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レガン戦記  作者: 高井楼
第四部
118/142

カイトレイナ炎上・2

「敵部隊の一部が中心街に進出。このままでは包囲される恐れがあります!」

 通信機越しの兵士の悲痛な叫び声に、エルフマン隊副長のピットは、歯を強くかみしめた。

「後退してこちらに合流しろ。後退しつつ応戦しろ」

 そう指示を出し、通信機を切ると、ピットはのどでうなり声をあげた。

 ──厳しいな、これは。

 ピットは、胸の内に暗いもやがかかるのを、おさえきれずにいた。

 リターグの中心地から二十キロ離れたこの陣地には、まだ戦火はおよんでいない。だが、いずれ突破されることは目に見えている。

 建物の一階に設置された前線司令部に、ピットはいた。その正面の細い通りには、軍部の最精鋭としてうたわれた元第十六師団、現在の〝エルフマン機甲部隊〟のフロート・タンクが、短い縦列を作って、停止している。ピットが師団長をつとめる、戦車隊だ。

 ──リターグ。あの化け物さえいなければ、こうはならなかった。

 周囲であわただしく味方の軍部と連絡を取りあっている士官や参謀たちをしり目に、ピットは埃とスモッグで曇った窓の外を、けわしい顔で見た。

 敵はおよそ五万。

 こちらはカイトレイナ駐留のアイザレン軍の地上部隊と、帝都ケーメイから駆けつけたわれら一個師団。数の上では優勢だった。

 だが、あの空に浮かぶリターグのとてつもない巨大さは、それだけでこちらの戦意をくじくものだ。士気は低かった。

 実際、その圧倒的な火力のまえに、大陸最強といわれるルキフォンス艦隊も、わが隊長のエルフマン艦隊も、撤退をよぎなくされた。

 空の支援も受けられず、孤立無援となったわれらは、浮島におびえ、地上の猛攻にさらされ、もはやなすすべがない。

 おまけに、エルフマン機甲部隊は、電撃戦専門の攻撃隊だ。拠点防衛には向いていない。それらのほとんどをつぎこんではみたが、結果はいまの報告のとおりだ。そしてたぶん、あれが最後の通信になるだろう。

 中枢卿団の黒いマントに身を包んだピットは、苦い気持ちをかかえたまま、司令部を出て、通りに立った。旧市街のうらぶれた低い建物が、左右につづいている。フロート・タンクの重油の匂いが鼻をかすめたが、それはたちまち、二十キロ先から流れてくる炎の煙の匂いにかき消される。

〝すぐ退きなさい。いますぐよ〟

 ついさっきエルフマンと交わした通信を、ピットは思いおこした。


「退いて、どうします?」ピットはいった。

「とにかく退きなさい。わたしは身動きが取れない。助けに行く余裕はないの。そこは軍部にまかせて、あなたたちはカイトレイナから離れなさい」

 ピットはしばらく答えなかった。

「……できればそうしてみます」

「あなたらしくないわね」

 けげんそうにエルフマンがいった。「そんな弱気な言葉は聞きたくないわよ」

「機甲部隊は、ほぼ壊滅といっていい状態です」

 ピットはいった。「これは師団長をまかされたわたしの責任です。責任を取るのが指揮官のつとめです」

「いい? あなたは、わたしの副官なの」

 噛んで含むような調子で、エルフマンはいった。

「師団長という前に、中枢卿団の、このエルフマン隊の副官なの。責任うんぬんはこちらに帰還してから考えます。あなただけでも戻りなさい」

「隊長は、いまどのあたりにいます?」

「カイトレイナから百キロほど離れた地点よ」

「だいぶ遠い」

「ピット」鼓舞するような声で、エルフマンがいった。

「おれは、優秀な部下ではなかった」ふいにピットがいった。「でもいまさらいってもしかたがない」

「なにがいいたいの?」

「伝えられるときに伝えておきたい。あなたには、感謝しています」

「そんな話は聞きたくないわ」突き放すように、エルフマンはいった。

「感謝している。それだけはいっておきたい」ピットはそうくりかえした。

「どうでもいいのよ! そんなことは!」エルフマンが大声をあげた。「いますぐカイトレイナを出なさい。これは隊長命令よ、ピット。泣き言はあとから聞くわ」

「あなたを愛している。人としても、女性としても」

 ぷつっと通信が切れ、ピットは無音の通信機を耳にあてたまま、白いような心で、すこしの間その場に立ちつくした。


 その通信のときに立っていた通りに、ピットはいまもまたたたずんでいた。かれは顔をしかめて、空を見あげた。艦影はなく、まっさらな青空がどこまでもつづいている。遠い砲声が重なりあって聴こえる。ピットは、ろくに舗装されていない旧市街の地面に、顔を向けた。そして、おもむろに意識を集中した。

 ──やはりな。どうも、そんな気配はあった。

 ピットは顔を上げると、砲声のする中心街とは逆の方向に、目を向けた。

 細い通りの先に、立つ者がいた。

 ひとりは、白いチュニックに白いマント・フード。もうひとりは大柄で、黒いチュニックに、同じく黒のフード。

 ピットは身体をそちらに向けると、マントの奥から、長剣を抜いた。

 エントール皇国の聖都での、かれらとの戦闘で受けた胸の傷は、もう癒えてふさがれていたが、それがぴりっとうずいた。

 あのときは、確か三人組だったな。

 だがいまは、その白い者と黒い者の後ろに、何十もの、生白い機械の肌をさらした不気味な者たちがひしめいている。

 静導士でも『知事』でもない、正体不明の機械兵たち。

 おまえら、なにがしたいんだ。なにが目的だ。

 白い者が、黒光りする二本の刀剣を両手に、すたすたと近づいてくる。

 ……なんだかな。

 ピットは、ふいに茫漠とした心地にとらわれた。

 それから、剣をかまえた。


  *


「クードとジュードを降ろした」老人の声がする。

「クードとジュード?」とたずねる男の声がする。

「例の機械兵だ。最大限強化した。これ以上はない。役目を果たすだろう」

「ハハ、名前なんかつけたのか。あんた意外としおらしいな」

 鈍い振動音がとぎれることなく響いている。

 かれらは飛行艦の一室の、向かい合わせのソファーにそれぞれ座り、テーブルをへだてて顔を突き合わせていた。

 老人は濃紺のローブをまとい、髪は灰色の長髪で、ほほからあごにかけて、同じく灰色の長いひげを伸ばしている。

 男は仕立てのいい背広に身をつつみ、黒髪を短く刈りこみ、顔は薄笑いを浮かべているが、切れ長の瞳は油断のない光をおび、老人を凝視している。

「名前がなければ、不便だろう」老人がいった。

「どういう意味なんだ、ビューレン? クードとジュードってのは」

 男は、ただならない威容をたたえている老人に臆することなく、まるで同年代の友人のような口ぶりで話していた。

「意味はない。数字を当てただけだ」ビューレンと呼ばれた老人が答えた。

「九と十か?」

「そうだ」

「あんたにはうちの指折りの製品を八体渡した。一番と二番はだれだ?」

「マレイとカザンだ」

 男はおおげさに驚くような身ぶりをして、目を丸くした。

「そりゃすごい。あんたの下についてるのか、あのふたりが?」

「便宜上そう呼んでいるだけだ。かれらはだれの下にもつかん。わかりきったことだろう、メッツァ」

「そこが問題だ」

 メッツァと呼ばれた男は、人差し指をビューレンにむけていった。

「この流れだと、マザー・キーは帝都ケーメイで顕現する。チャンスは一度しかない。かれらを利用するつもりが、実は利用されたなんてことになったら、目も当てられない」

「リスクは承知している。だが必要な駒だ。最後まで使う」

「あんたにはでかい貸しがある」

 メッツァはグッとビューレンに顔を近づけていった。

「おれの製品とおれの部隊、そしておれの時間だ。あんたは借りを返さなきゃいけない。どういう結果になっても、あんたは、おれに借りを返すんだ」

 ビューレンはむっとした表情で、メッツァをにらんだ。そのまましばらく、にらみ合いがつづいた。

 やがて、メッツァはふっと鼻から息を吐き、ソファーの背もたれに無造作に背中をあずけると、部屋の窓のほうに顔を向けた。飛行艦は白い雲の中を進んでいて、窓外に見えるものはなにもなかった。

「いまごろカイトレイナは、火の海か」

 メッツァは、まるで他人事のような調子で、そうつぶやいた。


 少女は丸窓の前に立ち、白いだけの窓外に身体を向けていた。

 背は低く、身体全体を黒いマントですっぽりと包んでいる。ひっつめた黒髪は長い束になって、マントにそって流れ落ちている。

 狭い船室だった。空き部屋で、中には椅子のひとつもない。ゴウン、ゴウン、と、音をさえぎる物のないそのうつろな空間に、重い振動音が鳴っている。

「なにをやっておるのだろうな、我らは」

 少女が口を開いた。細い声だが、奥に深みを感じさせる。ふしぎと威厳をたたえた声だった。

「待っている」

 少女の後ろで、男の声がした。白い長衣に白い豊かな長髪。顔は青年のようにも、もっと年を取っているようにも見える。男は硬い床にあぐらをかき、組んだ両手を交差した足首に乗せていた。

 少女は頭を半分振り向き、男を横目にした。

「きさまは、それでよいのかもしれぬな、マレイ」

「生きるとは、待つことだ」マレイと呼ばれた男は、おだやかな表情で床の一点を見すえたまま、いった。

「理解できぬ」少女はまた顔を窓に移した。

「きみは、どうしたいんだい、カザン」

「我はもっと直接的な方法を好む。リディアを捕らえ、強制的に覚醒させればよい」カザンと呼ばれた少女が答えた。

「マザー・キーは、こわがりなんだよ」マレイはいった。「少しずつ、エネルギーを与えてあげないといけない。そうじゃないと、びっくりして逃げてしまう」

「まるで小動物だな」

「そうだね、まさに小動物だ」

 沈黙が降りた。一定の音程で鳴り響く振動音が、暗い呪文めいた調子に聴こえてくる。

「最後の力場はケーメイか」やがてカザンがいった。「ようやく、会えるのだな、かれに」

「そうだね」やわらかい声で、マレイは応じた。「かれらと戦い、そして、守らなければいけない。むずかしい役割だね」

「まわりくどいことだ」カザンは不機嫌な声でいった。「ビューレンごときに動かされる自分に腹が立つ」

「うまくいくさ」マレイは、つぶやくようにいった。「うまくいく」

「どうしてそういえる?」カザンがまた横目にマレイを鋭く見やった。

「そう思うからさ」

 マレイは表情を変えず、カザンのほうを見ることもなく、そう口にした。


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