠に死ねないという様子で、異様になまなましく剣を握りしめていた。

 少年シドが、ヒュッと口笛を鳴らした。

「わかってるって、ガキからやればいいんでしょ?」

 ミドは大声でそういうと、ヒュイ、と口笛を返した。小さくうなずいたシドが、肩を怒らせて力をこめた。

 とたんに激烈な圧迫感がマッキーバを襲った。

 シドの放った波動は、まるで空が落ちてくるような絶望的な力感をもって、マッキーバの身体を押しつぶそうとしていた。マッキーバは頭がゆがんだここちになり、大波のように頭痛が押し寄せた。かれはとなりのエンディウッケが、地面にうずくまってうめいているのを横目にした。

 ミドは、片手の斧をふらふらとからかうように振りながら、マッキーバと遠い間合いを取ってまわりこもうとしていた。

 身体の自由がきかないマッキーバは、唇をかみしめ、気配だけでその動きを追った。やがて、ヒュ、と鋭い口笛が背後で聴こえた。

 瞬間、圧力が消えた。マッキーバは本能的に、身体を反転させながら剣を横に払った。真後ろに迫っていたミドが、瞬時に跳ね飛んで後退した。マッキーバの剣の衝撃波は空気を揺らがせ、風が生じたがすぐに消えた。

「おっさん、こわーい」

 ミドはふざけた調子でそういうと、マッキーバたちの後ろにいるシドに、チラッと目をやった。シドの荒い息づかいが、マッキーバの耳に届いた。

 マッキーバは、少年はおそらく能力を連続して使うことができないのだろう、と思った。そしてその能力は、対象を選り分けることができず、仲間の少女もその能力の範囲内にいれば、影響を受けるにちがいないと、いまの一連の攻撃の中で悟った。マッキーバは、よろめきながらも立ちあがったエンディウッケを、また横目にした。

「エンディ動けるか?」

 マッキーバはミドから目を離さず、小声でいった。エンディウッケは小さくうなずいた。

「少年のほうをやれ、エンディ。いますぐだ」

 そういったとたん、マッキーバの目の前にミドのすがたが迫った。尋常をはるかに超えたすさまじい速度でミドはエンディウッケに斧を振り下ろそうとし、その動きを見きわめたマッキーバが、ミドの斧を持つほうの手首をつかみ、すばやく背後にまわってミドの腕を締め上げ、同時に身体を羽交い絞めにした。

 斧は地面に落ち、ミドは狂ったような叫び声をあげて身体をねじったが、締められた腕の痛みが増すだけでなすすべがなく、それでも半狂乱になってもがきつづけた。

 マッキーバは、ミドの身体の線の細さに、複雑な思いを寄せた。前の戦いで、自分がこの年端もいかない少女を殺すのをためらったことを思い出し、いまもできればこのまま身体を拘束して、戦意を失わせたいと考えていた。少女を盾にしている状況では、少年も力を使うことはできないはずで、それ以前に、おそらくエンディウッケのほうが先に、少年に精神攻撃をかけられる、とマッキーバは予測した。そしてそれは、実際そのとおりになった。


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