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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
115/142

リターグの北上・1

「『サタナカン』大破、後退します!」と、通信士の声が飛んだとき、それまで表情を変えなかったルキフォンスのほほが、フェイス・マスク越しにぴくりとけいれんした。

 断続的に、床がズンと震える。こちらの砲撃の衝撃だ。

 サタナカンは、ルキフォンス艦隊の旗艦『メサイア』の僚艦で、二番艦だ。それが後退ということになると、陣の片側が大きく崩れる。実際、戦闘指揮所の高所にある、ルキフォンスの司令席の、デスクのディスプレイでは、左翼の味方の光点がたちまち心もとなくなった。

 いま、ルキフォンス艦隊は、超戦艦リターグを相手に、熱気と混乱のうずまく砲戦をしかけていた。距離にして四十キロをへだてた砲戦だ。

 時は夜。エアハルトがメイナードと話をして、二日後のことだった。

 悠然と北上をはじめたリターグのすがたを、じっと待ちかまえていたルキフォンス艦隊がとらえたのは、今日の夕方のことだ。メサイアの指揮所は、壁一面のモニターに映されたそのリターグを見て、一瞬静まりかえった。

 大陸最大といわれるメサイアが、まるで小型艇のように思えてくる。それほど巨大で、異様な様相。縦長の台形で、山のようなかたちの建築物がブリッジのように立っている。五十センチ以上はあろうかという砲門が、前方にも側面にも底部にも、無数に突き出ている。

 そんな化け物が、北へ、おそらくはアイザレン本土に向けて、近づいてくるのだ。

 最強を誇るルキフォンス艦隊は、総力を結集していた。四隻の戦艦、六隻の飛行空母、巡空艦、駆逐艦あわせて五十ほど。

 まさに大艦隊だ。ルキフォンスは、この艦隊の勝利を、信じて疑わなかった。いくら巨大とはいえ、相手は一隻。それを護衛する小艦隊もいるが、物の数ではない。はずしようのない的に、砲弾を浴びせまくる。やがて起こる大火災、沈没するリターグ。そんなイメージが、ルキフォンスの頭にはあった。

 だが実際は、戦闘開始からこの数時間で、損害を受けたのは自分たちだった。

 敵の主砲群を警戒して、四十キロの距離を取ったはいいものの、このアウト・レンジでは、いかに優秀なルキフォンス艦隊とはいえ、弾着が整わない。数発命中したものの、敵はびくともしない。対してリターグからは、こちらとは比較にならないほど高威力の砲撃が襲ってくる。

 退避行動をとる間もなく、巡空艦や駆逐艦が、次々と沈没していく。戦闘機群も出してはみたが、敵の猛烈な弾幕の前に、なすすべがなかった。

 そしていまの、二番艦サタナカンの大破だ。

 ──わたしの艦隊が、崩れていく……

 ルキフォンスは、ふいに、恐慌とも、恍惚とも知れない思いにとらわれた。

 百人近い通信士の声が、呪詛のように耳に響いてくる。

 わたしの楼閣。わたしの世界。わたしが、わたしである意味が、溶けていく。中枢卿団の第二隊長まで登りつめた自分。そう、このメサイアとわが艦隊の前に、敵などあってはならないのだ。栄光、不動の栄光。……まだ望みはある。まだやれることは、いくつか残っている。

「閣下、ロヴァを出すべきでは?」

 ルキフォンスのとなりの、参謀席の男がいった。

 ──もちろん、それもある。だが。

「ケンサブルの報告を待つ」ルキフォンスは、鋭くいった。「どこまで内側を崩せるか。今後の判断は、それによる」

「信号では、ケンサブル卿のロヴァは、そろそろリターグに近づきますな」

「全部隊、砲撃を中断、後進しろ」

 ルキフォンスはそういうと、切れるような目を、デスクの上のモニターに向けた。


  *


 広大な空間に、人がひしめいている。老若男女さまざまだが、着ている服は、みな一様に、灰色のぴっちりとした制服だ。モニターが何列も延々と立ち並び、人々は椅子に座って、そのモニターに向かいあい、キーボードを操作している。ヘッドセット越しの会話の喧騒が、ざわざわとあたりに響きわたっている。

 左右と奥の壁には、巨大なディスプレイが設置されていて、点や線、三角、円形など、無数の光点が点灯している。

 ここは、いまや空前絶後の大戦艦となったリターグの、戦闘指揮所の中だ。陸の町だったころは地下にあって、厳重に秘匿されていた場所だった。

「もとは『知事』だった者もいる」ジオ・レドムは、あっけにとられて見入っているサヴァンとリディアにいった。三人は吹き抜けの上階のへりから、下の様子をながめていた。

「いや、ほとんどが、もと『知事』といっていいな」とレドムはいい足した。

「かれらはこの日のために、長く訓練を積んできた。もしリターグが飛ぶ機会がなければ、まったく無駄な訓練だ。それでもかれらは、りっぱにやり遂げた。その結果がこれだ」

「つまりこうして飛ばなければ、地下のほかの施設も、使わずじまいになっていたということですか?」サヴァンがたずねた。

「そう、数万人を収容する居住施設、火器、飛行のための動力機関、その他もろもろは、この日のためだけにあった」

「ですが、なぜそのような準備を?」リディアが、下の階から目を引き離して、レドムを顔を向けていった。

「準備というよりは、もともとリターグは、飛行艦だった」レドムが答えた。「そして、いつかは飛ぶことになっていた。……いつかは、必ず」

 サヴァンとリディアは、無言になったレドムに、しばらく目をやりつづけた。

 ──なにがなにやら、さっぱりだ。

 サヴァンは、レドムから下の階に目を移し、通信士たちの整然とした喧噪をながめた。

 こうして、レドムに連れられて指揮所に来てみたはいいものの、どうにも現実味がわかない。おれが生まれ育った町が、実は飛行艦だっただと? そして、いつともしれない飛行のために、準備を続けていたと? それは、この戦争と直接関係があるのだろうか。だとすれば、リターグだけじゃなくて、ひょっとすると『知事』も、戦争にそなえて育てられてきたのかもしれない。

「敵艦隊、砲撃止みました」と、通信士の大声がした。「敵艦隊、後退を開始」

 参謀席の男が、レドムのほうを見あげた。レドムは、小さく首を縦に振った。

「砲撃やめ」参謀がすかさず声をあげた。

「レドムさんは、ここの司令も兼任なさっているのですか?」一連のやりとりを見ていたリディアが、目を丸くしていった。

「そうです」と、レドムは事もなげにいった。

 サヴァンは、ふと眉をひそめた。

 それは、レドムの超人的ともいえる激務に対してのものではなかった。リターグや『知事』への、思いにもならない思いからくるものでもない。

 現実的な実感。気配だ。

 砲撃が止んだという報告の直後から、じわじわと、いやな気配が広がってきている。無意識に身体が張りつめる。サヴァンは視線を宙にさまよわせ、意識を集中させた。

 なにかが、近づいてきている、このリターグに。

「局長」サヴァンはけわしい顔で、いった。

「中枢卿か?」レドムはサヴァンのほうを見ずに、すばやくいった。

「はい、おそらく」

「ひとまず、エアハルトにまかせる。あとは状況次第だ」

 突然の異変に、不安げな表情を浮かべ、ふたりの様子を見守るリディア。

 指揮所内の喧騒から取り残されたような、重い静寂が、その場に立ちこめた。


「イサギを返して」部屋のドアの前に立って、メイナード・ファーは静かにいった。

 視線の先には、手早く身支度を整えているエアハルトのうしろ姿がある。

「あとにしてくれ」エアハルトは跳ねのけるようにいった。ここは知事局の中にある、エアハルトの私室だ。いまエアハルトは、なたのような剣をおさめた大きめの鞘を二本、腰に差し直しているところだった。

「あなたではむり」メイナードは、口調を変えずに、おだやかな声でなおもいった。「特にいまのあなたでは、絶対にむり」

「きみなら勝てるとでもいうのか? この気配の敵に」

「わたしに会いにきた」メイナードは短く答えた。「だから、わたしがいく」

 エアハルトは、メイナードのほうに振り向いた。口を引き結んだ、すずしい目の女がそこにはいた。

 ふたりは、すこしの間、無言で視線をかわし合った。

「……いまのおれでは、とは、どういう意味だ?」やがて、エアハルトがいった。

 メイナードは、わかりきったことを、という風に首を横に振ってから、かたくなな声でつづけた。

「イサギを、返して」


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