第三十四話
一週間前瀬戸内検事は北川を東京クラウドホテルの一室に呼び出した。
北川律はホテルの客室のドアをノックする。すると見覚えのない赤いフレームの眼鏡をかけたお河童頭に長身の男がドアを開けた。
北川は一瞬部屋を間違えたのではないかと疑ったが、その直後見覚えのない男の背後に瀬戸内検事が現れた。
「お待ちしていました」
「誰ですか。その男は」
北川律が尋ねると瀬戸内は男の肩を持つ。
「紹介します。柳楽新太郎さんです。詳しい紹介は部屋に入ってからのしましょうか」
瀬戸内が彼女を部屋に招き入れる。彼女は客室のソファーに座る。一方瀬戸内は部屋の窓から東京の夜景を見下ろしながら、北川律に柳楽を紹介する。
「柳楽新太郎さんです。五年前の殺人事件の遺体は身元不明だったでしょう。その遺体の身元は彼の父親です」
被害者遺族と加害者遺族。このような形で遭遇するとは、北川は想定していなかった。
この場では自分が加害者遺族であることは話さない方が良いと北川律は思い口を瞑った。
「北川律です。五年前の殺人事件の真実をスクープするために東都新聞社から派遣されました」
北川は若干の嘘を混ぜ柳楽に自己紹介する。一方の柳楽は彼女に手を差し伸べた。
「よろしく」
二人が握手を交わすと瀬戸内はポケットから正方形の箱を取り出した。
瀬戸内がその箱を開けると、そこには携帯電話が入っていた。
「この携帯電話は柳楽新太郎の父親。柳楽倫太郎の物です。東京地方検察庁が警察から強奪した大切な遺留品。これを使って裁判官郷里忠吾を落とします」
「どうするのですか」
北川が聞き返すと、瀬戸内は淡々と計画を説明する。
「まず北川律さんが郷里に取引を持ち掛けます。取引の内容はお任せします。その報酬としてUSBメモリを渡してください。取引の約束は証拠が残りにくい手紙が良いでしょう。その際手紙を取引現場に持ってくるよう話してください。次に柳楽さんは郷里がいる取引現場に向かい真実を聞き出してください。私が取引前の郷里と接触して五年前のことを思い出させるように仕組めば必ず真実をペラペラと話すでしょう。トドメとして柳楽倫太郎の携帯電話で郷里にメールすれば、必ずこちら側の証人になります」
瀬戸内の計画を聞いた北川は首を傾げる。
「郷里忠吾さんが不祥事に関わっているのですか。それとUSBの中身は何でしょう」
「郷里忠吾は佐藤高久の悪事を見て見ぬふりをしたとされています。必ず事情を知っているでしょう。USBの中身は東京地方検察庁の不祥事に関するデータ。知り合いに頼んでハッキング対策は完璧にしてありますが、渡すのは何も入っていない偽物にしてくださいね。これは切り札ですから」
その計画は完璧なはずだった。あの日柳楽が郷里を突き落すまでは。
柳楽は絶命した郷里を放置して現場から離れる。その道中彼は瀬戸内検事に電話する。
「マズイ。間違えて殺してしまった」
その一言を聞いた現場近くの野次馬たちに混ざっている瀬戸内検事。彼は機転を利かせて、郷里の携帯電話に柳楽倫太郎の携帯電話を使いメールを打つ。
『スケープゴート』