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レガン戦記  作者: 高井楼
第三部
101/142

ラザレクの動静・2

 ──同日、夜。

 エトから南二百キロにある町、メズ。

 聖都ラザレクとエトを結ぶ直線上に位置するため、ふだんは交易の中継点としてさかえている。

 諸侯の一人が治める町で、その公爵の邸宅も、町の中にある。

 常時ならば、夜でも街中には活気があふれているのだが、いまは静まりかえっている。

 ときおり、アイザレン軍のいかめしい軍服を着た者たちを見かけるだけだ。

 アイザレン軍がエトから進撃し、数日前にここを占領したとき、公爵と町の住民は、すでにことごとく避難したあとだった。

 まったく無傷であけわたされたこのメズに、アイザレン軍が駐留して、さらに数日。かれらは、アトリ海の路から着々と補給を受け、目の前の聖都決戦にむけて、態勢を整えていた。

 奥まった平地にある公爵の邸宅は、まわりをぐるりと、よく手入れされた庭園に囲まれていた。

 いま、邸宅の明かりに照らされる外には、アイザレン軍の兵士の姿はない。

 かわりに、黒いマント姿の、奇妙な者たちが警護についている。いまやこの邸宅は、中枢卿団の前線本部として使用されているのだった。

 その邸内の豪華な広間の一室に、人が集まっていた。

 ロング・ソファーのひとつに、ふんぞり返るように座る、ルケ・ルクス。

 その向かいのソファーには、腕と脚を組んで不機嫌そうに座る、ケイ・エルフマン。

 上座の一人掛けのソファーには、渋面をくずさないマッキーバがいる。

 そのマッキーバの椅子の背に隠れるようにして、ジィッと、ルケの後ろに立つ者に目をやっているのは、エンディウッケだ。そしてその視線の先には、コーデリア・ベリの姿があった。まるでルケの護衛のように立つコーデリアは、まっすぐに前を見すえ、エンディウッケの視線は気にも留めていない様子だった。

「軍は、明日にも進発する」

 と、マッキーバが口を開いた。

「われわれも行動を共にして、まずは士団との戦いに専念する。おれが戦った正体不明の異能者連中も、ケイが戦ったという機械兵の部隊も、いまは考えているひまはない。静導士とあいまみえる障害は、なんであれ排除する、それだけのことだ」

「その障害に、あんたら、随分てこずったよね?」ルケがからかうようにいってから、マッキーバに顔を向けた。「あんたは、その後ろの女の子がいなかったら、危なかったんだって? いいの? 筆頭隊長がそんなんで」

「口をつつしみなさい、ルケ」エルフマンがいった。「あなたこそ、その後ろの元『知事』に、寝首をかかれないように気をつけるのね」

 その辛辣な言葉を耳にしても、コーデリアは無表情のまま、ただ虚空を見つめるような目を、エルフマンの頭上にやっていた。

「おたくのピット君は、お元気?」おどけるように眉をあげて、ルケがエルフマンにいった。

「おかげさまで元気よ」きつい口調でエルフマンは答えた。「あなたの嫌いな戦争をやっていてよ、かれは」

「あらそう、そりゃお気の毒に」頭を少しかしげて、ルケはいった。

「ともあれ、」その場をとりなすように、マッキーバが割って入った。「今度ばかりは、リカルドも出てくるだろう。士団は総出でかかってくる。よくよく心がまえをしておくことだ」

「それにしても、リターグの件で、軍も相当ラザレクの侵攻を急いでいるようね」エルフマンがマッキーバにいった。

「まあな」ため息まじりにマッキーバが答えた。「おれも映像を観たが、あれはもう巨艦というよりは、島だ。万一、あんなものがアイザレンに向かってくれば、ただではすむまい。早く戻りたいのは、おれだって同じだ」

「ルキフォンスも災難だねえ。あんな化け物の相手をさせられて」のんきな調子でルケがいった。

「ケンサブルの謹慎も解けないし。だいぶ予定が狂ったわね」ルケの言葉にかぶせるようにして、エルフマンがいった。

「そのかわり、戦況は上々だ」マッキーバがいった。「順調すぎるほどだ。本来ならば、まだエトの攻略もなっていなかったと思う」

「なにか、気にかかることでも?」エルフマンが鋭い目をマッキーバに向けてたずねた。

「気にかかるといえば、敵軍の動きだ」マッキーバが答えた。「あまりに、簡単に後退している気がする。ラメクにしろ、エトにしろ、もっと激しく抗戦するものと思っていたが」

「ピットも、そんなことをいっていたわ。……わたしたちが、誘いこまれているとでも?」

 マッキーバは、不審げに首をかしげた。「どうだかな。だが、なにか引っかかる」

 ルケが大きく身体を伸ばして、わざとらしくあくびをした。

「ま、あとはおたくらで話してよ。ぼくは疲れた。もう寝る」

「では、これで解散しよう。……卿団の威信がかかった局面だ。負けは許されない。各自ぬかりなく調整しよう」

「だから寝るっていってんだよ」

 立ちあがったルケは、うんざりしたような口調でそういい残すと、ゆるゆると広間の出口に向かっていった。

 ルケの後ろにひかえていたコーデリアは、最後にエンディウッケにちらりと視線をやった。目があったエンディウッケは、思わずパッと笑顔を見せた。しかしコーデリアは、冷然とエンディウッケを見つめると、すぐに背を向け、ルケのあとについていった。エンディウッケは悲しい顔になって、うつむいてしまった。

「わたしも行くわ」すこしして、エルフマンも立ちあがった。「ピットとも、連絡を取らなければいけないし」

「……ケイ」

 立ち去りかけたエルフマンを、マッキーバは呼び止めた。

「おまえの、例の機甲部隊な。戦争が終わったら、どうするつもりだ?」

「あれは、もうわたしの部隊の一部よ」エルフマンが答えた。「手放すつもりはないわ。そのくらいは許されるはずでしょ? わたくし、副団長ですもの。本来なら、あなたのいるその上座、わたしの席じゃなくて?」

「おれに仕切りをまかせておいて、それはないだろう」マッキーバは苦笑いしていった。

「ナザンでもカイトレイナでも、あなたの単独行動の尻拭いは、わたくしがしました」居丈高に、エルフマンがいった。「そろそろ大人になりなさいな。その子のためにもね」

 エルフマンは、こわごわと自分を上目づかいで見るエンディウッケに、高圧的な目をやった。

 やがて、エルフマンは広間を去っていった。それと入れ違えに、マッキーバの部下の卿団員が、広間に入ってきた。

「隊長……」困惑の様子で、部下がいった。

「どうした」マッキーバが聞いた。

「静導士団のリミヤン・キュベルカから、隊長あてに通信が入っております」

「……なに?」

 マッキーバは、驚いて目を見開いた。


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