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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
110/142

聖都動乱・8

 まるで巨砲のような威容を誇る、飛行戦艦が一隻、空に浮かんでいる。

 明るい陽の日差しに照らされ、それは悠揚として動かない。上空に停止している。

 そして何隻もの、すこし小ぶりの飛行戦艦が、その巨砲のようなかたちの戦艦を取り囲んでいる。

 戦艦「イサリオス」。静導士団・首席隊長リミヤン・キュベルカの旗艦だ。

 アイザレン軍が駐留していたメズという町から、数十キロ南。ちょうど、エントールの防衛拠点だったブレトと、メズとの中間地点になる。

 そのイサリオスの長官個室は、豪華な調度品に囲まれた部屋だ。

 いま、部屋のソファーに腰かけ、テーブルの上の大型の通信機を前に、キュベルカは脚を組んで座っていた。通信機の画面には、真顔でもにやけているような風貌の、四十くらいの男の顔が映っている。

「アイザレン軍によるラザレクの占領は、ほぼ完了しました」男がいう。「あとは、宮殿周辺の区画を残すだけです。おめでとうございます、キュベルカ様」

「宮殿は壊さず、女帝は殺す。敵の降伏は認めず、根絶やしにする。ここに間違いはないだろうな、スペイオ」キュベルカはいかめしい声でいった。

「アイザレン側には、念を押しておきました」エントール皇軍の若年元帥スペイオは、淡々と答えた。「ただなにぶん、戦争は生きものですから。皇軍が宮殿に火を放つなり、爆破するなりするかもしれません。まあ、あとは成り行き次第でしょう」

「成り行きか」キュベルカはいった。「ここまでの苦労を、成り行きで左右されては困る。アイザレンには、制圧を急がせろ」

「すでにアイザレン軍の中央軍集団と、マッキーバ隊、エルフマン隊が、制圧にかかっております」と、スペイオが応じた。「宮殿の防衛部隊は紙みたいなものです。こちらが引き裂くか、向こうがおのずから火種にするか。いずれにしても、数時間後には決着を見るでしょう」

「おまえの部隊やわたしの艦隊を後方にとどまらせるために、かけた労力は大きい。それに見合った結果が必要だ」

「わいろに、脅しに、偽の情報と、手はつくしましたが、反乱分子というものは、やはり出るものですな」

「動かないことに憤慨したおまえの部下が、何人か自決したという話を聞いたが」

「いずれも老害です。いい厄介払いになったかと」スペイオは、事もなげにいった。

「諸侯の連合軍はどうなっている」

「もともと諸侯は、ラザレクの中央集権にはうんざりしていましたから。コーエン公があっちをなだめ、こっちをすかし、ひとまずうまくやっているようです」

「気になるのは、リカルドやメイナードの動向だ。そちらに情報は入っていないか」

「不明です」スペイオは答えた。「ですが、事はもはや、士団がどうこうできる状況ではありません。それよりも」

 スペイオは一度言葉を切って、つづけた。

「さきほど、ヴァン・ビューレンとその一派を乗せた小艦隊が、ラザレクを出たとの報告が入っております」

「ビューレンか」鼻で笑うようにキュベルカはいった。「あの穴暮らしの老人を、おまえはよほど気にかけているようだな」

「ラザレクの、影の支配者でしたからね」スペイオは真顔でいった。「例の私設部隊〝レトー〟ともども国外に逃げるとあれば、のちのち面倒になるかもしれません」

「前におまえのいっていた、悪性の腫瘍とは、あの男のことだな」キュベルカは悠然と脚を組み替え、いった。

「はい」スペイオは短く答えた。

「いまは捨て置け。かまっているひまはない」

「……わかりました」

 スペイオはすこし間を置いてから、そういった。

「では、次の定時報告でお目にかかります。その際は、陛下、とお呼びすることになるでしょうな」

 通信を終えると、キュベルカは深々とソファーに背中をあずけた。かたわらには、赤鞘の太刀が立てかけられてある。

 ──わがアイゼン公家の返り咲き、か。……幼少からの数々の艱難辛苦、いまこそ報いられる。

 黒い髪をかき分け、キュベルカは心の内で、小さく笑った。


 ──同刻。ある飛行艦の、がらんとした広い一室。

「ゴドーとリクドーは、残念だった」

 老人の声がする。

 壁一面の窓にむかった、背の高い椅子に座り、その顔は椅子に隠れ、見えない。ただ上質のローブをまとった、肩幅の広い身体と、肩ほどまである白髪は見てとれる。

「貴様の口癖どおり、役目を果たした、ということになるのか、ビューレン」

 老人の後ろに立つ、黒いマントに身を包んだひとりの少女が、不遜な調子でいった。

「……ほかの者は、どうしている、ニド。いや、カザン」

「ミドとシドは、いつもどおり、隔離してある」ニド、あるいはカザンと呼ばれた少女が答えた。「クードとジュードの残骸も回収済みだ。さらにいえば、ナードはひとりで打ち沈んでいる」

「イドは」

「知らぬ」

「まあいい。あれも、とどこおりなく務めを果たすだろう」

「すべてはマザー・キーのために、というわけか」

「……不満か?」

「貴様のこざかしい姦策に乗ったのは失敗だった」ニドはいった。「われはわれのやり方を通すべきだった。が、いまさら是非もない。それで、これからどこへ行こうというのだ」

「アイザレンだ」いかめしい口調で、ビューレンはいった。「……すべては、わたしの手の内にある」ビューレンは、おもむろに片手を開いた。「もう少しだ。もう少しで、永久の念願が成就する。わたしの手が、世界となるのだ」

「貴様の世界など、どうでもよい」

 ニドは言下にいい放った。

「もとより、我らは相容れぬ。それよりも、マザー・キーの顕現がならぬ場合、我は貴様を殺す。のみならず、我の怒りは、貴様ではないが、永久の混沌を打ち広げる。覚えておくがよい」

 そういい残すと、ニドは鋭く靴音を響かせながら、部屋をあとにした。

「フフ、フフフフ」

 ひとりになったビューレンは、ふりしぼるように笑った。その笑い声はいつまでもやむことなく、広い部屋にうつろにこだましていた。


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