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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
105/142

聖都動乱・3

「やったやった!」

 少女の嬉々とした声がする。同時に、ガチャッと重い撃鉄を起こす音が聴こえる。

 高い建物の屋上のへりに、その少女は寝そべっていた。少女の前には、自分の身体よりも大きいスナイパー・ライフルが、トライポッドに乗せられて置かれている。

「死んじゃえ死んじゃえ」

 少女ナードは、白いキャンディ・スティックを噛みながら、にやりと笑った。

 スナイパー・ライフルのスコープに、ナードはふたたび大きな瞳を寄せた。そのスコープ越しに、血を流して地にひざを付く、ピットの姿が映される。

「とどめだとどめだ♪」

 歌うようにそう口走ると、ナードはトリガーに手をかけ、照準をピットの頭に合わせた。

 瞬間、ナードのすぐ上空を、小型の飛行艇が通過した。

 ……?

 空を見上げるナード。

 飛行艇は見る間に、ピットたちの戦う区画に向かっていく。

「なになに?」

 いぶかしげにそういったナードだったが、そのとたん、背後に気配を感じ取り、バッと身を起こして振り向いた。

 そこには、数人の者が立っていた。ピットと同じような格好の男たち。全員が、剣を抜いている。

「あれあれ?」

 ナードはすばやく、スナイパー・ライフルの棺桶のようなケースを手に取り、それを地面に突き立て、ケースの横から、男たちをのぞき見るようにした。

 ニヤ、っと、またナードは口の端を上げて笑った。

「邪魔邪魔」

 ナードは笑みを浮かべたまま、腰の後ろに差してあるナイフに、手を持っていった。


 視界がかすむ。

 両ひざを付いたピットは、ジュードがゆっくりと近づいてくるのを、ぼう然を待つしかなかった。

 ──死ぬのか。

 おぼろげな思いが、ピットの胸をかすめる。

 怖れよりも、虚無が、心を支配する。

 ──同じだ、この感覚。レンでコーデリア・ベリを前にしたときと、まったく同じだ。

 剣を持つ手が、苦痛で震える。喉元まで血があふれ、もう満足に身体を動かすこともできない。

 顔が思い浮かぶ。凛々しい顔。きぜんとした、わが隊長、ケイ・エルフマン。おれの愛する、ケイ。愛している。愛していた。お別れだ、ケイ。せめてその腕に抱かれて、死ねればよかった。

「終結」

 ジュードの声が、もう間近に聴こえる。黒光りする刀剣が、ピットの目の端にとらえられた。

 振り上げられる刀剣。

 ──ケイ。

 ピットはなすすべもなく、そのときを待ち受けた。

 と、その直後、上空に飛行音がとどろいた。

 ジュードは刀剣を振り上げたまま、頭上を仰ぎ見た。

 翼のない、黒い飛行艇が、重いエンジン音をひびかせて、静止している。

 そして、ジュードが正面を向き直ると、自分とピットの間に、立つ者があった。

「ごきげんよう、鉄くずさん」

 豪奢なパフ・スリーブの白いローブとマントが、飛行艇から起こる風にはためく。

 ケイ・エルフマンは、すずやかな目で、すぐ前方のジュードを見すえた。

「わたくしたち、おもちゃと遊んでいるひまはなくてよ?」

「不測」

 ジュードはすっと後退し、エルフマンと間合いをとった。

「工場にお帰りなさいな。廃品として、ね」

 ギラッと、エルフマンの目が光った。

 まばたきをする間に、場景が切り替わる。

 金の指揮刀を抜きはらったエルフマンが、いつのまにか、ジュードの背後にいる。

 強烈な一閃、のはずだった。エルフマンの脳裏には、腰から一刀両断されたジュードのイメージがあった。

 だが、エルフマンの表情はけわしかった。

 エルフマンは、ゆっくりとジュードのほうを振りかえった。

 そこには、二本の足でしっかりと立つ、ジュードの背中があった。

「あら、そう」

 エルフマンはつぶやいた。

 やにわに、ジュードが振り向きざま、刀剣を横になぎはらった。

 一秒にも満たない時。

 屹立する光景。

 ジュードの剣の先に、エルフマンはいない。振り抜いた姿勢のジュードの真横に、彼女は立っていた。

 ブワ、っと、ジュードの首元から、黒い液体がほとばしった。と思う間もなく、ジュードの首が、黒いフードとともに地に落ち、つづいて、首を欠いた身体が倒れた。

 ──まぐれかしら。こいつ、わたしの剣を受け流した。

 エルフマンはジュードの残骸を見おろし、眉をひそめた。

 ──リターグで立ち合ったときよりも、強かった。

 飛行艇が降下してくる。降り立った卿団員が、すでに気絶しているピットの介抱をしている。

 ──心臓はそれている。大丈夫よ、ピット。すぐに回復するわ。

 飛行艇の中に運ばれていくピットを見送り、エルフマンもまた、そちらに向かっていった。その途中、ふとエルフマンは、地にある二つの残骸に、目をやろうとした。だが、頭を振って気を取り直すと、急ぎ足で艇内に入っていった。

 戦車の砲声は、もうだいぶ先のほうに離れていた。反対の方向からは、続々と、アイザレン軍の地上部隊が押し寄せてきていた。


 いまにも打ちかかってこようとする卿団員たちに、ナードは抜け目のない視線を送った。

「楽しい楽しい♪」

 ナードはそうつぶやくと、ライフル・ケースの影から、フッとキャンディ・スティックの棒を吹き飛ばした。

 卿団員の一人の顔に、まるで矢のように迫るスティック。

 それを避ける卿団員。

 ナードの姿が、ケースの裏に、完全に隠れる。

 瞬時の出来事だった。

 ガラッと、ケースが傾き、倒れる。その裏に、ナードはいなかった。

「グッ!」

 一番端にいる卿団員の口から、苦悶の声が漏れた。

 隣には、その卿団員の首をナイフで刺し貫いた、ナードの姿。

「おバカさんおバカさん!」

 態勢を整えようとする、ほかの団員たち。だがその暇を、ナードは与えなかった。

 両側で束ねた髪を揺らしながら、流れるように、次々と、ナイフで相手の首を刺し、斬り裂く。

「弱い弱い♪」

 ナードが得意げに立ちつくす。その視線の先には、なにが起こったのかもわからずに事切れた、卿団員たちの死体が転がっていた。

 ナードの表情が、スッと真剣なものに変わる。ナードはスタスタとへりに戻り、じっと目をこらした。

「クソがクソが!」

 まさに飛行艇が、ピットも含めて全員を収容して、浮上しようとしているところだった。

 ナードはおもむろに、短パンのポケットから、新しいスティック・キャンディを取りだした。そして無造作に包装を引っぺがすと、いらいらとした様子で口に放りこんだ。

 一陣の風が、ナードの身体に吹きつける。

 ナードは立ちつくしたまま、遠ざかっていく飛行艇を、鬼気迫るような目で見つめつづけた。


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