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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
106/142

聖都動乱・4

 ──同刻。

 飛行艇の鈍い震動が、マッキーバの全身のざわめきに呼応する。

 その飛行艇はいま、艦隊を離れて、交戦のつづく地上に降りようとしていた。

「エンディ」

 マッキーバは、飛行艇の後部のベンチ・シートに共に座るエンディウッケに、声をかけた。

「なに?」エンディウッケが、マッキーバを見あげる。

「……いや、いいんだ」

 マッキーバは言葉をにごして、あとの沈黙に身をゆだねた。


 強烈な気配を間近に感じ取ったのは、すこし前のことだ。あきらかに、自分たちに向けられた戦意。敵意ではない。ただ戦うべくして戦うさだめを、思い知らせる、澄んだ闘気だった。

 それが静導士のものではないことを、旗艦のブリッジにいるマッキーバは感じ取った。

 ──となると、テッサでやりあった、例の連中か。

「行こうよ、マッキーバ」

 横にいるエンディウッケが、子供らしくないようなおだやかな声で、そういった。

「待ってるよ、あたしたちを」

 きれいに切りそろえられた長い黒髪、黒いドレス、エナメルの靴。まるで人形のような容姿だが、その決意は、岩のように揺るぎない。

 マッキーバは、かける声を失った。

 カイトレイナでの出会いからここまで、おれは保護者のように、エンディを見てきた。だがいまはどうだ。まるで彼女は、一人の戦士のたたずまいだ。

 逃げようよ! と叫んでおびえていた、昔のエンディウッケは、いまはいない。これがこの少女の、生来の本能か。それとも、テッサでの戦いで、自信をつけたのか。

 危険な目にあわせたくはない。だが、もうすぐ近くにある、敵の気配。これは、数が多い。一人二人ではない。おれの部下では、相手にならないだろう。……おれは、こんな子供を頼みにして、無情にも戦いの場に、連れていかなければならないのか。

 〝うちの隊長クラスを、簡単に討ち取れる子だ。そうでなくても、必ず、おまえの役に立つ〟

 団長の言葉が、頭をよぎる。

 茫漠とした感情が、胸に広がっていく。その間にも、決然とした表情のエンディウッケが、横目に入る。

 ──行くしかないのか、二人で。

 気が、近づいてくる。猶予はない。おれの隣には、おそるべき能力を持つ少女がいる。ルケにも匹敵する、強力な精神攻撃者。無邪気で、明るく、残酷な、おれの大事な、エンディ。

「……むりはするな」マッキーバが、口を開いた。「危なくなったら、逃げろ。おれのことはかまうな」

「あたし、ずっとマッキーバと一緒だよ!」

 顔を輝かせて、マッキーバを見あげるエンディウッケ。

 クソ、こんなとき、どんな表情をすればいいんだ?

 マッキーバは、エンディウッケの大きな瞳に、とまどいの目を向けた。


 その市街は、町のはずれだった。

 高層建築はひとつもない。民家や、小さな店が建ちならぶ、さびれた場所だ。

 その一角に、空き地がある。背の低い雑草におおわれた広場だ。

 砲声は町の中心に移っていて、広場の周囲は、シンとした静寂に包まれている。

 空からエンジン音が聴こえる。どんどん近づいてくる。黒い飛行艇。それは広大な空き地の上空に飛来し、静止する。

 後部のハッチが開かれる。高い上空から、一人の男が飛び降りる。両腕に、一人の少女をかかえて。

 やがて、飛行艇が遠ざかっていく。

 マッキーバはひざを折って着地すると、やさしくエンディウッケを地面に降ろした。そして、姿勢を正すと、前方の者たちを見すえた。

 奇妙な一団だ。

 白い面布で顔をおおった背広の男と、長髪で顔全体にタトゥーをほどこした背広の男。

 その後ろに、あのテッサで襲撃をかけてきた、細い布を身体に巻き付けたポニーテールの少女と、ブレザーを着た小奇麗な少年。

 マッキーバとエンディウッケは、間合いを保って立ち、四人の者と対峙した。

 ──分が悪いな。

 マッキーバは、思いをめぐらせた。

 あの二人の子供の強烈な力は、身をもって知っている。そしてほかの二人も、並々ならない力を持っているだろう。

 油断はない。だがどうする? この四人はどう動き、こちらは、どう出る?

「邪魔すんなよ、ゴドー、リクドー」

 少女が、不敵な声を発した。

「そのおっさんとガキ、あたしのだから」

 ヒュッ、と少年が短く口笛を吹いた。

「なんだよ、シド!」いらだたしげに少女はいった。「なんか文句あんの?」

 ふと、エンディウッケが、数歩前に進んだ。そして立ち止まると、手を腰の後ろに組んで、こころもち前かがみになって、上目づかいで少女を見た。

「あたし、エンディウッケ」エンディウッケは、ほほえんでいった。「あなた、お名前なんていうの?」

「あたしはミドだよ、クソガキ」ミドは挑発的に答えた。「あんたの内臓を、ぐっちゃぐちゃにかきまわして、踏んづけてやるから」

「あたし、クソガキじゃないよ」やにわに、エンディウッケの髪が、ふわっと持ちあがった。「あたしの名前は、エンディウッケ。あだ名はエンディ。だからあなたも、あたしのこと、エンディって呼んでよ」

「わかったわかった、クソガキ。あんたの死体踏みながら呼んであげる、エンディ、エンディ、どんな感じ、エンディ? ってね」

「……ミド、だっけ」エンディウッケの声が、とたんに低くなった。「あんた、いじわるだね。すっごくいじわる。だからあんた、もういらない」

 ミドは、片手をブンと振りまわした。その手には、剣ではなく、小型の斧が握られている。

 ──おれが背広の二人、エンディが子供二人、そうなるか。

 自然にできあがった流れに、マッキーバはひとまずまかせることにした。

「わたしは中枢卿団・筆頭隊長マッキーバだ」マッキーバは、背広の男たちに対して、口上をはじめた。「いずれの飼い犬かは知らぬが、名乗るがいい。その名乗りをもって、辞世の言と取ろう」

「わたしはゴドー」面布の男がいった。「隣はリクドー。だがわれらの真の声は、おまえには聴こえん。これからおとずれるおまえの運命と同じ、閉じられたものだ」

 マッキーバは、すらりと剣を抜きはらった。

 同時に、ゴドーとリクドーも、大振りの刀剣を抜く。

 こくり、と、リクドーがうなずいた。

 その瞬間、パッと二人の姿が消えた。

 と、見る間に二人が、マッキーバの立っていた場所に現われる。

 一糸の乱れもない打ちこみ。二人の剣は、マッキーバの頭と胸を、それぞれとらえているはずだった。

 だが、そこにマッキーバはいなかった。

 瞬時に後方に退いたマッキーバは、剣を構え、相手の次の打突にそなえる姿勢でいた。

 ──同時に討ちかかってくるにしても、この連携の良さはなんだ?

 マッキーバが驚くうちに、リクドーが、まるでだれかになにかをいわれたように、首を横に振った。

 〝われらの真の声は聴こえん〟

 ゴドーの言葉が思い出される。

 ──念話か!

 マッキーバはそう悟り、剣を持つ手に力をこめた。

 どちらも相当の手練れだ。その二人が、頭の中で言葉をかわし、打ちかかってくるとすれば。

 マッキーバはとっさに、剣を横になぎはらった。

 すさまじい衝撃波が、ゴドーとリクドーに襲いかかる。

 掻き消える二人。

 とたんに殺気を感じ、マッキーバはまた後ろに退いた。

 マッキーバがいまいた場所に、左右から刺し貫く姿勢で、ゴドーとリクドーの姿が切り立つ。

 しばしの静寂。

 向こうでは、エンディウッケと二人の子供が、こちらを見向きもせず、獣のように、じりじりと戦いの頃合いを見はからっている。

 ──このままでは、受ける一方だ。

 マッキーバは、考えを改めた。

 相手が連携の達人ならば、まずはその片方を封じる。戦術が崩れれば、敵も動揺するだろう。

 リクドーが、またうなずいた。

 どう来ようとも、もう逃げてばかりはいられない。どうする。

 〝閉じられたものだ〟

 ゴドーの言葉が去来する。

 刹那のひらめきが、マッキーバの頭に降ってわいた。

 マッキーバは、両手で握る剣を、片手に持ち替えた。

 二人の突進してくる気配を、マッキーバの全身がとらえた。

 直後、二人の鋭い剣先が、目の前に迫ってくる。

 ──いまだ。

 マッキーバは、開いた手でマントをはずすと、右から突きかかってくるゴドーに向けて投げつけた。

 瞬時の事だった。

 マッキーバは、マントにさえぎられたゴドーに剣を突き立て、かえす刀で、リクドーの首に斬りつけた。

 ──声だけではない。視界もまた、閉じられる。異能に頼りすぎたな、おまえたち。

 ドサ、ドサ、と、たてつづけに二つの身体が、地に落ちる。

 広がりわたる赤い血。

 ──この着古したマントも、まだ使いようがあったか。

 マッキーバは、血に染まり穴の開いたマントを拾い上げ、それを無造作に肩につけなおした。

 ピリッ、と、マッキーバの身体に、駆けぬけるものがあった。

 マッキーバは思い出したように、エンディウッケに目を走らせた。

 ──エンディ……

 視線の先に見えるもの、それは、手を前にかざしてゆっくりと二人の子供に向かっていく、エンディウッケの姿だった。


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