第三十三話
一方柳楽の隣の病室に入院している北川律は大野と沖矢の事情聴取を受ける。
「明日午前十一時。新宿の地下道。このメールは元々柳楽新太郎に宛てるはずのメールだったのではありませんか。柳楽の携帯電話にあなたからのメールが残されていました」
大野からの質問に北川は頬を緩ませた。
「そう。あのメールは元々柳楽に宛てるはずだったもの。携帯電話の操作ミスでメールの送り先を間違えたというわけ」
北川が首を縦に振ると沖矢が手を挙げ彼女に質問する。
「なぜあのようなメールを送ったんだよ」
「復讐。お父さんの罪を軽くしたのは良いけど、それだけでは満足できなかった。真実を闇に葬って、身代わりを作った裁判官が許せなかった。だから私は彼らと共謀して真実を告発しようとしました」
平成二十五年三月七日。東都新聞社に一人の男が訪れた。黒いスーツを着た丸坊主の男、瀬戸内平蔵検事は受付で北川律を呼び出す。
「内密な内容です」
瀬戸内は呼び出した北川に告げる。二人はそのまま新聞社の近くにある公園に向かい、ベンチに座る。
「単刀直入に言います。実はあなたのお父様。岸野吉右衛門さんは真実を隠蔽したんです」
「それはどういうことですか」
瀬戸内は淡々と真実を彼女に伝える。
「あなたのお父様は東京地方検察庁の不祥事を隠蔽するスケープゴートとして逮捕されたと言っているんです。とは言ってもまだ証拠がありませんが」
「どうしてそんなことを言うんですか」
「実は裁判長の佐藤高久が裁判を私物化しているという噂がありまして、その真偽を探っていたら彼が不祥事に関わっているということが分かったんです。ここで相談ですが、一緒に真実を告発しませんか。ただそれをやったとしても、殺人容疑が晴れるわけではありませんが」
瀬戸内の話に北川律が微笑む。それで良かったと北川は思った。彼女はただ父親が何をしたのか。その真実が知りたかっただけだった。
同じ頃、東京クラウドホテルの屋上にいる瀬戸内検事は数分間の沈黙の果て、合田に背を向ける。
「なぜ身内の不祥事を明らかにしたかったのか。あなたはその答えが知りたいのでしょう。その前に私は法曹界で何と呼ばれているかご存じですか」
瀬戸内からの思いがけない問に合田は自信満々に答える。
「どんな手段を使ってでも真実を暴き裁判所に戦慄を走らす最強の検事。司法の天使と呼ばれている」
その答えに瀬戸内は指を鳴らす。
「正解。私はただ真実を世間に公にすることが好きでたまらないんです。それが身内を売ることになろうが、そんなの関係ない。近年の裁判不審という世論を排除するためには、全ての事件の真実を明らかにしたうえで裁かなければならない。やり方は間違っているかもしれませんが、多少強引な方法を選ばなければこの世界は変わらない」
瀬戸内検事の意見を聞き合田が咆哮する。
「ふざけるな。お前らが田中冨喜子を殺した。その証拠はないが、お前らが彼女を追い詰めたから彼女はこの場所から地面へ飛び降りた。その意味が分かっているのか」
「関係ありません。彼女はスケープゴートという悪夢に負けて自殺した。ただそれだけの話ではありませんか」
合田の言葉は瀬戸内に響かない。
全く反省の色を示さない瀬戸内は一週間前の出来事を思い出す。