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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
129/142

覚醒と幕引き・3

 東に登る太陽は眼下をにらみすえるように照りつけ、その陽光は酷薄な世界の有り様を人が見ることを強制していた。

 サヴァンは、足元に倒れている機械兵の、白い装甲に射しこむ光のまぶしさに目を細めた。

 機械兵の切り裂かれた胴体から流れ出る黒い液体は、光の裂け目から漏れる闇の、無目的な主張のように感じられた。

 ケーメイの攻防戦が開始されて、二時間が経過していた。

 サヴァンとレダとリディア、そしてほかの『知事』たちは、降下艇でアイザレン軍の防衛線を越え、市街地に入っていた。

 遠くの防衛線の砲声と、はるか上空の砲声が重なりあい、断続的に響くその重低音の尾を引きながら、さらに爆発音もとどろいた。それはなにか得体のしれないものを次々に呼び出す、おごそかな儀式の音のように聴こえた。

 サヴァンたちは、高層建築がひしめく区画に立ち止まっていた。かれらは、降り立った直後に遭遇した、機械兵の部隊との戦闘を終えたばかりだった。何十という機械兵の残骸が路上に転がっていた。白い制服を赤黒く染めた『知事』の死体も、いくつかあった。

 サヴァンは、足元の機械兵から仲間たちのほうに視線を移し、集合をかけようと口を開きかけた。そのとき、ふところの携帯通信機が鳴った。

 サヴァンは通信機越しにしばらく会話をしたあと、それをまたふところにしまい、後ろを向いた。

「局長からか?」剣を片手に持って立っているレダが聞いた。

「ああ、そうだ」サヴァンは答えた。

「なんだって?」

「ルキフォンスの連合艦隊が壊滅した。メサイアも落ちた。空はもう掃討に入っているらしい」

「陸は?」

「戦線でこう着してる。アイザレン軍はともかく、機械兵の部隊がやっかいだそうだ」

「やっぱりこいつらか」レダは機械兵の残骸を見わたしていった。

「この市街地には、たぶん機械兵しかいない」サヴァンは静かにいった。「カイトレイナのときと同じだ。果たし合いの場に邪魔が入らないようにしてる」

「うん、そうなると、うちらはここにいてもしかたない」

「そうだな。行く先は決まってる」

 ふたりは、ともに一つの方向に顔を向けた。いくつもの強い気配が、うねりながら身体にまとわりついてくる。

 サヴァンは、ふと視線を横にやった。すこし先のほうで、リディアが立ちつくしていた。彼女は、自分の身をかかえるように両腕を交差させ、口を引き結んで、なにかに耐えている様子だった。

 その向こうでは、ほかの『知事』たちが警戒を解かずに剣を構え、周囲に目を走らせていた。サヴァンはゆっくりとリディアのほうに近づいていった。

「リディアさん、大丈夫ですか?」サヴァンはリディアの前に立って、声をかけた。

「ええ。でも、なにか変なんです」

 リディアはうつむいて、か細い声で答えた。「わたしが、わたしじゃなくなるような、わたしが消えるような、そんな気分がします」

 サヴァンはなにもいわず、リディアの顔を凝視した。自分が、知るはずのない答えを知っていて、それは言葉にすることはできないが、知っているということだけを、無言の中で提示するような表情をしていた。

「敵襲!」声が飛んだ。

 かれらのいる路上の左右から、機械兵が黒い刀剣を手に疾駆してきていた。すぐに右側にいた『知事』たちと機械兵が戦闘をはじめた。

 左にはレダが一人でいた。レダはおもしろくもないという顔つきで、剣をすばやく横に払った。レダに駆け寄っていた機械兵たちは、まだ彼女との距離が詰まらないうちに胴体から両断され、上半身はその場に落下し、下半身はなおも慣性に逆らえずに、前に進んでから、つんのめるように地面に倒れた。

 右側の『知事』の一人を殺した機械兵が、サヴァンとリディアに一直線に向かってきた。サヴァンはリディアの前に立ち、彼女を背後に守った。

 乾いた音を立てながら走り寄る白い機械兵は、なにか決定的なジェスチャーのように黒い刀剣を振りあげていた。サヴァンは、剣を取らずに立ちつくし、無表情に相手をながめた。

 バシャ、と音がして、機械兵がサヴァンのすこし手前で、あとかたもなく消えうせた。残った機械兵は、ほかの『知事』たちによって倒されていた。その『知事』たちも、また何人かが死んだ。

「行きましょう、リディアさん」

 サヴァンは静謐な声でそういって、歩を進めた。リディアは、引き寄せられるようにサヴァンのあとにしたがった。レダは剣を鞘に戻すと、くるっときびすを返して、サヴァンたちの背中を追った。

 三人は、生き残った『知事』たちの横を通りすぎた。十人ほどのかれらは、肩で息をしたり、両手両ひざを地面につけてうなだれていたり、手傷を負って苦痛の声をもらしたりしていたが、サヴァンたちから離れるのを怖れ、よろよろとついていった。

 かれらの中には、かつて落ちこぼれだったサヴァンやレダを、さげすむ者もいた。が、ここまでの戦闘で信じがたい力を見せつけられたあとでは、もはや取りすがってでも追従しなければならなかった。

 一行は、サヴァンを先頭にして歩き、すこし先に停めてある降下艇に近づいていった。

 上空には、リターグの黒い艦影が小さく見えた。青空に浮かぶそれは、この世のすべての生物にかかわる、揺るぎないなにかの定めを象徴しているかのようだった。


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