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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
121/142

カイトレイナ炎上・5

 エルフマンにとって、すべては夢の中の出来事のようだった。ピットが死んだことも、こうして自分がひとりで降下艇に乗り、艦隊を離れてカイトレイナに引きかえしていることも。だがその夢は鮮明で、心の奥ではこれが現実なのだということを理解していた。

 ピットが死んだことを通信で報告した部下は、同時におおよその状況を説明していた。不気味な機械兵の集団がどこからともなく現われ、後方に待機していたエルフマン機甲部隊のフロート・タンクをことごとく破壊し、ピットと同じく部隊の者たちの大半も殺され、難を逃れたごく少数の者たちは散り散りになった。

 降下艇を操縦しながら、エルフマンはさきほどのルキフォンスとの会話をぼんやりと思い出していた。当てつけ、嫉妬。陸上部隊を作った動機を、ルキフォンスは見事に見すかしていた。副団長の自分をさしおいて、ルキフォンスが大陸最強の艦隊をまかされたことは、エルフマンにとって大きな屈辱だった。さらに最新鋭の決戦型戦闘機『ロヴァ』までも、全機ルキフォンスの手にあずけられた。

 空がだめなら、陸の部隊を作ってやる。そうして活躍をつづけることによって、ルキフォンスを、さらにすべての采配をになっている団長を見かえしてやる。この単純な動機から、エルフマンは軍部の指折りの機甲部隊を奪いとったのだった。

 操縦席の窓の外に、カイトレイナの郊外が見えてきた。エルフマンは猛り狂った熱情に浮かされ、操縦桿を握る手は震えていた。

〝あなたを愛している〟

 ピットの口にした言葉が、その声音が、おそろしいほど生々しく、耳に響いてくる。エルフマンの両目が、じわりと涙でぬれた。

 とほうもない憤激と悲しみの中で、同時にエルフマンは、怖れを感じていた。なにを怖れているのかわからなかった。たぶん定めの残酷さ、無機質にしのびよるその絶対的な力のようなものを、まざまざと思い知らされたことへの恐怖だろう、と、エルフマンは頭の片隅で漠然と思った。鼓動は異常なほど高まっていた。


 細い通りに縦に並ぶフロート・タンクから何本もの黒煙が上がり、空に吸い込まれていくのを、エルフマンは間近の上空から見下ろした。そしてその通りから2ブロックほど離れたところに、その者たちのすがたを見てとった。横長の建物がコの字型に立っている、広い敷地だった。かれらは同じ姿勢で、同じ無表情な顔で、降下艇を見あげていた。


 敷地に立つエルフマンは、いつもの豪快なパフ・スリーブの純白のローブに、純白のマントというすがたで、それはとても美しかった。しかし、その場には決定的に不似合いなものにも見えた。

 荒れはてた廃墟の建物は、もとは集合住宅のようだった。いまは窓がはめられているところはごくわずかで、はめられていてもその大半が割れていた。

 三方向から建物に囲まれて中庭のようになっている敷地は、舗装されておらず、ところどころに小さな雑草が生えている土の地面だった。

 奥の建物の真下に、十人、いや十体ほどの、赤い血にまみれた白い機械兵がいた。そしてその後ろに、まだ町だったころのリターグや、エントールの聖都で剣を交えたことのある、機械兵の親玉の二体が立っていた。エルフマンは敷地の入り口に立ち、殺意のみなぎる目で、その二体をにらみすえた。

 エルフマンはゆっくりと歩を進めた。十体ほどの機械兵が刀剣を手にいっせいに走りこんできた。そして次の瞬間、全員が地面に崩れ落ちた。首を切断され、あるいは胴から両断され、機械兵たちは黒い液体を土に染みこませ、沈黙した。

 エルフマンの片手には、いつのまにか金色の鞘から抜かれた細い指揮刀が握られていた。それを振るう動作はなかった。しかし彼女の一閃が、機械兵を一瞬のうちに地に倒したのはあきらかだった。

 エルフマンは歩みを止めなかった。なにごともなかったように、一歩一歩地面を踏みしめ、残る二体の元に近づいていった。

 二体のうち、白いフードに白いチュニックを着た細身のほうが、二本の黒い刀剣を腕を交差して抜きはらい、スタスタと前進した。もう一方の、黒いフードに黒いチュニックの大柄なほうは、微動だにせず立ちつくしていた。

 間合いがつまる前に、エルフマンの見えない一閃が、その向かってくる者、クードに襲いかかった。しかしクードは瞬間的に横に移動し、攻撃を避け、直後にエルフマンに飛びかかった。

 エルフマンとクードの刃と刃がぶつかり合い、離れ、またぶつかり合い、離れた。この世のものとは思えない速度の攻防だった。パッ、パッ、と光景が切り替わり、断片だけがかろうじて目に見える。まるでどこか時間の流れがちがう別世界での戦いのようだった。

 エルフマンはクードと剣を切り結びながら、ふと、どこにあるかもわからないピットの亡骸のことを思った。見つけなければいけない。そして、丁重に葬らなくてはいけない。たとえ、かれの服の切れ端だけしか残っていなくとも、それを持ち帰らなくてはいけない。

 クードの鋭い突きをエルフマンが剣で受けかえし、ふたりは間合いをとった。

「上々」と、後ろにひかえている黒い者、ジュードが、耳障りな機械の声でいった。

「同意」と、クードも同じ声でいった。

 その会話を耳にして、ふいにエルフマンはまゆをひそめた。

 この二体と戦うのは、これで三度目だ。最初のリターグでは、苦もなく打ち倒した。次のエントールの聖都では、ピットが白いほうを倒し、自分が黒いほうを倒した。その際、自分の一閃が一度、黒いほうに受け流された。そしていま、白いほうはわたしの打突をことごとく防いでいる。

 かれらが何者で、目的がなんなのかはわからない。いまは知る必要もない。かれらがピットを殺し、わたしの機甲部隊を壊滅させたという事実だけでいい。

 かれらが、倒されても倒されても、また元どおりのすがたで現われることにも、別に不思議は感じない。かれらは人間ではない。機械だ。

 でも、かれらが格段に強くなっていることは、どうしても不可解だ。中枢卿団の副団長であるわたしの剣技は、たとえ同格の隊長でも、そう受けられるものではない。まして機械相手となれば、論外なはずだ。だがこの白い者は、偶然ではなく的確にわたしの剣を防ぎ、ときに押しかえしてくる。

 エルフマンは、細い指揮刀の柄をギリギリと握りしめた。

 クードは二刀を構え、間合いをはかっていた。エルフマンもまた剣を構え、クードの動きを注視した。

 クードが踏みこんだ。まばたきをする暇もなく、クードの二刀はエルフマンの頭上に振り下ろされ、エルフマンは指揮刀を寝かせて受けとめた。そのままエルフマンはすこし横に移動し、受けている刀をすばやく振りかぶると、間近にあるクードの胴に、ありとあらゆる思いをこめた渾身の打ちこみを見まった。受けきれなかったクードが、横ざまに吹っ飛び、地面に倒れた。クードの身体は、ほかの機械兵たちとはちがい両断されることはなかったが、衝撃によってけいれんを起こし、二刀を握ったまま地面でガクガクと奇怪な振動をつづけた。

 ジュードは動かなかった。エルフマンは躊躇なくきびすをかえし、ジュードにゆっくりと近づいていった。


「いまだいまだ」

 髪を無造作に両側でたばねた一人の少女が、照準器越しにエルフマンの動きを追っていた。Tシャツに短パンをはいた身体をうつぶせて、汚れたブーツの両脚をまっすぐに伸ばし、トライ・ポッドに乗せた巨大なスナイパーライフルをかかえこむようにしていた。

 その少女、ナードの口からは、白いキャンディ・スティックの棒が突き出ていた。ナードはまっ赤な口紅が塗られた口の端で、そのスティックを上下にもてあそびながら、興奮を隠さない無邪気な笑みを浮かべていた。

「ゆっくりゆっくり」

 細い人さし指が、トリガーに触れた。スナイパー・ライフルの照準器のズームをアップさせ、エルフマンの顔を大きく映すと、その額に照準器の中心点をあて、エルフマンの動きにあわせて、慎重にスナイパー・ライフルの銃口を移動させた。

「そこだそこだ」

 白いスティックがギリッと噛まれて、口の端に持ちあがった。


 エルフマンが銃弾をよけた一瞬後に、周りをとりかこむ建物のひとつの屋上から発射音が聴こえた。

 銃弾はエルフマンの横の土に埋まり、深い穴を作っていた。エルフマンはいっこうに動じる様子もなく、目を見開いた憤怒の形相を、すこし先のジュードに向け、歩きつづけた。

 クードとジュードのほかにもうひとりいることを、エルフマンは前の二度の戦いで知っていた。しかしたとえそれを知らなくても、いまのエルフマンには関係がなかった。だれにも、なににも自分を止めることはできない、とエルフマンは信じて疑わなかった。自分の生涯の中でいまが最高の状態だとエルフマンは実感していた。理知を超えたなにものかが、彼女の身体に宿っていた。エルフマンは弾をよけてから、自分が身をかわしたことに気づいた。脚が勝手に進む。前方のジュードが直立したまま、大ぶりの黒い刀剣を抜いた。

 やや距離のある間合いをとって、エルフマンとジュードは対峙した。黒いフードの奥から覗く、ジュードの不気味な灰色の義顔を、エルフマンは獲物を狩る獣の目で凝視した。ざわりと長い金髪が逆立つ感触がした。遠くで銃撃戦の乾いた音が響いていた。

 沈黙が流れた。

 この黒いやつはなにかいうだろう、とエルフマンは思っていた。しかしジュードは無言だった。声を発する気配もなかった。

 まるで示しあわせたようにふたりは同時に踏みこんだ。ふたりは直線的にたがいの身体に突進し、すれちがい、立ち止まった。どちらも振りかえることはなかった。

 そのときにはもう、エルフマンの怒りは消えていた。怒りはエルフマンの元を、すでに通りすぎていた。

 エルフマンは、深く納得した。だがなにに納得したのかは、自分でもよくわからなかった。同時に、自分があたらしい世界、死のあとにあるかもしれない世界に入るための、静かな気構えをしていることを自覚した。ピットの顔が浮かんだ。それはとても美しく、やさしく輝いていた。

 エルフマンの首全体から血が流れ、やがて噴き出した。頭部がまず落ちた。それから胴体が倒れた。ジュードは刀剣を鞘におさめた。クードも立ちあがり、まだふらついてはいたが、両刀を鞘に戻した。

「続行」とジュードがいった。

「了解」とクードが答えた。

 そして二体は動かなくなった。それぞれ違う方向を向いて、無造作なオブジェのようにたたずんだ。


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